対の国に捧ぐ歌

白原 糸

一話 赤い空

 暁のように赤く燃える空を眺めながら、私はここで死ぬのだと思った。

 夜の静寂を裂く警報と、悲鳴と、木の爆ぜる音を聞きながらも私の頭は妙に冷静だった。

 周囲は火の海。倒れ崩れた家屋によって道は塞がれており、逃げることは叶わない。

 なのに心は凪いでいた。

 諦めとも違う。ただ、運命を受け入れた心を前にして私は微笑んでいた。

 ぱらぱらと目の前を落ちる爆弾が私の過ごした町を壊していく。黒と赤の入り交じる絶望に満ちた空を眺めながら浮かぶのは歌を歌った日々だった。

 ああ、あの顔を、あの声を、あの色彩さえ鮮明に思い出すことが出来る。

 焼夷弾が目の前に迫る。

 死を覚悟した刹那、私の耳に届いたのは心震わせる歌だった。

 

 ――万古のこの命よ、この言祝ぎよ。


 その声は崩れ落ちた家屋の、開いた扉から聞こえてきた。開いた扉の先は何も見えぬがらんどうであった。がらんどうの先から声が聞こえてくる。

 力強い声であった。

 力強い声は次第に少しずつ近づいていき、やがて扉から人が現れた時、私は息を呑んだ。

「何故……」

 その人は特攻隊の制服を着ていたからだ。私が送った兵士らの姿に似ているその人を前にして私の心は揺れ動いていた。私はもう、死んだのだろうか。

 その思いを否定するようにその人は口を開いた。

「あなたにはまだ、やってもらうことがある」

 私は声で、その人が女性だと分かった。

「万古の命よ、この言祝ぎよ」

 その人の言祝ぐような声に手を伸ばした時、柔く冷たい手が私の手首を掴んだ。

「さぁ。こちらへ」

 途端、私は「もう、帰れないのだ」と思った。

 私の歌を、私の声を、私の始まりを信じていた。

 歌は誰かを救うと信じていた私を嘲笑うように冷たい手は私の手首を更に強く、締め上げた。

 なのに。

 痛みすら感じないまま、私は赤く燃える空を見上げていた。


 ――あなたのおかげで思い残すことはありません。


 凛々しい顔の兵士らよ。

 私が歌で送り殺した兵士らよ。

 あなたたちの愛し守ったこの国で、私も共に死にたかった。


 これは、私の罰の始まりか、それとも終わりか。

 いずれにしても私はもう二度と、この国には帰れないのだ。

 ならば、と私はあらんかぎりの声を張り上げて歌った。

 戦意高揚のこの歌よ。暁染まる空を恋う歌よ。

 私はこの歌を否定しない。

 あの顔よ。あの声よ。

 あなたたちを送った罪を受け入れて、私は戻れぬ国を思い生きる。


 だから、どうか。

 目から溢れた涙が景色を淡く滲ませていく。

 万古の命よ、この言祝ぎよ。


 今も尚、私の手首を掴む手の主の、顔が少しずつ明瞭になる。


 ――どうか、我らに言祝ぎを。


 その声を聞いた時、私は今まで送った兵士らの顔を思い出し、慟哭と共に気を失った。

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