第9話 魅了魔法
きんこんかんこんとチャイムが鳴った。
「きょうは魅了魔法についてやっていきますよ~」
教室。子供のような体躯の先生が告げる。引きつった笑みを浮かべる僕の気持ちを代弁するかのように、誰かが言った。
「……こんなにちっちゃいのに教えられるのか?」
「しっけーなっ!」
むぅ、と頬を膨らませる子供先生。「でもたしかにわたしじゃ役不足なのはいなめないですね……」と敗北宣言をした。だめじゃん。
しかし彼女は胸を張って告げた。
「でも、その手のプロフェッショナルを呼んできてます! かもん、クロネコ先生!」
大手を振るって呼び寄せた。どんな先生なのだろうか。
「なぁ~お」
鳴き声が聞こえた。
沈黙の中、とてとてと登場したのは――猫だった。
「魅了を操る魔法使い、メス猫のクロネコ先生ですっ!」
「なぁー」
高らかに鳴き声をあげて先生の隣に座ったその小さな生き物は、まさしく名前のまんまの、赤い首輪をつけた茶色と緑のオッドアイの短い毛並みがきれいな黒猫だった。
「クロネコ先生は精神系魔法の第一人者で、この国随一の魅了魔法の使い手だったりします」
そう小さい女の子の先生が告げると、クラスメイトの一人から手が上がった。
「先生、質問」
「なぁー」
「……ヒトの言葉って喋れますか?」
「んにゃあ」
「まず猫語から学ばかきゃいけない感じっすか?」
「その必要はありませんよ」
「いや喋れるんかい!」
思わず入ったツッコミ。教室は笑いに包まれた。
そういえば、アリアの姿が見当たらない。どこに行ったんだろう。
周囲をきょろきょろと見渡して、しかし教室のどこにも彼女の姿が見当たらず――。
「聞いてますか?」
きん、と耳鳴りがした。
自然と身についていた、魔法を感知する能力。自分に魔法が使われた時と自分が魔法を使う時に耳鳴りが起こるというもの。
……つい最近の授業で、誰にでも当たり前にあるものじゃないと知ったばかりの能力だったりする。
閑話休題。魔法を使われたことを感じ取った僕は、一瞬の困惑とともにもう一度あたりを見渡す。
「……ほう、魔法を感じ取れるのですか」
にゃあ、とクロネコ先生の声。僕はその猫のほうを見た。見てしまった。
目眩がした。
「んぐっ」
くらくらする。大人の言う、アルコールの酩酊感というのが近いのだろうか。
頭に一気にもやがかかって何も考えられなくなる。
視界がぐにゃぐにゃして、身体は重くなって――。
「あぅ……」
「そんなに強くかけたわけじゃないのですがね。男性でもない限り精神魔法への耐性は持ってるはずですし」
「あっはは……」
机に突っ伏し空虚に笑った僕にクロネコ先生がすり寄ってきて。
ぺろ、と僕の頬をなめた。
ざりざりした生暖かい感覚。
「いたっ……あれ?」
すっと頭の中からもやが晴れていくような不思議な感覚に襲われ、困惑する僕。それをよそに、クロネコ先生は告げた。
「まあ、これが精神汚染魔法――世に言う魅了魔法の基礎、ですよ」
魅了魔法とは要するに精神――もっと言ってしまうと、脳内の神経に作用する魔法の一種らしい。
強い使い手は目を合わせただけで相手に恋心を起こし、自分の命令を何でも聞く傀儡にしてしまうことができるのだとか。
「すげー強いじゃないっすか」
「ええ、強いですし一朝一夕で習得できるものでもありません。悪用するとテロだって起こせます。ただ、弱点もあります」
誰かの声に律儀に答えたクロネコ先生。背筋がぞくっとする中、先生は続けた。
「つまり、術者の精神状態が大きく作用すること」
告げた先生。……隣を見ると、マーキュリーとクリスが何やらこそこそ話していて。
「これってさ……好きな相手には魅了が強く効いたりとか……するのかしら」
「どーだろ。先生!」
「あっちょ」
「聞いてましたよ。微笑ましいですね」
いつの間にかぼくの眼前に迫っていたクロネコ先生。もふもふの尻尾が僕に当たってこそばゆいが、それはともかく。
その猫は微笑んだような表情で告げる。
「ですが、残念ながら好きな相手には魅了魔法は発動しないのですよ。誰を好いているのかは知りませんが、告白は自分の力でしなさい」
かあっと顔を真っ赤に染めたクリス。教室は黄色い悲鳴で満ちた。女子って本当にこういうの大好きだよね。
クリス、誰が好きなのかは知らないけど……ファイト。
――その相手が僕だったらいいな、なんて少し思ってしまったのは、僕が「男」だからだろうか。
いけないいけない。今のぼくは女の子なんだ。
首を振って、僕はもう一度教室の前に向き直る。
……股間部のむずがゆさに気まずさと苛立ちがわいて。
こんな時間なら早く過ぎ去ってほしい。チクチクと痛む胸の中、抱いた思い。それに呼応するように――遠くで、何かが鳴った。
ばん、と何かが炸裂する音。それから、どん、どんと地響きがして。
「おい、どうした!」
少女の声。がたん、ばたんと物騒な音に一気に静まり返る教室。
教室の中、一人の女子生徒が、倒れていた。
「レーネ! おい、起きろっ!」
仲の良かったのであろう少女が、倒れた少女を揺さぶり起こそうとする。
レーネと呼ばれた少女。まだここに入学して二か月も経ってないのでわからなかったが――のちに聞いた話だと、いわゆる「普通」の女の子だったという。明るく朗らかで、もちろん陰謀論や怪しい宗教などにハマっていたりということもない。
だからこそ、この時の異常さが際立ったのだろう。
「あガっ」
レーネは果たしてすぐに目を覚ます。
「おい、大丈夫か! なんか変なところは――」
「逃げて、アインさん!」
甲高い悲鳴のような声。
「え」
幼女先生にアインと名指しで呼ばれた、レーネの親友らしき少女。その戸惑ったような一音。
「ガがっ――わた、ワ、たたタたタし、は――」
ついさっきまで倒れていた少女は、虚ろな目をギンッと見開き、告げた。
――男女平等主義の、使徒だ。
告げた瞬間、魔力が「爆ぜた」。
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