異世界無双に必要なことは元カノたちが教えてくれた。

狐島本土

第1話 来る者拒まず

 女性心臓抜き連続殺人事件。


 一切の外傷もなく心臓が抜かれた状態の遺体が見つかるという異常な殺人はおよそ一年前からはじまり、つい昨日も新たな被害者が発見された。報道では54人目とされている。


 だが、実数は99人だ。


 そう確信するしかない。


「全員、オレの元カノなんだ……」


「は?」


 ヒナはオレの告白に怒っていた。


「急に呼び出してなに? なんの話?」


 連絡はすぐについて、すぐ会う約束が出来たからあるいはよりを戻す話かも知れないという期待をしていたのかもしれない。待ち合わせで顔を見て、エッチを頼んだ時みたいに嬉しそうに嫌な顔をされた。


 興奮する余裕はなかったけど。


「だから、次に殺されるのは」


 けれどフられたのはオレの方だ。


「待って。あんたが犯人ってこと?」


 言われると思っていたことだ。


「そんな訳ないだろ。オレが殺すならスマホで呼び出さない。あれだけ殺して捕まってないんだぞ? なんの証拠も残してない」


 やってない。それも間違いない。


 ありえない仮定として心臓を抜ける手段を持っていたとして、寝ている間に殺人鬼の人格が目覚めたとかだとしても、物理的に犯行現場に行けなかった事件が多くある。


 たとえばヒナとエッチした夜だとか。


「寝れてないの? 酷い顔……」


 じっとオレの顔を見て、言う。


 優しい、そういうところが好きだった。


 なんでオレのことをフったんだろう。


「じゃあ、気付いて、様子がおかしかったんだ。先月? だっけ前の被害者が出たの。あの子も元カノだったってこと? それで気付いた?」


 ヒナはスマホをいじりながら言う。


「……うん」


 鈍感だったと言われても仕方がない。


「その前の被害者は、先々月? あたしと付き合う前か……元カノなのに気付かなかったの?」


 スマホで調べられる事件の概要を見ているようだ。いくつもの噂話がネット上では跋扈し、まとめサイトまで作られている。いくつもチェックしたが真相に近づいてるものはない。


「十五人、前の元カノなんだ」


 オレは正直に言った。


「付き合ってたのは四年前。店の客で、たしか、一週間ぐらいしかつづかなかった。聞いてた名前は偽名で、家も知らなかった……」


 改めて調べて、図書館で週刊誌のバックナンバーに載ってた写真を見てやっとわかったのだ。地下アイドルだったらしい。芸名を名乗られていて、オレは別れるまで反応できなかった。


「それ元カノって言う?」


「エッチの回数は、ヒナと同じ一回だ」


「……」


 ドン!


 カチャン。


 喫茶店のテーブルを叩く音とカップが跳ねた音が響いて、他の客の視線が集まる。ヒナの睨む目を、しばらくオレは見つめていた。


「ヤリチンだろうとは思ってたけど!」


 周囲を構わずヒナは叫んだ。


「あんた何人とヤってんの!?」


「それは重要な問題じゃないだろ?」


 人聞きが悪すぎる。


 事実だけど。


「重要に決まってんじゃん! 四年の間に十五人とか!? そんなのだれに恨みを買ってもおかしくないじゃん!」


 だがヒナは止まらなかった。


 もう店員が店長に指示を仰いでるのが横目で見える。追い出される数秒前って感じだ。軽く動画を撮ってる客もいる。面白い痴話ケンカに見えるだろうさ。そりゃ他人事だもんな。


「恨まれる筋合いはない!」


 オレは言い訳をする。


「みんなオレにコクって来て! みんなオレをフってくんだよ! ヒナだってそうだった! オレが悪いとしても! オレにどうしようもないだろ! オレは毎回本気なんだよ!」


 情けないけど、そういうことだ。


「来る者拒まずなんじゃん!」


 ヒナは席を立った。


「オレは毎回真剣に……ヒナとだってずっと付き合うつもりで、だから警告しようと……なんでオレのことをフったんだよ!」


 そりゃ女の趣味に節操がないことは否定しないけど、経験上いつも必ずフられるんだから機会を逃せないと思っていることは、そんなにおかしいことだろうか。


「チンチンデカすぎだから!」


 そう叫んで、走って店を出て行ってしまう。


「!?」


 追いかけられなかった。


 まるでチンチンがデカくて恨まれてるみたいな言い方しないで欲しい。それが理由なら元カノたちが殺されるのはおかしい。オレを殺してそれで終わりにすれば済むことなのだ。


「お客様……」


「騒がせて済みません。お会計を」


 伝票を握りしめる。


 ヒナが殺されたのは翌日で、警察はすぐにやってきた。逮捕令状はなく、任意の事情聴取と言われたけど、オレが殺したと疑っているのは明らかだった。当然だと思う。


 オレだってオレを幾度となく疑った。

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