4-02.The Second Game 1

『以上、説明終わり! もう一回だけ繰り返すよ~!』


 僕は前回の説明を聞き逃した。

 その分、今回は集中して一言一句を記憶した。


 最も重要なルールは、ライフを一だけ残して没収されること。これが報酬となり、ゲームがクリアされた際には、その二倍の数が均等に割り振られる。


 ゲームをクリアする条件は三つ。


1.ボスを討伐すること。

2.クエストをクリアすること。

3.生存者が一名になること。


 僕の場合、条件は実質的に二つだけ。

 ボスを討伐するか、クエストをクリアすることだ。


「……悪趣味なルールね」

「そうだね」


 僕は神楽さんの呟きに同意した。

 このゲームで最も多くの報酬を得る方法は、自分以外の者を全員殺すことだ。その場合、生き残った者は膨大なライフを手に入れることができる。

 

 ざっと見て参加者は百人以上。

 平均で二十くらいライフを保持していると仮定して、四千は手に入る。すごいね。どんな願いでも叶えられそうだよ。


 ただし、参加者のライフは一だ。

 このゲームで死ねば現実でも命を落とすことになる。


 ──もしもライフの総取りを考える者が現れたら?

 さらにそれが参加者の中で最も強い実力者だったら?

 しかも、人殺しに躊躇が無いクレイジーな存在だったら?


 その事実に気が付いた者から周囲の警戒を始める。

 今この瞬間においては、広場に集められた全員が敵だった。


「……そろそろ、良いかしら?」

「どうしたの?」


 彼女に目を向ける。

 ジトっとした視線が返ってきた。


「……いつまで、続けるの?」

「続ける? 何を?」


 彼女は目を細める。

 それから僕の腕を抓った。


「痛い。急にどうしたの?」


 彼女は呆れた様子で溜息を吐いた。


「いつまで、抱きしめているつもりなの?」

「……ああ、ごめん、気が付かなかった」


 僕は彼女から離れた。

 多分、この空間に転移する直前からずっと、彼女を抱擁したままだった。


「……勘違いしないで欲しいのだけれど、べつに怒っているわけではないからね」


 僕は何も言えなかった。

 いやいや、照れてる場合じゃない。ラブコメはデスゲームの後だ。



「みんな! 聞いてくれ!」



 その声で一気に緊張感が蘇る。

 広場に集まった参加者達の視線が、一点に集まった。


「……まさか」

「知ってるの?」


 彼を見たまま神楽さんに問いかける。

 

「ええ、有名人よ。伝説級のクエストをクリアした経験があるのだとか」


 僕には「伝説級」の難易度が分からない。

 だけど彼女の反応を見れば、彼が強者であることは理解できる。


 そもそも、見た目からして強そうだった。

 ゴツゴツとした漆黒の鎧を身に纏った赤毛の大男。右手には僕の背丈くらいはありそうな黒い大剣が握られている。


 彼は大剣を持ち上げ、地面に突き刺した。

 土埃が舞い上がり、誰かが悲鳴を上げる。

 そして数秒後、人々は地面に生まれた割れ目を見た。それは彼が地面に突き刺した大剣から始まり、数十メートル先まで続いている。


(……人外かよ)


 アヌビスの槍には劣る。

 だけど、僕には彼が同じ人間とは思えなくなった。


「俺は、こっちではアッシュと名乗っている。見ての通り、とても強い」


 とても強い。

 シンプルかつ分かりやすい表現だ。


「だが警戒しないで欲しい。俺は君達の味方だ」


 それほど声を張っているわけではない。

 でも静まり返った広場には、彼の低い声がよく響いた。


「このクエストには、全員で生き残る道がある。俺は、それを目指したい」


 僕は素直に感心した。

 仮に全員が生き残った場合、上級者ほど損をする。しかし、明らかに上級者である彼が率先して「協力」を申し出たのだ。僕のような初心者には、この恩恵を拒絶する理由が無い。そして「総取り」を考える人に対する牽制の効果もある。


「そ、そうだな! 協力しよう!」


 誰かが声をあげた。

 その声に多くの人が続いた。

 大衆の方向性は、決定づけられた。


『以上、説明は終わりだよ~!』


 クマが緊張感の無い声で言った。

 

「みんな! 全員で生きて帰ろう!」


 アッシュさんが拳を天に掲げる。

 多くの人が彼に続いて拳を振り上げた。


「あなたはやらないの?」

「やだよ。なんかモブっぽいじゃん」

「よく分からない価値観ね」


 僕と神楽さんが緊張感の無い会話をした。

 実際、緊張感は薄れていた。とても頼れるリーダーが登場したからだ。


『伝説級クエスト、ホワイトチャペルの真相、スタートぉ~!』


 僕はちょっとだけ耳を疑った。

 あのクマ、伝説級って言わなかった?


「みんな! この手のクエストは、まず情報を集める必要がある!」


 アッシュさんが大きな声で言った。

 頼れる兄貴って感じだ。彼に任せておけば……。


「みんな、どうした?」


 恐らく、全員が「それ」を見た。

 アッシュさんは視線に気が付き、振り返る。


 黒衣と黒い紳士帽。

 顔は見えない。真っ黒だ。


 背丈はアッシュさんよりも小さい。

 だけど、とても不気味な雰囲気をしている。


 姿形は人間と似ている。

 でも僕には、ヒトではない化物にしか見えなかった。


「何者だ!?」


 アッシュさんが剣を構えた。

 しかし、彼が睨み付ける場所に「それ」は居なかった。


「アッシュさん、後ろ!」

「っ!?」


 僕には「それ」の動きが全く見えなかった。


「みんな! この場から離れろ!」


 アッシュさんが振り返りながら叫んだ。

 しかし「それ」は、またしても彼の背後を取った。


 そして、おちょくるようにして肩を叩く。

 アッシュさんは人間離れした反応速度で剣を振り上げた。


 その剣が振り下ろされる。

 真っ赤な噴水が生まれ、何かが宙を舞った。


 べちゃり、一生耳に残りそうな音がした。

 

「……」


 僕は口を開けた。

 だけど、掠れた笑い声みたいな音しか出なかった。


 広場は沈黙した。

 首から上を失った胴体が、ゆっくりと倒れる。


 黒衣の化物は、それを踏み、両手を大きく広げた。

 それからお辞儀をするように顔を伏せ、十本の指をピンと伸ばす。


 しばらく誰もが様子を窺っていた。

 しかし化物がカウントダウンでも始まるように指を折った途端、蜘蛛の子を散らすような逃亡劇が始まった。


 アッシュの生み出した「皆で頑張ろう」という緩い雰囲気は、完全に消えていた。

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