#28‐2 ソーヤくんは救いたい 下/皇女様は遊びたい 上


「どうして君は、あの子を助けることに躍起になっているんだい?」

 その問いかけに、息をつまらせる。

 膝をついた僕に、目の前の黒髪ロング——スミカ先輩は、至極真面目な顔で問いかける。

「——彼女を助けても、同じ悲劇はまた起こるだろう。助けられる方法などない。それなのに、どうして君は諦めようとしないんだい?」

 わずかに目を細めて問いかける彼女に、僕はつばを飛ばす。

「だって、助けたいから——」

「なんで助けたいのか。それを聞いているのさ」

「……それは、生きるのを諦めてほしくないからで……」

「どうして、諦めてほしくないのか」

「それは、それは……」

 必死に言葉を探ろうとする僕に、しかし彼女はほうっと息をついた。

「やっぱり、一度頭を冷やしなさいな。——あの冷静なソーヤくんはどこにいったのかしら?」

 ……なにか、得体のしれないものを感じる。

 魔法が使われているわけではない。辺りはしんとしている。

 けれど、仕草や雰囲気から人の心を読める人もいるらしい。息を呑む僕に、「まあまあ、リラックスしなさいな」と先輩は笑った。


「……なんでそんな、笑ってられるんですか」

 震える僕。彼女はきょとんとして。

「君に笑ってほしいから?」

「茶化さないでください。……シャルが、消える……消されるかもしれないのに」

「……そっか。そうだね」

 目を伏せた彼女。僕は顔を歪めて、叫んだ。

「ふざけるな!」

 あんなに楽しそうに笑う少女が——あんなに、悲しそうに笑うのを、僕は見ていられない。見たくない。

「シャルは諦めたと言っていた。ああそうだな! あなたほどの人が人生をかけても成し得なかったことだ。諦める気持ちもわかる。けど。けどっ!


 彼女は、生きていたッ!


 抗えない死の運命に、それでも毎日を精一杯、生きていた!

 ……きっと、本当は彼女も諦めたくなかったんだと思う。そう思いたいだけなのかもしれないけど、だとしたら、なんであんなに悲しげに笑うんだ」

 僕は叫んだ。目の前の女は目を見開いていた。

「だから……僕は、彼女に手を差し伸べたい。それが茨に満ちた道なき道でも。そう思うのは、おかしいことですか」

 尋ねる僕に、彼女は少し驚いて、それから目を細めた。

「……いいえ。私も少し大人になりすぎていたのかもしれないわね」

「それって……」

「わかったわ。あなたの意気込みは伝わった。……すべて教えるわ、あの子のこと。私が話せる、すべてを」

 目を見開いた。

「ありがとうございますっ!」

 僕のお礼に、彼女はにこやかに微笑んだ。

「いいのよ。——私だって、あの子のことを助けたいもの」


 彼女は、魔法を一切使えなかった。

 幾度となく告げられていた事実。その原因は、異能なのだという。


 ——異能。

 特別な力、といえば聞こえが良くないこともない。しかし、その実態は『魔法ですら説明がつかない超常の力』。僕の「耳鳴り」もその一種だ。

 異能の厄介なところは、病気などではなく、治すことができないことにある。

 すなわち、一生をかけて付き合っていかなくてはいけないものだ。

 当然、普通の人間にはないもの。故に、差別されることも多い。

 されど——密かに異能を持つ人は、殊の外多いのだという。

「実際、皇族の子には魔法が使えない女児も数人いた。めったにあることではないけどね。記録が消されてるから、知ってるのは私くらいしかいないだろうけど」

「……なんで知ってるんです?」

「皇族と関わりが強いから、かな。そして、このシャーロット皇女殿下に宿る異能、いわゆる魔法殺しも何人かいた」

 その存在が露呈しなかったのは、いわゆる皇族に稀に生まれる程度であり、しかもその子たちはその性質を活かす前に処刑されてしまったからだ。

「それじゃあ、意味はないじゃないです。魔法が使えないと——」

「ところで、最終試験の合格条件って知っているかしら?」

「……魔法が使えること、ですか?」

「うーん、五十点。確かに、女の子は魔法が最低限使えることは合格条件の一番メジャーな一つだ。でもね」

 彼女は微笑み、言った。


「魔法が使えなくても、特別な才能が認められれば試験は合格できるのよ」


    *


「勉強、もう嫌ですわっ!」

 狭い部屋の中、勉強机でわたくしは叫びました。

「シャル。もう試験日近いんでしょ?」

 マーキュリーさんが言いますが、関係はありません。

 ——だって私、もうすぐ死ぬのですから。


 正直なこと、何年も前に私は自分の人生に見切りをつけておりました。

 ダメな奴はダメなのです。もう、私に成長できる見込みなどないのです。

 何度、殺してほしいと懇願したことでしょうか。——されど、周りの人は諦めようとはしなかった。

 なんとか活かす方法を探ろうとしているのを見て、内心どこか嘲笑ってすらいました。

 どうして、こんな諦めきった屍に対して、こうも世話を焼こうとするのか。私には理解が及びませんでした。


 どうせ死ぬのなら、少しでも楽しい思いをしてから死んでやろう。

 そんな身勝手な思いで、彼女たちを最後の家庭教師に選びました。

 一つしか年の違わない、ほとんど同年代の少女たち。触れ合ったことのなかった方々と遊ぶ時間は、私の人生で一番楽しかったような気がします。

 有終の美、というのでしょうか。もうすぐ死ぬことがわかっていたからこそ、こうして遊んでいられたのかもしれません。


「もう、人生に悔いなどありませんもの」

 にこやかに告げたその言葉に、偽りはありませんでした。


「……ちょっと休憩しようか」

 マーキュリーさんが告げます。私は黙りこくって、キッチンの方へ向かう彼女の背中をそっと見つめました。

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