第42話 ペンダントの持ち主
私に向けられた目は、恐ろしいほどに柔らかいものだった。
(……とても敵意を感じられない)
ペンダントにどんな意味があるのか、私にはわからなかった。警戒すべきだとわかっているが、何か知っているのなら聞きたいという思いの方が強かった。ぐっと首にかかったペンダントを外す。
「これのことですか」
「……えぇ」
「このペンダントを……中の人のことを、知っているんですか」
じっとペンダントを見つめる大公に問いかければ、彼はこくりと頷いた。
「彼は……帝国の騎士でした」
「騎士、ですか」
帝国の騎士。どうしてそんな人のペンダントがあるのかはわからないが、予想できるのは彼が私の父ということだけだった。
「そして私の姉……セレスティアと駆け落ちをした男です」
「え?」
帝国の騎士という情報だけでも衝撃的だが、さらに濃い情報が落とされた。
(……それじゃあ、大公殿下は姉の大切なものを取り返すために私を追っていたという訳なのか)
自分なりに整理をすると、私は大公にペンダントを差し出した。
「このペンダントには他に持ち主がいるんですね」
「いえ、そのペンダントは貴女の物です。正確には、黒髪の女性の物ですが……貴女、ですよね?」
じっと見つめる眼差しは、確信を持っているようなものだった。
「……私の髪色は茶髪です」
「色はいくらでも変えられますからね。私の姉、セレスティアの娘は綺麗な黒髪です。他に存在しない、唯一無二と言えるほど美しい黒髪です」
「……私がその方の子どもだと?」
にわかに信じがたい。自分が帝国出身だなんて話は、今まで一度も考えたことがなかった。
「えぇ。顔立ちから姉に似た雰囲気を感じますが、特に目元がそっくりです」
じっと見つめられると、思わず目をそらしてしまった。嫌な気分にはならなかったが、困惑が生まれ続けていた。頭の中が混乱する中、そっとアシュフォードが手を重ねる。
「つまりノワール大公殿下は、ここにいるラルダが自身の姪だと主張されたいのですか」
そっと目線を上げて大公を見れば、力強く頷かれた。
「ラルダさん、ヴォルティス侯爵。納得いかないことが多いと思います。ですので、少し私の昔話を聞いてくださいますか?」
「……ラルダ」
決めて良い、そんな温かい眼差しを向けてくれるアシュフォードに、複雑な気持ちが少しだけ救われた気がした。少しだけ考えると、彼に笑みを向けてから大公を見る。
「お聞かせください」
「ありがとうございます」
小さく頭を下げると、大公は自身の姉の駆け落ちから語り始めた。
「セレスティアは帝国の皇女でした。おしとやかという言葉は似合わず、気が強くてどこか女性らしくない部分が目立つような姉でした。そんなセレスティアが恋をした相手が、平民上がりの騎士だったのです」
騎士ルーカス。
彼と身分違いの恋をしてしまったセレスティアは、当時皇帝だった父の反対を押し切って駆け落ち婚をしたのだという。
「しばらくの間は皇太子であった私達の兄が、匿う形で住居を提供していました。皇女としてはふさわしくない、細々とした暮らしをルーカスと共にしていましたが、二人ともとても幸せそうだったのを覚えています」
それほどまでに二人は愛し合っていたのだと、大公は断言した。
「そんな中、セレスティアは子どもを妊娠しました。子どものことは、私と兄にだけ伝え、ひっそりと生むことにしたのです。彼女は、もう皇家に戻る気はありませんでしたから」
皇女の娘として連れ戻されないように、弟である現皇帝と大公にお願いをしたのだという。
「そんな方が、どうして海を渡ってまで子どもを捨てに来たのですか?」
無表情のまま大公に問いかければ、彼は目を見開いた。ぐっと何かを堪えながら少し目を伏せた。
毒のある言い方になっているのはわかっている。ただ、どうしても自分が高貴な人の娘だというのが信じられなかった。
「セレスティアは……君を守りたかったんです」
「……私を?」
言葉の真意を聞くために、私はじっと大公を見つめ続けた。
「ソルセゾン帝国の皇族を象徴する髪色が、私のような銀髪です。しかし稀に、黒い髪を持った皇族が生まれます」
(黒髪は不吉の象徴、とでもいうのか)
どこかで読んだ物語には、そう書かれていた気がする。もう題名すら覚えていないが。
「その黒髪こそ、ソルセゾン皇家の真の象徴です」
「真の……象徴?」
「私達は元々黒髪でしたが、時が経つにつれて色が薄まっていったとされています。髪色が暗ければ暗いほど、優秀な素質を持つとされています」
黒髪こそ皇帝に相応しい、この考えは帝国の上位貴族に長く伝わる風潮だと言う。そのために、黒髪に生まれたのなら皇帝にと無理やり押し進める派閥がいるようだ。その派閥や風潮から逃げるために、母セレスティアは他国へと私を逃がした。
「セレスティアは自分が皇女でなくなった以上、娘が政治利用されるのだけは許せなかったのです。だから君を、帝国貴族の目から隠すためにも他国へ連れ出しました」
とても自分に関係する話とは思えないほど、壮大すぎる内容だった。私は再びペンダントを見つめる。
(この人が、ルーカス。……私の父、なのか)
何も実感が湧かなかった。それどころか、全ての話が作り話だとさえ思えてしまう。大公の話をどこまで信じるべきかわからないが、確かなのはこの人が嘘を吐く意味がないということだけだった。
「……セレスティアは貴女に名前を付けていました」
「ラルダ、ですよね」
私は淡々と大公に返した。
名前さえも、既にアシュフォードが発している時点で確証にはならない。そう思ったからだ。しかし、大公は首を横に振る。
「エスメラルダ。これが、セレスティアが君につけた名前です」
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