第2話 拒否られる兄
羅奈と初めての顔合わせの日。
少しお
途中で父と、母になる人が席を外して二人きりになる時間がほんの三分ほどあった。
彼女はショートボブの黒髪を耳にかけて、ぎろりと僕を
「妹とか思わないでね」
僕は「え?」と聞き返した。
「高校を卒業したら一人で暮らすから。家族ごっこに付き合うのは、せいぜい一年半だけよ。その後は、あなたとは真っ赤な他人だから兄妹なんて思わないでと言っているの」
彼女はそれだけ言い切ると、デザートのアイスを一気に口に放り込んだ。
冷たいものをそんなに一気に食べて大丈夫かと思ったが、案の定、頭がキンと痛んだらしくこめかみを押さえている。
こんな時、イケメンの兄ならば「大丈夫かい? そんなに急いで食べるからだよ、可愛いね」などと甘い言葉を
そのセリフを僕が吐くシーンを想像しただけで、
だから「分かった」とだけ答えて、気付かないふりをした。
◇
小学六年生の僕にとって、母親というのは空気のような存在だった。
何も言わなくてもご飯を出してくれて風呂を沸かしてくれる。
汚れた衣類は知らないうちに洗濯されて引き出しにしまってある。
部屋は綺麗に整頓されて、塾に行く時は弁当を用意してくれている。
しなくていいのに、僕が赤ちゃんの頃からの写真をプリントアウトして、分厚いアルバムを作っている。
写真を付け足すたびに、いちいち仕上がりを見せにきて、ついでに赤ちゃんの頃の思い出話を始める。
「ほらほら、見て、蒼佑。この頃はよく笑って本当に可愛かったのよ。幼稚園の頃はひまわり組一番のおしゃべりさんだって言われていたのに、最近はすっかり無口になっちゃって。母さん淋しい」
少し
「もう、いいから向こうに行ってよ。勉強の邪魔だから」
僕はいつだって迷惑そうに冷たくあしらっていた。
「そんなに勉強しなくてもいいじゃない。本当にお父さんに似て生真面目なんだから。それよりもたまには家族でお出かけしようよ。ほら、遊園地とか! 男の子は大きくなったら家族とお出かけなんてしてくれないんだから。今の内にたくさん思い出を作っておこうよ」
「それならもう手遅れだよ。家族と遊園地に行って喜ぶ年は終わってるから」
「えー! いつの間に終わってたの? そんなの母さん聞いてないもん!」
確か、そんな会話をしたことがあった。
なぜ、あの時母さんの願いを聞き入れて、一緒に遊園地に行かなかったのか。
だってあの頃は、その気になればいつでも行けると思っていたんだ。
今は受験の方が大事だろうって、そんなことも分からないのかと腹を立ててもいた。誰のためにこんなに頑張って勉強していると思ってるんだって……。
誰のため?
なんで、あの頃、僕は母さんのために勉強しているなんて威張っていたんだろう。
子供がすべき努力を僕はちゃんとやっていると思っていた。
だから食事も掃除も、僕の身の回りの世話すべてを母さんがするのは当然だと思っていた。
僕は母さんがみんなに自慢できる学校に入るんだからって。
いい大学にいって、いい会社に入って、自慢の息子になってやるんだからって。
でも……。
母さんはそんなことを自慢したい人だったっけ?
それよりも僕と一緒に出掛けたかったんじゃないのか?
もっとおしゃべりして、
母さんが死んで、僕はこれまでの自分のすべてが間違っていたのではないかと思うようになっていた。
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