第48話 受け止める覚悟

 暁久パパとの絵のレッスンも回を重ねるごとに着実に上達してきていた。

 自分には絵心なんてないんだと思っていたので意外だった。

 それに今では絵を描く楽しさも、物語を考える楽しさも感じている。

 それは恐らく暁久パパも同じようで、かなり熱心に漫画創りに取り組んでいた。


「お、三津山さん、このカットいいですね」


「いやなに。まだまだだよ。積田くんこそここのカットがとてもいい」


「そうですか? ありがとうございます」


 お互いを褒め合い、目を合わせて笑う。

 俺たちはすっかり創作の虜になっていた。


「でも大丈夫なのだろうか?」


 急に三津山さんが笑顔を消して沈んだ顔になる。


「何がですか?」


「我々でさえ、こんな漫画家の真似事で盛り上がってしまっている。美鞠は我々よりもっと真剣に取り組んでいるんだろ?」


「そうですね。暇さえあれば描いてます」


「以前はプロの漫画家になる気はないと言っていたそうだが、そのうちプロを目指すんじゃないだろうか?」


 暁久さんは心配そうな顔になる。

 ここまで一生懸命頑張ってくれているパパさんに、今ここでその場しのぎの適当なことを言うのは誠実さに欠けると思った。


「正直言えば、俺は美鞠さんがプロを目指すのに賛成です」


「積田くん……」


「やりたいことを美鞠さんにやってもらいたいですから」


「それは美鞠の人生を懸けてでも、という意味かい?」


「はい。そうですね」


 俺は三津山さんの瞳を見て答える。


「人生を失敗させたくないという三津山さんの意見は分かります。親ならそう思うという決意も立派なことだと思います」


「なら──」


「いいじゃないですか。失敗したとき、受け止めてあげたら」


 俺は力を込めてそう言った。


「失敗したり、挫折したりするかもしれません。でもそのときは受け止めればいいじゃないですか。『やらなかった』じゃなくて『出来なかった』の方がよくないですか?」



 俺の言葉というより、熱意を感じてくれたのだろう。

 暁久さんは静かに頷く。


「……そうか、そうかも知れないな」


「生意気なこと言ってすいません。でも三津山さんの子どもを思う親の気持ちというのをお聞きして、本当に素敵だと思いました。美鞠さんが羨ましいとも思いました。俺にもそんな親がいてくれたらと思いました」


 俺の嘘偽りない言葉を聞き、三津山さんは大きく頷いた。


「私はいつまでも美鞠が幼い子どもだと思ってしまっていたのかもしれないな。あの子はもう十分に自分のことは自分で決められる年だ。頭では分かっていても、なかなか認められないものだ」


「はい。美鞠さんはお父さんが思っているより、ずっと逞しく、しっかりされてます」


 もうパパの方は大丈夫だろう。

 あとは漫画を完成させ、美鞠にお父さんの愛や気持ちを伝えるだけだ。




 夏休みの最終日。

 俺は美鞠を誘っていつも暁久さんと作業をしているフリースペースへと向かった。


「なんですか、お話って? 改まっててなんか気味悪いです」


 美鞠は明らかに警戒した様子で俺を見る。


「実は友だちと漫画を描いてみたんだけど、美鞠に読んでもらいたくて」


 俺はこの夏に暁久パパと描いた漫画の原稿を美鞠に渡す。

 ちなみにポケットにはスピーカーにして通話状態のスマホが隠されている。

 通話先はもちろんパパさんだ。

 こちらがどんな状況かを確認してもらい、俺の合図で部屋に入ってきてもらう段取りになっている。


「へ? 蒼斗くん、漫画描いたんですか?」


「はじめて描いた作品だから下手くそだし、恥ずかしいんだけれど」


「上手い下手じゃないです! 作品愛があればいいんです。楽しみだなぁ」


 美鞠は目を爛々と輝かせて読み始める。


「ほうほう。サッカーじゃなくて部活後の帰り道の話なんですね」


「絵が下手すぎて誰が誰だか分からないかもだけど」


「全然そんなことないです。特徴捉えてて上手いですよ」


 美鞠は真剣な顔で読み進める。

 それにしても自分の作品を読まれるというのはこんなに恥ずかしいことなのか。


 ちなみにストーリーはほぼ暁久さんが考え、俺は作画の方を頑張った。


 一気に読み終えた美鞠は息継ぎをするかのように顔を上げる。


「どう、かな?」


 恐る恐る訊ねると、美鞠は体を震わせた。


「最高ですよ! 作品への愛が感じられます! 何気ない日常を描きながらも青葉と翔の深い絆と友情が滲み出てます! 変にいちゃいちゃせず、翔がツンツンした感じなんか、私の作品でも見習いたいくらいです!」


「いちゃいちゃ? いや、こいつらはそもそも男同士の友だちだろ」


「このくっつきそうでくっつかないビミョーな距離感が尊いんですよねー! よく分かってますね、蒼斗くん!」


 美鞠は俺の手を握り、熱を帯びた目で何度も頷く。

 よく分からないが、とても気に入ってくれたみたいだ。



「実は美鞠、このストーリーを考えたのは俺じゃなくて──」


「分かってくれるか、美鞠っ!」


 突然ドアが開き、暁久パパが飛び込んできた。


「パ、パパ!?」


「お、お父さんっ! まだ合図してないのにっ!」


 感極まった暁久パパのフライングで俺のプランに狂いが生じてしまった。


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