【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る

@udon_MEGA

第一章:選び辿る道

000:名も無き兵士

 ――この世界にとって、価値の無い命はどれほどいる?

 

 心の中に、そんな疑問が唐突に現れる。

 既に作戦は始まっていて、仲間はほとんどが死に絶えた。

 仲間たちの屍を超えて、俺たちは進む。

 

 ポイントαに降下した”第404特務執行大隊”から派遣された三十名あまりの兵士たち。

 歴戦の猛者ばかりであり、兵役期間の満了を控えた俺たちへ――あの世への片道切符が渡された。


 処刑を免れる為に志願した罪人たちも。

 この無謀な任務を最期に、この世から退場していく。

 逃れられる者は誰一人としていない。

 誰もが八年にも及ぶ苦しい戦いを終えて。

 最期にこの任務を受けて散っていく。


 八年の兵役を終えれば解放される。

 名誉市民の称号を受け取り、人間としてこの世界で生きる権利を得られる。

 誰もがその夢を掴み取る為に、望まぬ戦いへと送り込まれていくのだ。


 

 同じ仲間。感染者同士の殺し合いをさせて――”効率よく”数を減らす為に。


 

 分かっていた。理解していた。

 夢なんて持つものじゃない。

 俺たちは感染者となった時点で――終わっていたのだから。

 

 視界に広がる光景は、地獄そのものだった。

 無数の光が遥か彼方から降り注ぎ、仲間たちの体を貫いていく。

 機体中を穴だらけにして、飛び散ったオイルはまるで人の生き血の様だ。

 砕けた残骸が飛び散って、真っ赤な炎に包まれたそれが煤汚れた大地に転がる。

 外の空気は最悪だろう。硝煙と燃料が燃える臭いが混じり合い。

 黒く汚れた煙が辺り一帯に広がっていた。


 システムは淡々と死んでいった仲間の数を数えて。

 それを俺たちに事務的に報告してくる。

 俺たちはその度に、突入ルートを再計算して行動する。

 

 命だったものが、たった数秒の間に――消えていく。


 目に映る情報を短時間で処理していく。

 既に前線に投入された兵士の内。

 先行していた兵士の半数近くは死亡していた。

 残りの半数も生死不明の人間も含めただけで……絶望的だな。

 

「……」


 無数の光の正体は、敵が放った弾丸だ。

 俺たちは奴らを殺しに来たんだ。これくらいの歓待を受けて当然で。

 奴らの手厚いもてなしに、散っていった仲間たちは頭を地につけていた。

 俺も時間の問題で――ボタンを押す。


 肩部につけられたランチャーから特殊砲弾が飛ぶ。

 それは放物線を描くように飛んでいき、空中で爆ぜた。

 空中に舞う特殊な白い煙が周囲一帯に広がっていく。

 そうして、その間を通過する弾丸はそれらの煙に触れた瞬間に弾道を強制的に変えられた。

 見当違いの方向へと飛んでいった弾丸。

 俺たちが好んで使う特殊弾であり、”シェード”と呼んでいた。

 俺とほぼ同じタイミングで生き残った仲間たちもシェード弾を放っていた。

 

 光を遮る煙りのカーテンが上空を覆う。

 俺たちはその隙に更に機体を加速させた。

 ガタガタと揺れるコックピッド内でレバーを握りながら。

 俺たちは何の舗装もされていない死への道を疾走する。

 

 あれの中には敵の弾道を乱し、弾速を急激に下げる”吸着重粉末”が仕込まれている。

 アレは鉛などの金属にだけ即座に作用する為、俺たちがアレを使用する時は鉛の弾を携行しない様にしていた。

 天を覆い隠すほどの煙であり、これで敵の機関砲は暫くは機能しない。

 これだけの数を撃ち込んだのなら、敵の弾丸が俺たちに降り注ぐ可能性は限りなく低い。

 

 が、それは敵の”弾丸”だけで――強い怖気が走る。


 レバーを動かして地面を滑る。

 そうして、機体を旋回させてルートを変更した。

 すると、一瞬遅れて煙を突き破り何かが飛来する。

 それは地上へと降り注ぎ、着弾した瞬間に――派手な閃光を上げていた。

 

 無数の爆発音が連続して響く。

 地面が大きく揺れて、衝撃が機体全体に掛る。

 システムが警告音を発していて。

 俺は歯を食いしばりながら衝撃に耐えた。

 

