本編 第2話

01.

 翌日。カーテン越しに感じる眩しすぎるほどの光に、アルティングルは起こされた。


「……んっ」


 身じろぎして、目を開ける。すると、視界いっぱいに広がったきれいな天井に慌てて身体を起こした。


 室内には白を基調とした上品な家具が置かれている。テーブルにソファー、鏡台。書き物用の机に、椅子……。


 そして、なによりも自身が横になっていた寝台の広さに、目を見開く。


 しかし、すぐに眠る前の記憶が蘇ってきた。


「……そうだわ。私、イルハムにやってきて……」


 そこで、先代の王妃マヘレットに言われるがまま、後宮入りすることが決まったのだ。


 彼女に言われるがまま、宮殿の裏手にある後宮に入り、一室を与えられて……。


「……今になって、不安になって来たわ」


 ぽつりとそう言葉を零す。


 援助を手に入れるためとはいえ、先走ってしまったのではないか。そんな考えが頭の中によぎって、その考えを打ち消すように頭を横に振る。


「弱気になっていては、ダメよ。私は、メルレイン陛下のお子を産まなくては……」


 が、言葉にするとその生々しさに無性に恥ずかしくなる。かけられていた薄手の毛布を抱きしめていれば、部屋の扉がノックされた。


 驚きつつも返事をすれば、扉が開いて数人の女性がやってくる。


「アルティングルさま。朝の身支度をさせていただきます」

「……え」


 代表であろう女性の言葉に、アルティングルが頬を引きつらせる。しかし、彼女たちは特に気にした素振りもなく、すたすたと部屋の中に入ってきた。


「お召し物などは、先代の王妃殿下からいくつか預かっておりますので、ご心配なく」

「え、えぇ、それは、どうも……」


 いや、心配しているのはそこではないのだけれど……。


 心の中だけでそう呟きつつも、アルティングルは一人の女性に言われるがまま寝台から降りる。


「身支度が終われば、朝食になります。その後は、昼食までご自由にお過ごしくださいませ」


 アルティングルの寝間着を脱がせる女性が、そんなことを教えてくれた。


 だが、そこでアルティングルには一つの疑問が思い浮かぶ。


「あの、後宮にいてせねばならないこととか、あります……?」


 彼女たちの口ぶりからするに、ずっと自由な気が……。


 頬を引きつらせつつそう問いかければ、女性はきょとんとしていた。


「いえ、特には。王妃殿下ならば諸々とありますが、あなたさまは所詮はハレムの一員……いわば、側室ですので」


 さも当然のようにそう言われ、アルティングルは頷くほかなかった。


(というか、側室の役割ってなに? お子を産むこと以外には、なにもないのでは……?)


 かといって、メルレインにそのつもりがないということは、側室などいてもいなくても一緒なのでは……。


 頭の中にそんな考えが思い浮かぶが、また頭を横に振る。それに、それはある意味幸運ではないか。


(そうよ。私はこの国に来てまだまだ浅い。……この国の文化に触れる、いい機会だわ)


 もしも国に帰った後。このイルハムの文化で活かせそうなことがあれば、万々歳だ。


「わかったわ。……ところで――」


 アルティングルの衣服の着付けをする女性にそう声をかけようとしたときだった。ふと、室内の端っこから「きゃぁっ!」という声が聞こえてきた。その声に驚いて、そちらに視線を向ける。


 ……そこには、布に埋もれる一人の少女がいた。


「いたた……」


 少女はそう呟いて、頭を押さえている。もしかしたら、何処かぶつけたのかも――とアルティングルが思うよりも前に、年配の女性が少女に近づいていく。


「またあなたですか! 一体、いつになったら一人前の侍女になれるのですか!?」

「だ、だけど……その」


 少女は女性の言葉に反論しようとしていた。しかし、すぐに口を閉ざす。


「申し訳ございません、あの者はまだ経験が浅く……。ですので、どうか大目に見てやってください」


 アルティングルの髪の毛を結い上げる女性が、そう声をかけてくる。なので、アルティングルは控えめに頷く。


「い、いえ、特に、気にしていないわ……」


 それよりも、彼女が怪我をしていないかどうかが心配なのだけれど……と、いう間もなく。


 アルティングルは女性によりソファーに案内される。その髪の毛はきれいに結い上げられており、これではまるで本物の皇女である。


(なんて、私は一応皇女としてここにきているのだから、口には出せないわね……)


 苦笑を浮かべてしまいそうになりながら、アルティングルは目の前のテーブルに置かれていく食事の数々を見つめる。


「本日は初日ですので、様々なものをご用意させていただいております。以後、なにかお好みのものがあれば優先的におつくりしますので、遠慮なく申してほしいと料理人からの伝言でございます」

「そ、そうなのね……」


 さすがは、大国のハレムというべきなのか。本当に素晴らしい扱いをしてくれる。


 ……ナウファルでは、考えられなかったことだ。


「では、いただきます」


 小さくそう呟いて、アルティングルは食事を摂ることにした。


 朝食ということもあり、メニューはシンプルな軽いもの。が、栄養バランスは抜群に見える。

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