追憶の世界〜兵士と娘とグラビティ

嬌乃湾子

王妃からの依頼

ここはどこかの星にあるオールという国。


その国の城で兵士として勤務するシャトルは警備という名目で、レンガ造りの大きなオール城から城の外を眺めていた。


ネイビーブルーの短髪を優しい風がそよぎ、賑やかな城下街と空の間には「重力浮遊車グラビティ」というものがいくつも行き来している。


この国はチキュウっていう星に似ているのだと聞いた。この宙を浮く乗り物以外は‥‥シャトルは凛々しくも清々しい空を目にし、そんな事を考えていると突然誰かが呼んだ。


振り向くと、声をかけたのはセイル士官の側近であるリシャだった。


「シャトル、セイル士官があなたをお呼びです」


「セイル士官が‥‥俺に?」


シャトルの問いにもリシャは答えず、付いてくるようにと言わんばかりに無表情で城の中へと入っていく。


突然呼び出されたシャトルは自分が何かやらかしたのかと色々考えを巡らせるも思い当たる節もなく、城のいち兵士を冷たい目で誘導する若く小柄な側近の表情は明らかに好意的ではない。


「こちらへ」


厳粛な回廊から辿り着いた部屋が開く。

そこにはベッドで寝たままのルゴーラ王妃と、その横には年端もいかない次期後継者ウリス王子、反対側にはセイル士官が立っていた。


病床のルゴーラ王妃はかつての勢力が衰えながらも気品のある高貴さを醸し出し、シャトルは一気に緊張が走る。


「シャトルよ。これよりルゴーラ王妃直々の極秘命令を言い渡す」


ストレートの長い白髪の間から覗く、射るような目つきのセイル士官は高齢にも関わらず壮年のようだ。


「はっ、それで御命令とは」


恭しいセイルの声にシャトルは敬礼すると、その声に寝たままの王妃の口が開いた。


「よく来たぞ、シャトル‥‥」


シャトルは途切れ途切れの王妃の声に耳を傾ける。


「呼んだのは外でもない‥‥この子が生まれる前に‥‥ここにいたオウシャを探して欲しいのだ」


「オウシャ様を、ですか」


オウシャとは以前この城にいた王女のことである。

先代の第一王妃ギンシャの娘で、ルゴーラの母オーレ第二王妃が途中から正式な王妃となったのは国民なら周知の話だった。

つまりオウシャとギンシャ、ルゴーラとオーレが母娘の関係である‥‥。


「オウシャとは若い頃、腹違いの王女同士という立場でありながらよく遊んでいた。何度も城を抜け出しては重力浮遊車グラビティでドライブしたりと、まるで姉妹のように‥‥それが突然、オウシャは母のギンシャと共にこの王室を去ってしまった」


潤んだ目で懐かしむルゴーラ王妃。


「勝手な願いじゃが‥‥もし彼女に生きて会えるのならば‥‥」


「‥‥ですが」


シャトルは言い渡された人探しに戸惑い、思わず進言する。


「二人は以来何の手がかりも無く消息を絶ったとお聞きします」


すると、子息であるウリス王子がシャトルの方へと歩み寄ってきた。


「シャトルよ。ギンシャ様はニーホの出身だと聞いたぞ」


「ニーホ‥‥あの場所も既に」


「解っている」


ウリス王子は言葉を濁すシャトルの目前に来ると優しく手を掴み、握りしめた。


「だが、ウルミ村に二人の手がかりがあるしい。頼む‥‥どうか母の最後の願い、聞いてくれ」


「ウルミ村‥‥」


真摯に見つめる王子に狼狽するシャトル。その間をセイルが阻むようにぴしゃりと言い放つ。


「それ以上の余計な詮索はするでないぞ」


「はっ、申し訳ありません」


直ぐに王子から離れ身を引き締め直立すると、セイルは更に静かだが高圧的に念を押す。


「尚、この事は極秘故にくれぐれも城内で漏らさぬように。外での行動は逐一リシャに報告するのだ」


「承知いたしました」


「解ったら早急に向かうがいい」







⁑⁑⁑⁑⁑

オール城から重力浮遊車グラビティが飛び立つ。

重力浮遊車グラビティとはこの星に合うように改良した乗り物で、重力で浮遊しながら走行するのだ。

グレードが高ければ高い程性能も良いのだが、シャトルに支給されたAの字を縦型にしたような浮遊車グラビティは隠密であるが故に倉庫の奥に眠っていたのを引っ張り出した型落ちで見た目はお世辞にもダサい。


それでもオール城下街からウルミ村の途中にあるソネンという町まで来ると、彼は専用の町営駐車場に重力浮遊車グラビティを停める。


ソネンはこの辺りの者が集まる場所で人も多く、華やかな看板の店が立ち並ぶ。中には胡散臭い連中もいると聞くが‥‥。


シャトルは「フードショップ シャイニー」という看板の食料品店に立ち寄ると、そこでウルミ村について尋ねる。


「ウルミ村?ここからずっと先だ。道も険しいし。素人じゃ簡単に行けないよ、ハハハッ」


「シャイニーとか言って全然眩しくないし」


軽くあしらわれたような対応に悪態を突きながら店から出ると、ポンコツのA型重力浮遊車グラビティを不安な目で見る。


「まいったな。行くだけで大変なのか‥‥」


A型に寄りかかり、さっき買ったパンをかじりながら町を眺めていると、


「すいません、すいません、誰かお願いします」


一人の小さな老婆が迷子のように町を歩いているのを目にする。

老婆が行く人行く人に声をかけるも誰一人見向きもしない。しょうがなくシャトルは声をかけた。


「どうなされた」


「道に迷っての‥‥ウルミ村に行きたいんだが‥‥」


「ウルミ村?」


思わぬ現地人に出会い、何か手がかりを得られるのではと期待する。


「俺も丁度俺も行くとこだ。‥‥こんなので良かったら乗せてあげるが」


「それはありがたいのう。助かります」


老婆がゆっくりと手を合わせて喜ぶと、向こうから声がした。


「あっ、イトお婆ちゃん、こんなとこに居たの」


若い娘が探し回っていたようにやって来て老婆に声をかける。


鎖骨位の長さのミルクティーブラウンの髪の、見た目はおっとりしているもどこか芯が強そうな‥その娘に老婆は言った。


「今日はこの人に送ってもらおうと思ってな」


「まあ」


のほほんとした老婆の言葉に呆れ顔の娘。そんな彼女にもシャトルは尋ねる。


「どうです?貴女もご一緒しますか」


「それは必要ないわ。自分のがあるから」


明るく断った娘が促した先‥‥両側の前方に伸びた部分が見た目ダウンジャケットの袖のような、小さなU字型の重力浮遊車グラビティにシャトルは目を止めた。


「これは君のか‥俺のも古臭いがはもっと旧式だな」


その重力浮遊車グラビティはかなり古いタイプの型だが、それをホワイトピンクに塗り直している。


「悪く無いでしょ。母と同じものが好きで乗ってるの。コバンは小さいけど険しい道も平気なのよ」


得意げに自分の重力浮遊車グラビティをコバンと名付ける娘。しかし、シャトルは何かに気がつくとその方向を指差した。


「でも‥‥婆ちゃんあっちに向かってくぜ」


「ルコット。今日はこれで送ってもらうよ」


ニコニコとシャトルの重力浮遊車グラビティに乗り込むイトばあちゃんにルコットは苦笑する。


「しょうがないわ‥‥じゃあお願いしていい?私が村まで案内するわ」


「頼んだよ‥‥俺の名はシャトル」


「宜しくシャトル。私はラミー・ルコットよ」


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