120:蜂の巣

 霧の中を翔けていく。

 四方八方から弾丸が迫りくる。

 それらを機体を回転させながら避けていく。

 が、完全には避けきれずに幾つかは被弾していた。


 装甲の耐久度は上がっている。

 そのお陰もあってまだ飛べているが――危ういだろう。


 霧を発生させる装置を探し。

 見つけ次第、即時破壊していく。

 その作業を繰り返し、ようやく三つ目の発生装置も破壊できた。

 霧の濃さにも若干変化が表れ始めている。

 薄っすらとだが視界が広がった気がした。


 それを確認しながら、俺は次の装置を探しに行こうとして――更に下へと降下する。


 高度を急激に下げて、水面ギリギリを飛行。

 そうして、水しぶきを上げながら雨の中を飛んでいく。

 障害物が迫れば少し上昇し回避。

 回避できないものは弾丸を浴びせて破壊していく。

 それを繰り返しながらスレスレを飛行し――やはりだ。


 弾丸が飛んでこない。

 いや、精確に言うのであれば今までのようにあらゆる角度から攻撃が飛んでこない。


 驚異的なまでの移動スピード、そう思っていたが。

 明らかに異常なまでの速さで場所を変えていたのだ。

 ここまですれば誰であれ不審に思い、一つの可能性に行きつく。


 それは敵がこの戦場に伏兵を忍ばせていた可能性だ。

 四方八方からの攻撃であり、その狙いは精確だ。

 メリウスのセンサーでもなければ、雨とこの濃い霧の中で高速移動する俺を捉えられる筈がない。

 手練れの兵を忍ばせた可能性――だが、それはあり得ない。


 事前に説明された筈だ。

 二体一のような明らかな状況になれば、監視役が動き敵を抹殺すると。

 監視役が相手と手を組んだ可能性もあるが。

 昇級テストという大事なイベントで、簡単に裏切るような人材を派遣する筈がない。

 つまりだ。これは伏兵ではなく――遠隔狙撃型のターレットだ。


 濃霧や悪天候に最適化されたものであり。

 このエリアでテストが行われる事をいち早く調べ上げた敵であれば。

 これくらいの仕込みは出来て当然だ。

 地上からの攻撃だけというのも、相手が霧に隠れながら攻撃してきたという事で上手く偽装していた。

 霧の中でしか移動しないと思っていたからこそ、ターレットという可能性にもすぐに気づけなかった。

 もしも、もっと早く気づいていれば水面ギリギリの飛行に切り替えていた。

 上空からの攻撃が無いのだからこそ、此方の方が安全だ。


 霧の発生源を絶つ作戦も。

 今の状態であれば上手く機能するだろう。

 視界が開けた状態であれば、何とか飛行も安定し――ッ!


 嫌な気配を感じた。

 怖気が走ったような感じで。

 俺は咄嗟に真横へと飛ぶ。

 瞬間、あり得ない筈の上空から攻撃が飛んできた。


 咄嗟の緊急回避であり、機体が流木の残骸に当たる。

 ガサガサと音がして、機体の装甲に傷がつく。

 派手な音を立てながら、右半身に少なくないダメージを受けた。


 ――どういう事だ? ターレットじゃないのか?


