第70話 ついにできたよ、鑑定魔導具!①

 バベルの塔の20階。武器や防具を扱うものものしい店前を通り過ぎ、立派な構えの魔導具屋の前を通り、アイラたちがいるのは、半壊しかけたぼろい店の中だ。ルインはいつものように外で待っている。

 店の中でアイラは、出来上がったばかりのピカピカの魔導具を手にしていた。

 片手に収まる大きさのそれは、中央にレンズが嵌まっていて、側面は鈍い金色に輝いている。輝く一級魔石を中心としてぐるりと文字と図形が彫られていた。その様はヴェルーナ湿地帯でイリアスとパシィが作り上げた魔法陣を彷彿とさせる。

 一見すると小洒落たベルにも見える鑑定魔導具は、先端に細い鎖が繋がっていて首にかけられるようになっていた。

 カウンターの向こう側にいる魔導具店の女店主ボニーが、魔導具を手に取った。


「こうやってまぶたに挟んで使える。ほら。やってみな」


 言われるがままに真新しい魔導具を受け取り、右目にはめてみた。


「試しにこれを鑑定してみな。目の前のものに意識を集中させれば勝手に鑑定してくれるよ」


 カウンターに無造作に置かれた赤い鉱石に視線を走らせた。

 鑑定魔導具の水晶に鉱石が映し出されると、さほど待たないうちに文字が浮かび上がる。


【紅蓮輝石】

 内部に熱を有する石。握るとほんのり温かく、その温度は持続する。蓄熱魔導具の材料になる他、火属性の武器にも加工される。食用不可。


「わ、すごい。ちゃんと食べられるかどうか説明がつく!」

「それがお望みだったんだろ?」


 ボニーは可笑しそうに笑った。

 アイラはまぶたから魔導具を引き抜き、魔導具と同じ鈍色の金に輝く鎖を首にかけた。ちょうど胸の谷間あたりに魔導具がおさまった。鎖の長さもちょうどいい。


「気に入ったかい?」

「うん、すごく。ありがとう」

「どういたしまして。こっちも、久々にいいものを作れて楽しかったよ。で、それ持って次はどこに探索に行くつもりだい?」


 個人的に興味があるのかそんなふうに尋ねてきたボニーに、アイラは腕を組んで悩んだ。


「んー、そうだなぁ……まだ決めてないや。鑑定魔導具が手に入ったらギリワディ大森林に行って、目に映る食べられそうなものを片っ端から鑑定しまくろうかと思ってたんだけど……」

「けど?」

「この一ヶ月でかなり森に詳しくなっちゃったんだよね」


 鑑定魔導具が出来上がるまでの一ヶ月、アイラは主にパンを焼いて過ごしていた。先にボニーに作ってもらっていたオーブンを共同キッチンに据えてパンを焼いたところ大好評を博し、なぜかパンを求める冒険者が殺到し、急遽酒場でパンを焼く事態にまで発展した。一つにつき金貨一枚で売れるパンは、まさに金を生む品だった。

 しかしせっかく焼くなら、なんか面白いパンにしたい。いつも同じじゃつまらない。だからアイラは他の冒険者と一緒にギリワディ大森林に行き、パンに合いそうな食材を採りまくった。おかげさまで森にどんな植物が生え、どんな魔物が生息しているのか、鑑定魔導具なしでもわかるようになったのだ。


「そうだ、海も気になるよね。魚が食べたいかな」

「魚なら、ルーメンガルドという選択肢もあるよ」

「そこって雪山でしょ? 食材には乏しい気がするけど」

「永年氷湖のピエネ湖の氷の下に『キュウリュウウオ』という尾ひれが九つに分たれた魔物が棲んでいる。冷たい氷に晒されたその身は透き通るほど白く美しく、味は極めて美味だという話だよ。鮮度が命で、気温が高いところに行くとすぐに腐るから、その場でしか食べられないとか。他にも、雪山ならではの植物や魔物がいて、独特の味わいなんだって」

「え、何それ。楽しそう」

「興味が湧いた?」

「湧いた湧いた!」


 今までノーマークだった雪山に突如として興味が湧いた。行きたい気持ちが込み上げてくる。


「にしてもボニーさん、詳しいんだね?」


 ここでボニーはにっこりととても良い笑みを浮かべた。


「実はルーメンガルドにはウチもたまに素材採取をしに行ってたんだけど、最近はちょっと理由があって諦めてたんだ。もしもアイラが行くなら、ついでにいくつか採ってきて欲しいものがある。もちろんお代はきちんと払うよ。ギルドを経由しないで直接ウチに渡してくれるなら、色つけて支払いするけど」