 ルートを変えた先で、撃ち込まれたそれが地面を大きく抉る。

 機体には被害が無いものの、抉れた地面が噴き上がって機体に打ち付けられた。

 バシャバシャと黒い砂を機体全体に浴びながら。

 俺は片手の狙撃砲を構えた。

 折りたたまれたそれを展開し、ゆっくりと狙いを定める。

 連続して響くシステム音を聞きながら、煙の先を見つめた。

 先程の攻撃から砲撃地点を予測。距離を計算し、呼吸を整える。


「――シィ」


 呼吸を止める。

 そうして、目を鋭くさせながら見えぬ獲物を捉えて。

 ターゲットへの手動ロックオンを済ませて――ボタンを押す。


 地上を猛スピードで走行しながら、長大な狙撃砲を放つ。

 マズルフラッシュが発生し、音速で弾丸が発射された。

 機体全体に凄まじい反動を受けながらも、俺は止まる事無く機体を走行させた。

 そうして、俺が放った弾丸は狙い通りに敵の榴弾砲へと撃ち込まれた。


 煙の先で派手な閃光があがり、巨大な榴弾砲が爆ぜる音が聞こえた。

 近くにいた兵士たちは吹き飛ばされて巨大な鋼鉄の城塞から落ちていた。

 薄っすらと落下する人の姿が見えた気がした。悲鳴は聞こえないが……どうでもいい。

 

 どうでもいい人間の死をすぐに忘れる。

 そうして、俺は残りの移動距離を計算した。

 

「残りは……まだ、遠いな」

 

 距離にすればかなりのものだ。

 作戦領域への侵入から敵の防衛装置からの攻撃を受けて、まだ時間はそれほど経っていない。

 作戦は始まったばかりなのに、既に半数近くが死んでいる。

 恐ろしい事実ではあるが……今に始まった事じゃない。

 

 馬鹿な上官からの無茶な命令は何時もの事で。

 これくらいの事が出来なければ、俺はとっくに死んでいた。

 何度も何度も死にかけて、俺だけが奇跡的に生き残った。

 仲間たちの死に何度も涙を流し、声が枯れるまで叫んで――俺は涙が出なくなった。


 慣れてしまった。全てに。

 人の死も、受ける痛みにも。

 俺にはもう何も無い。

 この広い世界で生きる俺は、ただ死に場所を探し続けていた。


 

「今日で、終わりに――っ!」

 

 

 瞬間、火薬の爆ぜる音が聞こえた。

 

 

 一瞬にして、隣を走行していた味方が消える。

 派手な音を立てながらガラクタとなったそれ。

 後方で爆発音が聞こえて、機体がピリピリと振動する。

 レーダーから消えた事を認識しながらも、俺たちは前へと進み続けた。


 雨のように降り注ぐ敵の弾丸。

 ガラガラと音を立てながら、俺たちを殺そうと襲い来る。

 城塞の外壁に設置された無数の大型機関砲の銃口は常に俺たちに向けられていて。

 シェードの効果範囲から俺たちが抜け出せば。

 また、それらは勢いを取り戻して俺たちを殺そうとしてきた。

 俺はレバーを操作しながら、敵の攻撃を回避し続けた。


 

 右へ避ければ、弾丸が脇腹を掠めて機体が揺れる――問題ない。


 少しブレーキをかけて、左へと動く。が、肩部に被弾した――問題ない。


 

《左肩部損傷。ランチャー使用不可》

「……問題ない」

 

 使えなくなったガラクタをパージする。

 そうして、機体が軽くなったのを確認した。

 

 地上を走行しながら、ブーストして一気に距離を縮める。

 そうして、さっきまで立っていた場所に敵の砲弾が着弾した。

 背中に強い風圧を浴びせられながらも、俺は穢れた大地を走り続ける。


 死体だ。無数の死体が転がっている。

 先行していた味方の機体の残骸が転がっていて。

 一体何時の時代のものかも分からないガラクタが眠っている。

 コックピッドから這い出た死体は黒く焦げていた。


 弾丸の雨が赤く光り続けて。

 曇天の空は、今にも泣きだしそうなほどだった。

 それらを意識の端にやりながら、俺は眼前に聳え立つ城塞へと進み続けた。


 ”異分子キャンサー”たちが築き上げた城。

 奴らの国へと繋がる道を塞ぐ邪魔なそれを。

 俺たちの手でこじ開けろ、上官はそう言っていた。


 これが俺にとっての最期の任務になる。

 俺はようやく役目を終えて――仲間の元へ行けるんだ。

 

 不可能な任務だ。そんな事は最初から理解していた。

 誰も成し遂げる事が出来ない任務で。

 今までも数多くの同胞が此処に送り込まれて……死体になって帰って来た。


 まだ、形があるだけマシだ。

 多くの同胞は死体すら残る事無く此処で散っていく運命で。

 上官もそれを理解していながら、俺たちを死地へと送った。

 分かっている。奴の目には人間は映ってない……俺たちはこの世界にとっての”癌”だ。

 