 地上に固定するターレットで無いのなら。

 上空から攻撃出来る筈がない。

 いや、アレが本体だったという可能性もあった。

 しかし、上空へと飛び立ったのであれば外套を纏っていたとしても熱源を隠し切れる筈がない。


 僅かながらにレーダーが熱源を捉えていた。

 それを見たからこそ回避できた――まさか。


 俺は機体を一気に上空へと飛ばす。

 上へと上昇しながら霧の中から抜け出す。

 降り注ぐ雨が弾丸のように当たり弾けて音を奏でていた。

 そうして、霧の上から旋回しながら地上の様子を観察し――やはりだ。


 大粒の雨が降り注ぐ地上で、少しだけ薄くなった霧の中を何かが動いている。

 チラリと見えたそれは上手く木々の中を縫うように移動していた。

 アレはターレットではない。もっと金がかかり、小型でありながら複数を同時に操る事が出来るもの。

 高度な技術を要して作られる特殊兵装――”自立型兵装キラービー”だ。


「……あんなものまで持ち出して。本気か?」

《本気ですよ。仕事ですから》


 ロイドの言葉に頷く。

 霧が薄くなり、熱源を探知出来るまでになった。

 もう相手も隠す気が無い様であり、木々の中を凄まじい速度でそれらが動いていた。


 全部で五つの熱源であり、単発での攻撃からして砲撃タイプか。

 砲弾のように大きく重いものではない。

 狙撃銃のような遠距離に特化したタイプだ。

 何発か喰らっているから分かるが、そこまで威力は強力じゃない。

 隠密性能と機動力を底上げしたものであり、相手をじわじわと弱らせるものか――来るッ!


 攻撃の気配を察知した。

 その瞬間に、一基のビーが攻撃を開始。

 飛来する弾丸を横へとズレて回避。

 すると、三つのビーが飛翔してすぐさまに俺の周り囲う。


 深い緑色をしたビーであり。

 細長いバレルがついて後方部に球体状のマガジンが嵌められている。

 やはり隠密性と機動力に特化したモデルだ。

 

 スラスターを一気に噴かせて空を翔ける。

 ビーたちは驚異的なスピードで俺の機体の周りを飛ぶ。

 赤いセンサーが光っており、此方をロックオンしていた。

 視界に入ったビーに向けてライフルを向ける。

 が、死角から攻撃の動作を感じてブーストによ下降。

 スレスレを飛んでいった弾丸を回避。

 続けざまに、上空を飛んでいたビーも攻撃を開始し――ッ!


 単発じゃない――連射ッ!?


 ガラガラと音を立てて弾丸が降り注ぐ。

 ドラム型のマガジンが両サイドに二つついていてバレルも二つ。

 それを見た瞬間に、俺は連続ブーストによりビーの射線から逃れた。

 雨を弾きながら飛び、背後から迫る四つのビーの攻撃を回転しながら避け――そこだッ!


 前方で待ち構えているビー。

 一つだけ姿が見えなかったのは、俺の移動先に配置する為だ。

 狙いをつけているそれから放たれた弾丸。

 俺はそれをギリギリで避け、胴体部をそれがギャリギャリと掠めていった。

 俺はシステムの警告音を無視し、そのまま銃口を向けて――放つ。


 連射した事により無数の弾丸がビーに殺到する。

 動こうとしていた奴の装甲に当たり、くるくると回転。

 そのまま黒煙を上げながら下へと落下し――爆発した。


 後四つ――ッ!


 大きく目を見開く。

 そうして、ビーの移動経路を予測。

 切り抜かれた未来の光景を確認し――両手のライフルを外へ向ける。

 

 機体を激しく回転させて弾丸を乱射。

 ロックオンもしていない弾丸は当たらない――が、違う。


 追いついて周りを囲っていたビーが動きを変える。

 狂ったような攻撃は予測できなかったか。

 距離を取ろうと動いた瞬間に、俺はライフルをその先へ向けた。


「爆ぜろ」


 数発の弾丸が飛ぶ。

 そうして、回避行動を取った先にそれが迫り――命中。


 瞬く間に三つのビーを撃破。

 爆破したそれの残骸が宙を舞う。

 後方で起きた爆発を背部センサーで確認し。

 そのまま仕留め損ねた一基を見つめる。


「どうした。来ないのか」


 一匹になった蜂など怖くはない。

 俺は笑みを浮かべながら背面飛行をし挑発。

 すると、ビーは一気に距離を縮めて――そう来るかッ!


