07.The First Game 終

 僕は心の中で「エクスカリバー!」と叫んだ。

 そういう感じの技だったし、勝利が約束されそうな気がしたからだ。


 やったか? という言葉を必死で我慢する。

 眩い光は徐々に消え、やがて視界が元通りになった。


 アヌビスの姿が見えた。体の真ん中に大きな穴が開いている。どうやら槍を使ってガードを試みたようで、両手には、それぞれ折れた槍の片割れが握られている。


 アヌビスがふらりと揺れた。

 そして膝から崩れ落ち、地面が揺れる。


「……やったの?」


 僕は彼女にジト目を向けた。

 最強のNGワードだよ、それ。


 ──ガタン。


 ほらぁ……。


 ──ガタン。


「……うそ」


 ──ガタン!


「グォォォォォォォォォ!」


 アヌビスは二本の槍を地面に叩き付け、吠えた。

 その直後、体に空いた大穴が桃色の輝きを放つ。


 平たく言えば、自己再生だ。

 速度は遅い。十分以上の猶予がありそうだ。


「……そんな、どうして」


 神楽さんが膝から崩れ落ちた。

 その絶望した表情を見るだけで胸が痛む。


 一方でアヌビスは不敵に笑っていた。

 体の修復が終わったら殺してやるとでも言いたげな表情だ。


 僕は──


「神楽さん、その剣、借りられる?」

「……え?」

「どっち?」

「……貸せる、けれども」


 彼女は右手の辺りに目を向けた。

 僕には何も見えないけど、多分そこにある。


「じゃあ、借りるね」


 手探りで摑んだ。多分これだ。

 軽く振り、重量からサイズ感を把握する。


「……何をする気なの?」


 アヌビスに空いた大穴。

 その中身は、およそ生物とは思えない。


 機械みたいな線が無数にある。

 そして、宝石のような球がひとつ。


「僕は、ひとつだけ後悔がある。君の期待を裏切ったことだ」


 軽くストレッチをする。

 あんまり時間はかけられないけど、動き始めて直ぐに肉離れとかダサいからね。


「行ってきます」


 鋭く息を吸う。

 そして思い切り地面を蹴った。


(……やっぱりゲームみたいには走れないか)


 五十メートル走のタイムは五秒後半。

 高校一年生としてはハイスペックだけど、あくまで人間レベルだ。


 アヌビスが動いた。

 右手の槍を引き抜き、横に一閃。

 しかしそれは僕の聖域に拒まれた。


 苛立ったような雄叫び。

 アヌビスは八つ当たり気味に地面を殴った。


 強烈な風圧が発生する。

 僕は体が浮きそうになった。

 

 だけど止まらない。

 剣を握る手に力を込め、ただ走る。


 アヌビスは再び地面を殴った。

 何度も、何度も、何度も、何度も。


「……くっ」


 風圧はアヌビスに近いほど強い。

 そのうち、僕の体がふわりと浮いた。


 アヌビスは一瞬の隙を見逃さない。

 その拳が、地面ではなく僕を狙った。


 極限の集中によって体感時間が縮まる。

 アヌビスの長い腕は、弧を描くような軌道で近付いてくる。


 そして、五メートル。

 聖域の位置を──すり抜けた。


「っ!?」


 時が止まったような気がした。

 まさか、肉体を使った直接攻撃は防げない?


(……でも、これ)


 僕は大きく腕を伸ばし、全力で剣を振った。

 その遠心力によって体が回転し、絶妙なタイミングでアヌビスの拳に剣が当たる。


「……」


 言葉が出なかった。

 気が付いた時には地面に着地していた。


 考えるよりも速く前に進む。

 チラと目を動かすと、アヌビスの拳が遠ざかっていることが分かった。


「よく分からんけど行けそうだからヨシ!」


 アヌビスの懐に辿り着いた。

 僕は全力で跳躍して、アヌビスの服を摑む。


「筋、肉ぅ!」


 適当な叫び声で力を込め、一気に登る。

 

「刺されぇ!」


 左手で服を摑み、右手の剣を突き刺した。

 意外にも深く刺さった。青色の血が出てる。でもアヌビスのサイズを考えれば蚊に刺されたようなダメージだろう。目的は攻撃じゃない。


「もっかい、筋肉ぅ!」


 体を持ち上げる。

 突き刺した剣を足場にして、最後の跳躍。


「……よっしゃ!」


 大穴に届いた。


「……あれか!」


 オーブと思しき物体を見つけた。

 遠目で見たよりも大きい。それに、謎の線も十分な足場になりそうだ。


 ──そこまで考えた瞬間。


「避けてぇ!!!」


 悲鳴のような絶叫。

 僕は考えるよりも速く前に跳躍する。


 紙一重。

 アヌビスの手が、大穴を叩いた。


 直撃は避けられた。

 だけど風圧によって体が吹き飛ばされる。


 僕は咄嗟に手を伸ばす。

 偶然、一本の線を摑むことができた。


「……痛っ!?」


 歯を食い縛った。

 感覚で分かる。右手の指が一本もげた。


「まだ、生きてる!」


 自分を鼓舞する。

 周辺の状況を確認して、近くの線に乗った。


 手の痛みを忘れ、全力で走る。

 心拍数が半端じゃない。心臓がもげそうだ。


 でも、なんでだろうね。

 これまでの人生で最も死にかけてるのに……初めて、生きてるって感じがするよ!


「……よし、いける!」

 

 勝利を確信した。

 その瞬間、周囲の《線》が動いた。


 ──悲鳴が聞こえた。

 とても可愛い女の子の声だ。


 ──水の音がした。

 とても真っ赤な僕の血液だ。


「……かはっ」


 口から血を吐いた。

 見なくても分かる。むしろ見たくない。多分、全身を串刺しにされた。


「……オーブは」


 右手を伸ばしたのが失敗だった。

 欠損した指の分だけ、届いていない。


「……まだ、動く」


 僕は歯を食い縛り、左手に力を込めた。

 

「届けオラァ!」


 品性の無い言葉を叫び、最後の一手に全てを賭ける。


 そして──

 僕の左手が、オーブに触れた。



『ぱんぱかぱ~ん!』



 緊張感の無い声がした。


『神話級クエスト、冥府の宝玉! 人類初の完全攻略! お~め~で~と~!」


 うるせぇなぁ。

 そう思いながら、ぼんやりと目を動かす。


(……ははっ、最高だね)


 ヒロインが心配そうな目で僕を見ている。

 

(……今の僕、最高に主人公っぽい)


 その感想を最後に、僕の意識は途絶えた。

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