第3話-4 Loading

ルージュの女性はピンクの女性の気持ちがよく理解できた。同様にピンクの女性もルージュの女性の気持ちがよく理解できた。

だからこそ彼女らは互いに互いを思い合った。それはこんな状況でも変わらなかった。

ふと、ルージュの女性が伏せた瞼を上げた。

目の前にはピンクの女性の張った形のいい腿があった。吸い付きたくなるようにおいしそうな腿だった。

ピンクの女性が視線を下げた。真上から見下ろしたルージュの女性の頭の隣には、おとなしそうな顔に似合わないはち切れそうな胸が実っていた。

熱い息を吐き出しながら、二人は同じことを思い浮かべた。ああ、いいなあ、と。

極限の状況で、更に疲労に追いたてられていた。彼女らはそれを自覚していない。

普段考えるはずのないことを考えていても、彼女らには違和感さえ感じることはできなかった。


二人と同じような者は他にもいた。何も彼女らだけがおかしいということではないのだ。

時計はそんな主人たちを嘲笑っていた。


彼女は彼女を鼓舞しようとした。「大丈夫」「もうすぐだよ」そんな言葉をかけようと口を開いた。開こうとした。しかしそれは音にならず消えていった。

もう片方の彼女が気づいた時には、彼女は一人になっていた。




目玉は見ている。壁の上から、ゲストであった者たちを嗤いながら見続けている。

照明灯がパチリと瞬いた。

誰かが非常口の青緑色を通路の先に見つけた。


「あったぞ! 出口だ!」


後ろにいるはずの人たちの耳に届くよう、大きく大きく、精一杯出せる声で叫んだ。振り向く余裕はなかったが。通路の途中で止まっていた人らはそれを聴いた。

近くの者に手を貸し、彼らは再び歩き出した。

「行こう」「立てるか」「よかった」「一緒に」

彼らは声を掛け合い、ゆっくりと歩を進めた。

いつの間にか照明灯は瞬きを止め、これからの道を示すように矢印の看板を光らせていた。

時計は再び仕事の時間となるだろう。かち、かち、と正しい数字に向かって戻り始めていた。




カツン。カツン。靴の音が暗闇から戻ってきた。

全ての人が光の先へと向かっていく。そんな終わりを目玉の元は望んでいなかった。




幾人かは消えたまま戻ってこない。それに気づくには、彼らは疲れすぎていた。だが再び思い出すだろう。自分が何を置き忘れていたのかを。







駆けていく彼らを、壁の上から目玉たちはじっと見ていた。

声は、悲鳴は届かない。聞こえない。




カツリ、と、誰かが足を止めた。何か聴こえたようだ。首を振り、周りを見渡しても其処には誰もいない。

あるのはぶら下がった目玉だけである。

誰かは目玉を見つめた。其所に目玉があるのを当然のことだと思い、素通りした。

目玉の向こうから訴えられている声は、誰かには届かなかったようである。


カツカツと通路を足音たちが去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る