オトメマジカル ~女の子しか魔法を使えない世界で天才男の娘が無双する……けど、それはそれとしてめっちゃ可愛がられるのはなんでだろう~

沼米 さくら

第1話 魔法使いの学校


 ――この世界において、魔法は女性のものである。

 ――この世界において、男は武器を振るい、人々を守るイキモノだ。

 ――男は剣で人々を守り、女は魔法で傷を癒す。古くからの言い伝えだった。


「――だからって、なんで僕は女装させられてるの……?」


 宿屋の一室。嘆いた僕に、メイド服を着た少女――僕の専属メイドであるグレイスが「だいじょうぶです。ソーヤ坊ちゃ……こほん、お嬢さまはとってもかわいいですよ」と慰めてくる。

「慰めになってないよ!」

 抗議すると、彼女は僕のひたいを指で押さえて。

「でも『魔法が使える男』なんておかしいでしょう?」

 告げられると、とたんに僕は縮こまってしまう。

「たしかにそうだけど……」


 ――そう、悪いのはこの世界で魔法が使えてしまった僕なのだ。


「武器を振るえないほど弱々しくて、けれど魔法は大人並みに、いやそれ以上に使いこなしてみせる天才。それが女の子でないとしたらなんなのですか?」

 そんなグレイスの言葉に、僕は何にも言えずにうつむいた。

 ここは、そういう世界なのだ。

 武器を持てない男は必要ないし、魔法を使えない女なんていない。――僕みたいな異端は、本来存在してはならないのだ。


 センチメンタルに浸りそうになった僕に、背後から暖かい感触。

「だいじょうぶですよ。今の坊ちゃんは完璧に女の子です。どこからどう見ても、違和感なんてありません」

「そう、かなぁ」

 そう言った僕の前に出されたのは、大きな鏡。

 そこに映っていたのは、つややかな銀髪をツーサイドアップに結び、灰色のブレザーと青いチェックのミニスカートを身に着けた美少女。

「ほら、かわいい」

「……これが僕だなんて、未だに信じられないや」

 そう言ってはにかんだ僕。……悔しいけどすっごくかわいくて、思わず照れて目をそらす。

 それを見た僕に、グレイスは「ふふ、今日も坊ちゃまがかわいいです」と笑みをこぼす。ちょっと怖いよ。


    *


 きんこんかんこんと時間を告げる鐘が鳴った。

 春の風がスカートをなびかせる。……なんというか、露出した足に風がまとわりついて、スースーして心許ない。恥ずかしい!