 右手で輪っかを作って硬貨の形にしながら、ボニーがそんな提案をしてきた。


「氷に穴を開けて釣り糸を垂らすんだ。連中はいつもお腹を空かせてるから、すぐに食いつくよ。アンタなら食われないだろ?」

「釣りかぁ……待つのはあんま得意じゃないけど、入れ食い状態ならやってもいいかも。寒さは結界でどうにでもなるし」

「行くならぜひ、この素材を採ってきて」


 ボニーは羊皮紙と羽根ペンを取り出し、さらさらと紙に素材一覧を書きつけた。

雪華せっか「六つの花」

白樺しらかばの冬芽

擬似氷花ぎじひょうか

・オーロラの種

・アリリイル貝

・ドスカルパラのヒレ

・万年氷

氷虹石ひょうこうせき

 書き出した素材名を、ボニーが丁寧に説明し始めた。


「雪華っていうのは平たく言えば雪の結晶のこと。この瓶に入れれば溶けずに持って帰れるから。白樺の冬芽は名前の通り、白樺についている芽のこと。ピエネ湖の周りに生えているのは白樺の木ばかりだからすぐにわかるよ。擬似氷花は花のふりをしている植物型魔物で、近づくと氷の花粉を撒き散らして攻撃してくる。オーロラの種はピエネ湖の周りにちらばってる緑色に発光する結晶のこと。アリリイル貝とドスカルパラはピエネ湖に生息している魔物だから、たぶんキュウリュウウオを釣ってる時に出会うと思うよ。万年氷はたいそうな名前がついてるけど、要するにピエネ湖を覆ってる氷のこと。これもこの瓶に入れて来てもらえる? それから氷虹石は表面が虹色の石で、湖の底にたくさん沈んでるはず」

「いっぱいあるね」

「もし引き受けてくれるんなら、釣り竿と、この瓶、それからチョーカーを貸し出すよ。全部魔導具だよ」


 そう言ってボニーはカウンターの上に魔導具を三つ置いた。釣り竿はアイラが知っている、棒に紐をくくりつけただけの単純なものではなく、持ち手の近くにハンドルがついた小さな車軸のようなもの、それに魔石がついている。


「ウチが作った特製の釣り竿だよ。このハンドルで釣り糸の長さを調整できるんだ。魔石は近くに魚がいるかどうかを検知して光ってくれる。釣り糸も特別で食いちぎられる心配はない。それに、こっちの釣り針も工夫がされていて、一度引っ掛かったら針が口に食い込んで絶対に自分じゃ外せないようになってる」

「この瓶は何? 中に魔石が入ってるみたいだけど」


 アイラは釣り竿と共に差し出された広口瓶をしげしげと観察した。

 透明な瓶の底と蓋には文字が刻まれ、底面に小さな赤い魔石が固定されている。


「火魔法を灯すと、中で燃え上がるんだ。蓋をすれば内部で燃え続けるから暖取りや明かりになるし、蓋を外しておけば料理に使える。ルーメンガルドは雪原で焚き火に使う枝なんかも手に入りづらいから重宝すると思うよ」

「このチョーカーは?」


 アイラは三つ目の魔導具を手に取った。

 かなり太めのチョーカーで、黒いシンプルな布地に魔法陣が縫い止められていて、前後にそれぞれ魔石が嵌まった小さな貝殻がついていた。


「これは前後についている貝殻と魔石を魔法陣で繋ぎ合わせることによって、水中で呼吸が可能になる魔導具だよ。氷虹石は湖の深い場所に落ちてるから、これがないと採取できないんだよ。もし素材を頼まれてくれるなら全部無償で貸すけど、どう?」


 思いがけない申し出にアイラは即座に頷いた。


「わかった。じゃあ、持って帰る」

「ありがと。ちなみにキュウリュウウオの餌は、肉片だよ。干し肉をちぎってぶらさげればすぐに食いつく」


 ボニーが置いた釣り竿をアイラは受け取り肩に担いだ。これで交渉成立だ。雪の結晶と氷は余裕で持って帰れるだろうと思い、瓶も受け取る。羊皮紙もくるくる巻いてから腰のベルトに挟んでおいた。ついでにギルドに卸す分も採取したらお金がもらえるなーと考えた。

 辺鄙な場所に存在するバベルは他の都市に比べて物価が高い。毎月支払う家賃も結構な額が飛んでいくので、稼げる時に稼いだ方がいい。

 アイラは首からぶら下げた鑑定魔導具を摘んだ。


「じゃあ、魔導具ありがと」

「素材、楽しみに待ってるから」


 ボニーはカウンターに肘をついたまま、ひらひらと手を振って見送ってくれた。

 建て付けの悪い店の扉が動く音でルインが薄目を開く。


「受け取れたか」

「うん、見てこれ」


 体を起こしたルインが、アイラの掌に載っている鑑定魔導具を見た。


「シーカーが持っていたものとは形が違うな」

「そうだね。シーカーの鑑定魔導具は虫眼鏡みたいな形だったけど、これはルーペみたいな感じだから。性能はバッチリだよ。これで食用か食用じゃないかがすぐにわかっちゃう!」


 わくわくとアイラが言うと、ルインも楽しそうに鼻先に生えている髭を震わせた。


「ところで、その担いでいる棒はなんだ?」

「魚釣り用の釣り竿! ボニーさんに聞いたんだけど、ルーメンガルドって雪山においしい魚がいるんだって。魚釣りに行かない?」

「魚か……いいな。最近食ってないしな。オレとアイラなら寒さはどうにでもなるし」

「そうそう。油とアル粉をいっぱい持って行って、その場で粉をまぶしてカラッと揚げて食べようよ。絶対おいしいよ」

「ハズレなしだな」


 アイラとルインは共に、氷上で釣り上げたばかりの魚をたっぷりの油でカラッと揚げて食べる様を想像し、じゅるりと涎を垂らした。


「……はっ、いけない。想像だけで食欲をそそられちゃった」


 アイラが手の甲で涎を拭うと、我に返ったルインも頭を左右に振る。


「む。いかん。早いところ雪山に行こうじゃないか」

「そうだね。ギルドで情報収集してから行こうよ。地形とか、湖の場所とかがよくわからないし」

「そうだな。よし、行こう」


 ルーメンガルドの情報を得るべく、アイラとルインは21階の冒険者ギルドに向かうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る