第9話 新年度、再び学園へ
新年度が始まり、それと同時に私はようやく学園へ復学することになった。結局あの日から私はずっと休学してしまっていたのだ。
でも、もう今日から私は2年生。これ以上屋敷にこもって泣き暮らしているわけにはいかない。どうにかして、無理矢理にでも前に進んでいかなくては。
休学するまでは真面目に授業を受けていたことと、起き上がれるようになってからは部屋で自習していたこともあって、進級試験には良い成績で合格していた。これで皆と一緒に進級することができる。
……ダリウス様や、アレイナ様とも、一緒に……。
「……。……はぁ……」
正直言うと、いまだに心の準備ができていない。私はまだダリウス様への想いを断ち切ることができずにいて、あの二人が幸せそうに微笑みあいながら歩いてくるのを目の当たりにしたりしたら、きっと打ちのめされるだろうと分かっていた。
だけど……それでも前に進むしかないんだ。
これ以上、家族に心配はかけられない。
ディンズモア公爵家やフィールズ公爵家とのいざこざはまだ解決していない。両親は心身ともに疲弊しているように見える。何となく、屋敷の中の空気も重い。……私のせいだ。せめて私が、立ち直ったように明るく振る舞わなくては。
「ご心配おかけしました。ではお母様、いってまいりますわ!」
「……大丈夫なのね?クラリッサ。もし体調が優れない時には無理せず帰ってくるんですよ」
「ええ。ふふ、もう大丈夫!皆に置いていかれないように頑張らなくちゃね」
私は以前の、家族の前では明るいクラリッサを演じながら屋敷を出た。
「あら!クラリッサだわ!まぁっ、よかった!来たのね」
「あら、おはよう!」
「おはようクラリッサ!ねぇ、私たちまた同じクラスよ。ふふ、嬉しいわ」
登校すると友人たちから声をかけられる。きっともう皆に私とダリウス様のことは伝わっているだろう。貴族社会は情報の伝わるのが異様に早い。ましてやあの婚約破棄騒動以降、我がジェニング侯爵家には次から次へと私との縁談の申し込みが来ているのだ。もう学園中に知られているのだと思って間違いない。
だけど私を取り囲んでいる親しい友人たちは、皆慎み深く、優しい子たちだ。あえてその話題には一切触れてこない。気を遣わせてしまって、ごめんなさいね。
「おはよう、皆さん。ふふ、今日からまたよろしくね」
私もあえてそのことには触れず、笑顔でごまかした。
ありがたいことに、ダリウス様とアレイナ様は隣のクラスだった。…何らかの配慮がなされているのだろうか、それとも父が根回ししているのだろうか、などとつい勘繰ってしまうが、私はその憶測からも目を逸らした。同じクラスの子たちの中にはあまり親しくしていない生徒も何人もいて、そういった人たちは遠巻きに私を見ながらヒソヒソと話をしているのが嫌でも目に入る。
(…でも、もう気にしていても仕方がないわ。私が今するべきことは、勉強。そして2年後無事に卒業できるように努めることだけ)
私は初日から授業に集中し、休憩時間は気心の知れた友人たちと楽しくお喋りし、また元の学園生活を取り戻した。…ようなふりを、していた。
だけど。
「…………っ!」
お昼休みになって数人の友人と食堂へ移動しようと廊下に出た途端、隣の教室から出てきたダリウス様とアレイナ様に出くわしてしまった。二人は人目を気にすることなく堂々と手を握り、肩を寄せ合っている。
咄嗟に目を逸らすべきだったけれど、二人と目が合ってしまってつい体が固まってしまった。
「…………。……クス」
(………………っ!)
私を見るとダリウス様は無関心な様子でふいっと視線を逸らしたけれど、アレイナ様は露骨に口角を上げながらダリウス様と繋いだ手を解き、ダリウス様の腕にギュッとしがみつくようにして甘えた。そして見せつけるかのように私の前を通り過ぎていった。
「…………。」
「……ク……クラリッサ、大丈夫……?」
「……っ!……ええ、ごめんなさいね、行きましょう」
声をかけてくれた友人たちの気遣わしげな表情に、私は慌てて笑みを作って答えた。でも頬が酷く引き攣っているのが自分でも分かった。
(……これから卒業までずっと、こんな思いをしながら過ごしていかなきゃいけないのか……ずっと……)
友人たちに囲まれながら廊下を歩く足取りは、ずっしりと重かった。
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