 限界を超えて飛んできた。

 センサーが激しく点滅していて。

 俺はなりふり構わずに連続ブーストを行った。

 スラスターから鳴る爆音が連続して響き、ギリギリで奴から距離を離し――爆ぜた。


 爆風の余波が伝わり。

 周囲一帯の雨が弾かれた。

 機体が揺さぶられながらも、俺は何とか姿勢を制御し――



 

「――そこだろ?」

《……っ!》



 

 機体を一気に動かす。

 逆噴射で機体を停止。手足を広げて宙を舞い、突風により機体が半回転。

 その瞬間に、地上から砲弾が放たれた。

 それは俺の機体の脇を掠めて、上へと昇っていき――紅蓮の炎が巻き起こる。


 まるで大きな火の玉のようで。

 相当な燃料を仕込んでいたんだろう。

 アレほどの焼夷弾であれば、暫くの間は雨の中でも火が消えなかったかもしれない。

 奴は最後に隠していた”切り札”で、俺のセンサーを完全に潰すつもりだった。


 俺はオープン回線を繋ぐ。

 そうして、見えない敵に言葉を送った。


「俺の友達にも、ゲリラ戦が得意な奴がいた」

《――へぇ、そいつは何て名前だ?》

「ヨハン――酒好きのカウボーイだ」

《は? ヨハン!? あ、あの――》

「――見つけた」


 ヨハンから聞いていた。

 ゲリラ戦を得意とする奴らは焼夷弾が大好きで。

 中でも、隠れ潜む奴は決まってこれを使ってメリウスの視界やレーダーを潰しに来ると。


 そんな奴を相手にする時は、自分が安心した瞬間を最も警戒しろと言っていた。

 そして可能ならば、俺の名前を聞かせてやれと――やっぱり、お前は凄いよ。ヨハン。


 明らかに動揺した敵。

 完璧に隠れ潜んでいた敵が僅かに操作を誤る。

 風も吹いていないのに木々が僅かに揺れた。

 俺はそれを見逃す事も無く一気に接近する。


《――クソッ!》

「……」


 移動しようとした敵。

 しかし、俺が最初に撃った数発の弾丸。

 それが奴の外套を傷つけたせいで、僅かに内部の機体が露出している。

 霧の中でなら、その白色の機体は上手く紛れ込めただろう。

 だが、霧を晴らしてやれば――ただの的だ。


 俺は肩部のミサイルポッドを起動。

 そのまま奴の周囲に向けてミサイルを全て放つ。

 奴は隠れられているつもりで、最小の動きで移動しているが――それは悪手だ。


 ミサイルは奴ではなく周囲に散らばる。

 そうして、地面に当たった瞬間に一気に爆炎を広げた。

 凄まじい爆発であり、それが無数に起こっていた。

 奴はオープン回線を切るのを忘れたようで、その驚きの声が聞こえていた。


 突如派生した爆風。

 それが残っていた霧を一気に晴らして――白い装甲の一部が宙で浮かび上がっていた。


《――しま》

「チェックメイト」


 奴へと迫りながら、弾を一気に放つ。

 ガラガラと音を立てて地上へと殺到する弾丸。

 それが呆然と立ち尽くす敵へと殺到し。

 派手な音を立てて火花を散らせていた。

 纏っていた外套はボロボロになり、その下にあった白い機体は穴をあけていく。

 手足が吹き飛びオイルをまき散らして……終わりだな。


 片足だけになったそれ。

 よろよろと揺れて、ゆっくりと後ろへと倒れていく。

 そうして、派手な音を立てながらそれが水浸しの地面に転がった。

 水面に張り巡らせた巨大な木の根っこが奴の機体を受け止めてくれた。

 機体中には無数の穴が開いているが、コックピッドは無事だった……上手くいったな。


 沈黙しているパイロット。

 レーダーを使ってみれば、ちゃんと生体反応が返って来る。

 死んではいないが、怪我でもしたのだろうか。

 俺は地面に着地してから、暫く敵の機体を見つめて……ゆっくりと銃口を向けた。


《待て待て待てッ!! 分かった分かったよ!! 降参、降参しまーす!!》

