CHILL太郎

スギモトトオル

第1話 CHILLから生まれたチル太郎?

☆分からない単語はこちら↓↓の用語解説を確認してね☆

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☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


むか~しむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが経営するシーシャバーがありました。


おじいさんはフロアでシーシャの案内を、おばあさんはカウンターでお酒を作っていました。


ある日、おじいさんが客に混じってシーシャを吸っていると、常連の川上さんが「ドン・ブラコ」という名前のピーチリキュールを持ってきたというので、おばあさんがバーテンの腕を振るってファジーネーブルをこさえました。

おばあさんのステアするファジーネーブルは大層おいしく、店内のみんなが幸せな気分を楽しんでいました。


すると、酒の匂いにつられて酔ったパリピが、徒党を組んでお店に入って来ます。

パリピたちは「オニエモくてウェ〜ィ☆」とワケのわからない日本語で騒ぎ、チルい空間を台無しに荒らし回りました。


挙句の果てに、最後尾で顔を青くしていた一人が胃の中身をぶちまけたかと思えば、ひどい匂いと吐瀉物としゃぶつを残したまま、パリピたちは勝手気ままに連れ立って去っていくのでした。


チルどころではなくなってしまった、おじいさんとおばあさんのお店。

常連さんたちも、「許すまじ!」と憤慨しています。


ところが、所詮お年寄りの寄合所の様な客層と店主たちの集まりです。

とてもではありませんが、オニ若いパリピたちに立ち向かう力のある者はありません。

だれか、おじいさんたちの無念を晴らそうという若者はいないのでしょうか。


そんな折、カウンターの隅から立ち上がる青年がいました。


「話は聞いてたぜ。俺があのオニパリピたちをどうにかこうにかしてくらあ」


青年はお代をカウンターの上に乗せると、おじいさんたちに語り掛けます。


「このチルいスポットは俺も気に入ったしな。あと、可愛らしいバーテンさんのファジーネーブルが美味かったから、そのお礼とでも思ってくれ」


カウンターの天板にもたれながらウィンクすると、おばあさんがポッと顔を赤らめます。


その光景にジェラる気持ちを抑えて、おじいさんは青年に訊きます。


「そりゃ、ありがたいが、あんたいったい何者……」


「俺? そうだな……」


青年はゆったりとした足取りで店のフロアを横切り、入り口のノブに手を掛けました。

おじいさんたちはそれをただ黙って視線で追いかけます。


そうして振り返って、


「チル太郎。そう呼んでく「ゲホゲホ、ごほっ、うをーーっほん!」「大丈夫かナベさん」「ゴホゴホ……水をくれ……」…………」


老人が急に咳き込むのは、日常のこと。

周囲も分かっているから、慣れた様子で慌てずにおひやがナベさんのもとへ運ばれます。

それを受け取ってナベさんはおいしそうに喉を鳴らして飲むのでした。


「……まあ、名前なんてどうでもいいさ。とにかく、そういうことだから俺に任せて養生してな、じいさんたち!」


と、もう既にあまり聞いていない老人たちに言い残すと、ドアのベルを鳴らして店の外へ姿を消すのでした。


チル太郎。

いったいその男は何者なのでしょう。


ざわめきながらまた世間話へと戻っていく常連たちの中で、はっと気づき、おじいさんはカウンターの内側からひとつの袋を掴み上げると、常連たちに留守番を任せ、おばあさんと共に青年の後を追いました。


* * * *


「チル太郎!」


夜の街に紛れようとしていたその背中に、おじいさんが声を掛けます。

気づいた青年が振り返りました。


「なんだ、さっきの店のじいさんじゃないか。どうした?」


「はぁ、はぁ、こ、これ……ぜぇ、ぜぇ、ふぅ、ふぅ……」


十数年ぶりに本気ダッシュしたおじいさんの顔は紫色で、いまにもナースコールが必要そうです。


「じいさん、年柄にもなく走っちまったようだな。ちょっと一旦、チルするか?」


と、膝に手を当てて息を乱すおじいさんに、懐からヴェイプを取り出して勧めるチル太郎。

おじいさんはありがたく受け取って、煙をふかします。


「ふーーっ……ああ、生き返ったわ……」


シュコーっ、と音を立てては鼻から口から煙を吐き出すおじいさん。

まるで故障したロボットのようにも見えましたが、みるみる間に顔色が良くなっていきました。

あとからゆっくり追ってきたおばあさんもニッコリです。


「そうそう、忘れるところだった。チル太郎、パリピを退治するのなら、これを持って行きなさい」


そう言って、おじいさんは手に掴んでいた袋をチル太郎に渡しました。


「これは……」


「それは、きび団子じゃ」


「え?」


「きび団子。それを持って行けば、道中きっと役に立つだろ「いやいやいや、待て待て待て」」


笑顔で解説をくれようとするおじいさんの肩をガッシと掴んで、ぶんぶん首を横に振ります。


「なんでここまで来てきび団子はきび団子なんだよ。もっとあるだろ現代的なアイテムが何かよ」


「はて……?」


「クソとぼけやがってないでさ、じいさん。だいたい、小腹が空いたらその辺のコンビニに立ち寄りゃ何でもあるし、きょうび、きび団子で仲間になるやつなんていないぜ?」


「何のことを言っておるのかのぉ……?」


おじいさんはあくまで怪訝けげん顔で、おばあさんと見合わせて首を傾げます。


「……まあ、いいや。じゃあ、この団子はありがたく受け取っとくぜ」


チル太郎は背負っていたノースフェイスのリュックを開き、きび団子がつぶれないよう注意して入れました。

きっと、一時間後にはぺしゃんこになっているだろうな、と思いながら。


「それじゃ、おじいさん、おばあさん、行ってきます」


「うむ。達者でな」


チル太郎は二人と別れて、颯爽と夜の雑踏に消えていきました。


おじいさんは腕を組んで頷きながら、おばあさんはニッコリしながらその後ろ姿が見えなくなるまで見送っていましたとさ。


〈つづく〉

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