第6話 探偵(もどき)の誘拐 事件編
今日は大学も休み。蓮花も事務所に来ていない。夕暮れの星が顔を出す頃にふらふら歩いてぱしゃんと川に飛び込んだ。
ふよふよと流されると
梓藍先輩が知ったら駄目だよ、と怒るけれどバレなければ良いだろう。
20分ほど流された後、海辺に流れ着く。流れ疲れて横たわっていると次第に眠くなってくる。うとうと、微睡む。
目蓋が綺麗に落ちきった頃、誰かに抱き上げられる感覚がした。あの人かしら、と柄にもない言葉遣いが浮かんで眠り込んだ。
数時間は経ったのだろう、重い目蓋を持ち上げて起きる。きょとり、と見回すと知らない部屋に寝かされているようだ。
「面倒は嫌い」
窓を叩き割って、カーテンを縛った手すりにぶら下がってから飛び降りる。何階かはわからないが、恐らくそんなに高くない建物の2階。
ふぎゃあ、と悲鳴を上げて着地後に通りすがりの誰かに衝突、受け止められる。
「
「何やってるの?」
「少々拐われまして」
「???」
窓を蹴破りました、というと若干引いている。確かに雪自身寝起きでなければ躊躇ったかもしれない。
カーテンを手すりに縛ってぶら下がり、1階の天井辺りの高さから飛び降りるだなんていつもならちょっとばかりは躊躇う。
「折角なので、事務所に来ませんか?」
「2町ぐらい離れてるのに、今から?」
「え?」
スマホを見せてもらうと、5時。
「夜予定がないならいいでしょ?」
「なんかよくない誘い文句だな……」
「そうでしょうか。柹藍先輩なら気になさりませんよ」
「あ、はい」
○INEでも同じ返事を繰り返すタイプの男、それが堤莉耶である。
目元をよく見るとくっきりとした二重に少し膨らんだ涙袋。イケメンの可能性を秘めていなくもなかったりする。
それはさておき。帰宅しようと思って、ふとポケットを探る。
「お兄ちゃん、お金貸してください」
「厳しいです」
「帰れないんですって」
「財布は? Sui○aは?」
「無いから言ってるんでしょ」
嫌そうな顔をしてから、嫌そうに歩き出す。
「着いたら返してよ」
「勿論です」
気付いてしまった。服が濡れておらず、砂の1粒も付いていないことに。服はそのまま。
「干されたみたい」
「え?」
「いえ、何でも。さっさと帰りましょう」
「一応先輩なんだけど……」
「えぇ、存じております。きちんと敬語も使っていますし」
何か言いたげな様子だが、それを許す雪ではない。柹藍に対するものより酷いことは明らかだ。
「あ、あのからあげ奢ってください」
キッチンカーを指で指し示して言う。
「厳しいです」
「酷ーい」
一方、探偵事務所。
「雪さま、また川でしょうか……」
一応、柹藍や垂璃、夕灯、霖にも連絡したが全く見つからない。
時折、戻りが遅くなるので蓮花は不安に思う。もし彼女が桜のように帰ってこなかったら、と。
蓮花は独り、ソファに腰掛ける。暫くスマホを見つめていると2人分の足音が聞こえてきた。
「ただいま」
「お帰りなさい、雪さま」
「お邪魔します」
「誰かと思えば堤先輩が雪さまを連れ歩いていたとは」
笑顔で言っているが目元は笑っていない。言葉の節々に棘があるし、キレられていると莉耶は悟る。
「蓮花」
窘められて、少々落ち着いた様子の蓮花に雪は溜め息を溢した。
「莉耶先輩にそういう態度を取るのは感心しないかな」
「雪が言う?」
「酷ーい」
莉耶は突っ込んだ。彼は意外に常識人である。
蓮花は女らしい嫋やかな姿を魅せることが多いが雪や桜に関することはこの通り、そんな姿は欠片も残っていない。
「実は川を流れて浜で寝てたら、拐われてたんだよねぇ」
寝てたら
「なんて?」
「拐われてたんだよねって」
「堤莉耶!
「いつものキャラどこ行った?」
「蓮花」
莉耶は困惑、雪は呆れの言葉をコメントする。
「これ、金にならないから調べなくて良いよね」
「あ、はい」
「その返事を何度聞いたことでしょう」
「……」
「黙らないでくださいよ」
探偵というのは難儀なものだ。決まった休みが取れないのだから。翌々日、同じように拐われた被害者がやってきた。
出かける予定だったのに。
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