 真っ赤に赤面して通りの脇を縮こまりながら歩く僕とは対照的に、周りの人間は似たような恰好にもかかわらず全く動じずに大通りを闊歩している。

 周囲は女子ばかりしかいない。なぜならここは魔法学校だからだ。魔法が使えるのは女子だけのはずだから、魔法を学ぶ学校も女子校しかないのである。

 せめて、武器が振るえればなあ……。

 ため息をついた僕。その目の前に、二つの影が走り抜けた。

「わっ」

 驚いた僕に「きゃっ」と短い悲鳴。そして、すぐに大勢の女子の悲鳴が響いた。

 思わずその悲鳴のほうを見ると――「来ないでっ!」

 ざわつきが静寂に変わる。視線の先には――怪物がいた。

 大きさは大型犬程度だろうか。狼のような姿の、しかし額に大きな角の生えたイキモノ。グルルルル、と唸り声を漏らすそれは――。

「なんで魔獣がこんなところに!?」

 誰かの声がした。

 魔獣。空中に漂う魔力から形成されたとされる、正体不明の怪物。熊とかと同列に語られる危険な野獣。野原で出会ったら大抵死ぬやつ。

 その魔獣の視線の先には少女がいた。

 線が細く弱々しげな、白髪をおさげにした少女。通りの真ん中で転んだうえ足がすくんで立てなくなっているようで、タイル舗装の上でがたがたと震えている。

 どうすればいい。どうすれば――。

 めぐらせる思考。風音。うなり声。――息を飲み。


 魔獣が白髪の少女に牙をむいた。

 瞬間だった。耳鳴りのような音とともに、魔獣の牙が弾かれ――。


「――詠唱省略。爆ぜよ、『閃光のやじり』!」


 声高に叫ぶと同時に右手の二本の指を魔獣に向け――強い耳鳴りとともに眩い光が空を灼く。

 ――次の瞬間、そこにあったのは頭に大きな風穴の空いた魔獣の死骸。そして。


「…………」


 息を切らした僕を見つめる、あっけにとられた少女たち。

 白髪の少女の前に、長い金髪をなびかせる少女がいて。

 彼女は大きく息を吸いこんで、僕を指さして。

「わ……」

「……わ?」

 僕を見据え、というか睨みつけながら叫んだ。


「私たちを、殺す気かぁぁぁぁぁ――――――!!」


    *


 時間を告げる鐘が鳴った。

 入学式のほとんどは特に言うこともなかったと思う。そこまで印象深いイベントもなく、あっけなく終わってしまった。

 そしていま僕は。


「で、どういうことよ」

「や、やめようよ。いちおう恩人なんだよ?」


 僕と同じ制服を着た二人の少女に、椅子に魔法で縛りつけられていた。


「私を! 私たちを! 殺そうとしたのよ!? 防御魔法でギリギリ弾けたけど……私がいなきゃあんた死んでたわよ!」

 まくしたてるのは下ろした金髪がまぶしい少女。さっき、白髪の女の子をかばった子だ。

「でも、このひとが魔獣さんをやっつけてくれなかったら、それこそわたしたち死んでたよぉっ!」

 その白髪の少女は唇を尖らして、僕を擁護するように反論する。

 僕は椅子に縛りつけられながら少しうつむき加減で微笑んだ。

「えーっと……キミたちは僕をどうしたいの?」

「殺したいっ!」

 金髪の少女の言葉に、僕は辺りを見渡してから告げる。

「この教室で? みんなに見つかっちゃったらキミたちは――」

 ここは校舎四階のとある教室。入ったときはホコリまみれだったのできっと何にも使われていやしないのだろうが、それでも通りがかりの教員などに見られれば……あまりいいことにはならないだろう。

 そんなことを指摘すると、彼女は唇を噛んで「うぅ……でもでもっ!」と地団太を踏んだ。

「あんた、私たちを殺そうとしたじゃない!」

「だからやり返そうってこと?」

「そうよっ!」

「あはは、さすがに横暴が過ぎない?」

 笑う僕に、なおも彼女は噛みつこうとするけれど。

「僕だって、あの時は必死だったのにさ。……キミを助けたくて」

 蚊帳の外にされていた白髪の少女に向けて重ねた言葉に、金髪の少女は何も言えずに唇を尖らせた。

「ほらね。この子、やっぱりわたしたちを助けようとしてた」

 白髪の子が微笑むと、金髪の少女は「……マジ?」と聞く。

「本当だよ。……結果としてキミたちに当たりそうになっちゃったのも本当だから、それは申し開きようがないのだけれど……」

 はにかんだ僕に、彼女は気まずそうに目を背けて。

 数秒の沈黙ののちに、彼女は口にした。

「……ごめん」

 それだけ告げると、彼女は照れ臭そうに教室の出口のほうに振り返る。

「じゃ、私たち寮に戻るから。行こ、マーキュリー」

「うんっ、クリスちゃん。同じ部屋だなんて、運命だねっ」

 そう言いながら教室を出ていく二人。一人残された僕。……さてと、まずこの拘束魔法を解かないと。


    *


 一人で、自分にあてがわれた寮の部屋に向かう。

 ……今日はいろいろあったな。疲れた。慣れない環境で眠れるかなぁ……。

 部屋の前についた。一度伸びをして――部屋の中から声が聞こえたことに、ドアノブを手をかけたその時に気づいた。

 なんでだろう。掃除が終わっていないのかなぁ。

 一瞬の疑問に対し、答えも出さぬまま僕はそのドアを開けた。開けてしまった。


 ――この学校は全寮制だ。そして、この寮には「一人部屋など存在しない」ことを、僕は失念していた。


 ドアを開けた瞬間に見たものは、肌色だった。

 着替え中の女子が三人。あっけにとられた顔で僕のほうを見つめる彼女の一人は――さっきの、クリスと呼ばれていた金髪の少女で。

 下着姿で、顔を真っ赤にしてわなわなと震えて、赤面する僕に手のひらを差し向けて。


「ばか――――――!!」


 閃光が瞬いた。光の矢が僕に向かって飛んだ――。

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