推し活、失格

セリ

それでも好き

今日は私の誕生日。ちょうど20歳になった。そして私の推しがシンガーソングライターとして活動開始したのが今日の日付だった。今年で9周年になる。


彼は、特に世界でも日本でも"有名"という訳ではない。むしろほとんどの人はその名を知らず、主にロック、ヴィジュアル系が好きな人や古参の人、偶然YouTubeで聞いたのをきっかけにファンになった人がライブにやってくる...と勝手に解釈している。

私はその中でも"偶然YouTubeで見かけたのをきっかけにファンになった"の中の1人だ。


彼の歌を聞いたのはおよそ6年前。

当時、14歳だった私はよくスマホでJーPOPを聞きながら勉強したりすることが多かった。

だけど時々、YouTubeからのおすすめで全然知らない曲が流れる時がある。 その時に彼の曲が初めて耳に入った。


曲が始まりと共にイヤホンから吐息が伝わった。 曲名は『魅惑の玩具おもちゃ』。

ノートを走っていたシャープペンシルは気づけば横に倒れていた。

私の耳目じもくはスマホ画面に映る彼に釘付けだった。


その曲を当時聞いた私は、簡単に言えばとてつもなくエロかったとしか言えなかった。


"エロかった"と言うとあまりいい印象を抱かない人もいると思う。

私自身も性的描写がされているものに対して羞恥心がまさり見てられない。

なんなら未だにドラマなどでそういったシーンが来るとやや目を逸らしてしまう。

けれども彼の歌を聞いた時、羞恥心よりも嬌艶きょうえんさと上品さが絶妙に合わさってとても魅了された。


本当にあの時イヤホンを付け、部屋に自分しか居なくて良かったと思った。

こんなにも甘美な声と歌詞、そしてピアノやバイオリン、ベースが奏でるメロディーさえも艶めかしい歌は初めてだとあの日思えた。

また年齢と共に『魅惑の玩具おもちゃ』は処女が夜中に男と体を重ねる瞬間の心情をえがいたものだと理解した。顔がじわじわと熱くなる感覚がした。




それからはとにかく彼のYouTube公式チャンネルからMVや過去の生配信等をほとんど全部視聴した。

どの曲を聴いても陶酔感とうすいかんに駆られ、彼自身の事も"推しとして"好きになった。





──その1年後。

受験生となっても彼の曲を毎日聞いていた。決して歌詞は全く受験生を励ますようなものではないけれど、私にとっては応援ソングのような存在だった。



中3の夏休みに5人くらいでカラオケに行った時があった。

みんなはもちろん各々の好きな曲を歌っていた。

私もカラオケの定番曲をひたすら歌った。彼の曲は歌っていない。

……今まで誰にも彼の曲が好きなことを言っていなかった。いや、言えなかった。 普通のラブソングではない妖艶な音色を奏でる彼の楽曲たち。

彼も私も引かれたらどうしよう、欲求不満とか思われたら嫌だな、歌が終わった際になんて言葉を返せばいいか困るよね…。


分かってた、分かっていたのに。



気づけば5人の前で彼のデビュー曲を歌唱していた。


案の定、言葉に困っていた。先程までの盛り上がりはなくなり変な空気になった。

途中で2人同時にトイレに行った。絶対洗面所で「なんで今あの曲歌ったんだろうね」「ヒトカラの時に歌ったらいいのに。空気読んで欲しい」 とか話しているんだろうなと想像した。


私自身も何故あの時歌ったのかはっきりとは分からない。でも、何処かで彼の曲の良さを誰か一人でもいいから共感して欲しかったのかもしれない、一緒に推したかったのかもしれない。


ここで引かずにもっと熱狂的に魅力を伝えていたら友達の誰かは興味を持つ可能性もあったが、それ以来彼の歌を誰かに披露することも、推し事の1つである"布教"もしていない。