 存在するだけで世界を破壊する。

 呼吸をするだけで人々を不幸にする。

 生まれてきた事が罪となり、管理されなければ待っているのは冷たい死だ。

 

 仲間たちは自分たちの死を覚悟していた。

 俺も覚悟していた。

 此処で死ぬ。自由を奪われた俺たちが最期に選択させられた――死に場所だ。


 誰も生きては帰れない。

 誰も幸福な結末を得る事は出来ない。



「……だから、どうした……俺たちには最初から……何も無い」



 自由に生きる権利を奪われて。

 同じ感染者を殺す事を命じられた猟犬――それが俺たちだ。


 限界まで機体を稼働させる。

 そうして、徐々に見えて来る敵の城塞。

 俺はそれへと狙撃砲を向けながら。

 ゆっくりと呼吸を整えて――ッ!!



 何かが勢いよく迫って来た。


 俺は咄嗟に回避行動を取る。


 しかし、完璧にそれを避ける事は出来なかった――ッ!!



「――ぁぁ!!」



 脇腹の装甲をごっそりと削られて。

 俺は姿勢制御もままならずに、機体を派手に転がした。

 システムが警告音を発しながら、コックピッド内に火花が散って。

 俺は頭を守りながら、衝撃に耐え続けた。


 ガラガラと土の上を転がる。

 そうして、何かに当たり機体は停止した。

 俺は手足をだらりと下げながら、何が起きたのかと激しく困惑した。


「何が……一体……っ!」


 視界がバチバチと弾けている。

 大きく揺れる視界の中で、俺はぐったりと硬いシートに体を預けていた。

 コックピッド内はひどい状態で、激しくスパークしている。

 

 ヘルメットのバイザーが砕けていた。

 俺は邪魔なだけなそれを脱ぎ捨てて。

 頭から何かが垂れ落ちているのを感じながら。

 ゆっくりとコンソールを叩いてシステムを復旧させようとした。


 ディスプレイにノイズが走る。

 しかし、徐々に映像が戻って来て――”碧いメリウス”が立っていた。


「――」


 倒れ伏す俺の前に立つ碧のメリウス。

 ボロボロの黒い外套のようなものを纏いながら。

 その手には銀色の輝きを放つ奇妙なブレードが握られていた。


 周りを威圧するような見た目。

 外套から見える装甲には見たことも無いような文様が深緑の塗料で描かれている。

 横一線に広がるライン状のセンサーは、血の様に赤く輝いていた。

 奴の頭部には特徴的なブレードアンテナが二本後ろへと伸びている。


 

 見た事がある……いや、俺は知っている。


 

「お前は……”碧い獣”……何故、此処に」



 血の気が失せていく。

 何故ならば、奴と出会った人間は誰一人として生きては帰れない。

 異名がつく程の人間。奴はその中でもひときわ異彩を放つ存在だ。


 奴はゆっくりとブレードを上げる。

 センサーは輝きを増して、俺を殺そうとしていた。

 意識は朦朧としていて、機体を動かす事も出来ない。

 システムの復旧までには時間があり、その前に奴が俺の息の根を止めるだろう。



 

 此処までか、此処で俺は――奴が振り返る。



 

 城塞へと視線を向けていた。

 敵の前で無防備な姿を晒していて。

 何をしているのかと俺は奴を見て――何だ?


 

《――》

「これ、は……?」


 

 何かが聞こえる。

 音か、声か……よく聞き取れない。


 幻聴のようなそれが頭に響いている。

 俺は片手で頭を押さえて――奴が動き出す。


 機体を旋回させて、凄まじい速さで駆けて行った。

 目の前の獲物を放置して、城塞へと戻って行く。


 何故だ……どうして、俺を――ッ!!


 弾丸が降り注ぐ。

 既に生き残った仲間たちは先へと進んでいる。

 が、戦場の真ん中で留まっている俺を敵はレーダーで捕捉したのだろう。

 虫の息だろうと関係ない。生きているのなら、奴らは殺しに来る。

 確実に殺して、自分たちの安全を確実なものにする為に。

 

 システムがまだ死んでいなかったのが運の尽きで。

 視界を覆いつくす程の光が俺の機体に浴びせられる。

 装甲が削り取られていく音が連続して響き。

 手足が捥がれて爆ぜる音が聞こえた。

 機体全体が激しく揺さぶられて、命の灯が吹き消されていく。



「これで、俺は、ようやく――」



 俺は自らの視界を両手で塞ぐ。

 

 眩いばかりの光を隠すが指の隙間から光が漏れて。

 

 俺は遥か彼方から迫る弾丸が。

 

 カメラを一瞬にして貫く様を見つめながら――――…………

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