「……抜け目のない奴だ」


 手足はボロボロであったが。

 まだビーの一つは生きている。

 焼夷弾の残りがあったのかもしれないな。

 もう少し奴に近づいていれば、その射線にギリギリ入っていただろう。

 奴は最後の一発に望みを託そうとしていた筈だ。


 バシュリと音がして、奴の壊れた機体のハッチが吹き飛ぶ。

 そうして中から、黒いぴっちりとしたパイロットスーツを着た青年が出て来た……やはり二十代前半だな。


 長い黒髪は後ろで結んでいる。

 ヘルメットにはシールドは無く。

 顔は剥き出しであり、ぎこちなく笑う赤目に童顔の男がグローブを嵌めた両手を上に上げていた。


 奴が降参を示した瞬間に、俺の機体にメッセージが入る。

 傭兵統括委員会からのメッセージであり、俺の勝利と共にランクの昇級をこの瞬間に発表していた。

 ライセンスの更新に関しては、最寄りの施設にて三か月以内に行うようにと書かれていた。

 もしも、三ヶ月を過ぎた場合は、ランクの昇級自体が無効になるらしい。

 俺はそれらの情報を流し読みして――通信が入る。


 オープン回線であり、手を上げていた男が両手を振っている。


《なぁなぁ!! アンタ、おっちゃんを知ってんだろ!! 教えてくれー! おっちゃんは今何処に――うあぁぁ!!?》


 奴が何かを言おうとした瞬間。

 上空から凄まじい勢いで何かが飛んできた。

 それは壊れていた奴の機体を踏みつけて、奴はその突風で吹き飛ばされてしまった。

 俺は降り立った”碧い機体”を見つめて……やはり、来たか。


 知っている機体。

 ボロボロの外套を纏いその下の装甲は碧いカラーリングに怪しげな紋様。

 特徴的なブレードアンテナに、銀色のブレード――碧い獣だ。


 奴はゆっくりと立ち上がる。

 そうして、俺をジッと見つめて来た。


《昇級おめでとう……話がある。お前の輸送機に乗せてくれ》

「……拒否権はあるのか」

《…………》


 俺の言葉を無視した碧い獣。

 その手にはブレードがあり、この距離は奴の得意だ。

 拒否すれば殺す気であり、輸送機に逃れても殺しに来るだろう。

 街から離れた事によって、代行者たちからの接触も無くなった今。

 此処しかないと思ったのかもしれない。


 奴は無言であり、ジッと俺を見つめている。

 俺は暫く考えてから……何だ?


 ゆっくりと機体のセンサーを下に向ける。

 拡大して見れば、平泳ぎで接近してくる人影が。

 よく見れば、さきほど飛ばされた敵であり……何か叫んでいるな。


《バッキャロォォォ!! 殺す気かぁぁぁ!!? 降りて来いぃぃ!!》

《……邪魔だ》

「待て……行こう。そっとしといてやってくれ」

《分かった》


 

 奴がヨハンを知っている青年を殺そうとした。

 流石にヨハンの知り合いかもしれないと思ってそれは止めた。

 此処にいても仕方がない。

 そもそも、神との契約で奴らの懐に入り込むように言っていたのだ。

 碧い獣は俺を信頼しているようだが……用心に越したことはない。


 俺はついてくるように言いながら、足を動かして泳いでいるパイロットから離れる。

 しかし、機体が動けば水面は激しく揺れて彼は悲鳴を上げていた。

 我慢してくれと思いながら、俺は慎重に足を動かして行く……ヴァンにも連絡しないとな。


 無事に昇級テストを終えて。

 碧い獣も接触してきた。

 何を話すつもりなのかは分からない。

 だが、これによりノイマンへと近づく事が出来るかもしれない。


 俺は拳を握りながら、静かに殺気を滾らせる。

 奴に勘付かれないように必死に隠しながら、俺はヴァンへとコールを飛ばした。

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