──周りに彼を知る者がいないのならライブにでも行こう。 現地のファンの人なら彼の魅力がわかるに違いない、そう思った。





しかし、20歳となった現在でもライブには行っていない。 行かなかった。

その理由は私が高校生に進級してから訪れた"変化"によるものだった。



──彼を推して2年目の頃。

外は桜の花があちらこちらで満開に咲き、風と共に華麗に舞っていた。

そんな中、私は自宅で微睡まどろんでいると、スマホがうなったため視線を落とす。 彼の公式LINEからだ。

すぐさま既読を付けると、YouTubeに飛んだ。新しいMVが公開されている。



そのMVは今までと全く違かった。

曲調も歌声も彼の容姿も..全てが。

ただ呆然と視聴し終わると数時間後、SNSで彼が呟いた。


『今回はいつもの雰囲気をガラリと変えて楽曲制作しました!たくさん視聴してくれると幸いです!!』


──あぁ、なんだ今回はそんな感じなんだ。


何故か安堵している自分が確かにいた。





その日を境に彼が甘美で妖艶な曲を発表することはなかった。

ポップな転調のラブソング、聖書や神話に書かれた神々をテーマにしたヴィジュアル系の音楽などがこの数年間で多く発表された。ここ最近はヴィジュアル系の楽曲が多い。

おそらく、万人受けしたのだろう。

楽曲だけでなく、彼自身も数年前は華奢でスラッとした高身長でブロンドヘアが特徴的だったが、現在はジムに通って体を鍛えているらしい。それもあってか前にSNSに投稿された彼の自撮りは体はたくましく、髪も碧海へきかいの色に染っていた。


沢山の人に知って欲しい、曲を聴いて欲しいという彼の想いが届いているのかYouTubeやSNSのいいねやフォロワー数はいちじるしく増えていった。



私も今の彼に対して応援しているし、知名度も上がって嬉しく思っている。歌自体もハイテンポでエレキギターがよく効いていてクールで好きだ。

4年前から現在まで彼の曲はロック・ヴィジュアル系となっている。私がそれらの曲をリピートする回数は自分でも分かるほど少なかった。 5年前以降の曲をよく聴いてしまう。

胸の中が霧に包まれたかのように高校3年間も彼の曲を聴き続けた。






──そして、高校卒業後

── やっと分かった。



私は"過去の彼が好きなんだ"と。


年々変わって成長していく彼を心の底から受け入れる事ができていない。

私と同じこの感情を抱く人も少数だとは思うが居るに違いない。でも、だからと言ってSNSで共感者を募集して語り合うのは一層努力している彼に対して失礼極まりないない行動だと思う。


私にとっては、女性目線の性的描写が入った曲を違和感のない声色で歌い、文質彬彬ぶんしつひんぴんな過去の彼は唯一無二だと何年経っても思う。今の彼に唯一無二感はなかった。


1ヶ月前くらいに公開されたライブ映像を見た際には、当然のように6年前とは全く異なっていた。

観客数は増えていたし、歌声も低音の印象が強かった。ちなみに私の好きな頃の彼の声は、高音と低音の狭間のような声だった。

6年前の映像の時は初々しく、どこか儚さを感じる姿、歌詞を1文字1文字丁寧に歌い上げている印象に対し、最近の映像では観客をライブ空間の世界へ引っ張り、とても盛り上げていた。

そして、ライブの最後に大きく手を観客に向けて手を振る彼は、頼り甲斐のある大きな背中をカメラに向けていた。



彼を"推し"としてではなく、ただ過去の楽曲を愛せたら良かったのに彼のSNSアカウントをフォローしたり、今までの生配信を全部見てきたせいかいさぎよく推しを降りることは出来なかった。


結局、今も彼のファンには変わりはなく、新曲が来たら手で数え切れるほどの回数でリピートし、また5年前以降の曲を聞いて再生回数を伸ばす。


これが私の推し活である。









──誕生日が明けた翌日。


春の心地風が吹く朝方、穴場スポットのような喫茶店に向かって歩いている。

気づけばそこの店の常連となっていて、店員さんにも顔を覚えられているくらいよく訪れる。



ヴーッ、ヴーッ


スマホから通知が来た。


……彼からだ。


『魅惑の玩具おもちゃ、久しぶりに歌ってみたよ!是非聞いてください』

と、メッセージが来ていた。


……ちょうど鞄にBluetoothイヤホン入れてきたから喫茶店入ったら聞こうかな…。




カランカランとアンティークなドアベルを鳴らして喫茶店の中に入った。

コーヒーの香りが漂い、微かにジャズ音楽が流れている。 このレトロで何処か懐かしさと安心感のある空間が大好きだ。


店員さんに1番奥の周りの死角となるようなソファ席に案内されて腰を下ろす。

いつもここの席は私がいつ来てもいいように従業員全員が開けてくれている。

別に金持ちでもこの店に何か貢献した訳でもない。本当によく利用しているだけの客。

それなのに、こんなにも待遇よくしてしてくれて感謝でしかない。


ひとまずカフェラテを注文した。昼になったらシーフードドリアでも頼む予定だ。


そしてイヤホンをケースから取り出し、耳にはめる。


「……また歌ってくれるの嬉しいな...。聞いてみるね」









歌を聞き終えた"彼女"は『忘れえぬひと』のような顔でじっと暗くなったスマホ画面を眺め、カフェラテに口をつけた。






















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