キャンパス・キャンバス。

真上誠生

一話 憂鬱な入学式。

 またこの時期がやってきたのかと、憂鬱な気持ちが胸の中に広がっていくのを感じた。ざわざわと、うるさくて耳を塞ぎたくなるほどの人の声が辺りに溢れている。


 視界には大量の人と空が狭く感じるほど並んだ桜の木。桜が舞い散る中、私は身を縮こまらせながら、喧騒の中を出口を目指して歩いている。


 今日は大学の入学式だ。キャンパスの入り口には自分たちのサークルに新入生を入れようと、大勢の先輩たちが行く手を遮っていた。私は必死に人混みをぬうように前へ前へと進む。なるべく一刻でも早くこの場から去りたかった。


「あっ、ちょっとそこのあなた!」


 声のした方に視線を向けると、そこにはバスケ部とかかれた看板を持った女の人が立っていた。大勢の目が私に吸い寄せられるのを感じる。その中にはバレーボールのプレートを手に持った人の姿もいた。その人たちがこっちに向かってくるのを見て、私は少し強引にここから逃げ出した。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 驚いた顔や顰めた顔を浮かべた人たちの中を、謝りながら抜けていく。


 心の底から私はこの時期が嫌いだった。


 なぜなら私は目立つ体をしているから。女なのに、同年代の男子よりも背が高く、真っすぐ立つと人混みの中にいても頭が一個飛び出している。185センチ、それは高校最後の身体測定での身長だ。感覚的にはまだ伸びているような気もする。


 男子よりも身長の高いこの体は、私にとって何よりも嫌だった。上背があるからと、何回も何回も運動部から声を掛けられ続けてきた。だけど、私には運動神経なんて物はなく、誰かを失望させるのが嫌でずっと逃げ続けてきた。それは、小学生からずっとだ。そういう生活を繰り返すうちに、私は逃げ続ける生活が癖になってしまった。


 勇気を出して一歩進もうとしても二の足を踏む。大学生になったら変わるかと思ったけど、染みついたものを消そうとしても無理だったようだ。だから、私はこうして逃げている。


 周囲から人がいなくなった場所で私は立ち止まった。はぁはぁ、と肩で息をしながら人がいなくなった場所で息を整える。息を吸う度に喉の奥にひやっとした空気を感じた。


 私は首を力なく、だらっと動かして空を見上げた。空は快晴で雲一つも見当たらない。爽やかな春の陽気が私の頬に温かさを感じさせてくれる。突き抜けた空を見ていると、さっきまでのごちゃごちゃとした場所に戻りたくなくなってしまった。


「絵、描きたいな……」


 ぽつりと言葉が漏れていた。むしゃくしゃした時は、いつも絵に思いをぶつけていた。特に空の絵が好きだ。空の絵を書いていると心の中がすかっと晴れる気になる。


 空を見ているのがなんとなく好きだった。なぜかと聞かれると答えるのが難しいが、あえて理由をつけるとするのなら、青い色が好きだからかもしれない。


 子供の頃から青い色が好きだった。それも特に理由はない。好きな物に理由をつけるのはなんとなく嫌だった。


 ──描こうかな。


 私は胸に入れてあるメモ帳とペンを取り出して辺りを見回した。落ち着いて座れる場所がいい。だけど、ここにはどうやら休めるところはないようだ。


 入り口の喧騒はここまで聞こえてきている。まだ、あの人だかりはあるのだろう。それなら少し落ち着くまで散策してみよう。


 この大学のことはまだ知らないけど、知らない場所を歩くのは好きだった。特に時間がある時にはわざと違う道を選んで、散策をするのが私の日課でもある。だから、内心ワクワクしながら歩を進めた、いい場所が見つかることを信じて。


 私は喧騒を背にしてキャンパスの中を歩き始めた。

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