第16話 捕まえた、もう今夜は絶対に逃がさないから

 夏乃さんの恋バナも終わりようやく寝る事になったわけだが俺達は寝る場所についてで揉めていた。


「だから俺はソファーで寝ますので」


「せっかくのダブルベッドだよ? お姉ちゃんと一緒に寝ようよ」


「それは何度も言ってますけど無理ですって」


「二人でお風呂に入った仲なのに?」


「それとこれとは話が別ですから」


 俺と夏乃さんの話はさっきからずっと平行線の状態だ。どちらも譲る気がないため話がまとまりそうな気配は全く無い。


「……結人も中々強情だね」


「……夏乃さんの方こそ」


 しばらくベッドの前で睨み合っていたが夏乃さんは痺れを切らしたらしく俺の腕を掴んでベッドに引きずり込もうとしてくる。

 だが女子である夏乃さんに力負けするほど俺は非力ではない。中学校を卒業するまでサッカー部に所属していた俺は平均的な男子よりも力や体力は上だ。

 俺の方が有利に思えた引っ張り合いだったが夏乃さんが予想外の行動に出たせいで形勢が一気に逆転してしまう。


「!?」


 なんと夏乃さんは突然俺の耳に息を吹きかけてきたのだ。驚いて力が抜けてしまった俺を夏乃さんが見逃してくれるはずがなんてなかった。

 体から力が抜けたタイミングで手を思いっきり引っ張られてバランスを崩した俺はベッドの方へと倒れ込む。そして夏乃さんはそのまま俺の上へと馬乗りになった。


「捕まえた、もう今夜は絶対に逃がさないから」


「分かりました、俺の負けです……」


「うんうん、素直でよろしい」


 満足そうな表情を浮かべている夏乃さんだがもしこれが男女逆なら普通に犯罪だからな。いや、男女逆じゃ無くても犯罪か。まあ、夏乃さんを訴える気なんてことこれっぽっちも無いが。


「……そろそろ上から退いて貰ってもいいですか?」


「もしかして私って重い……?」


「むしろその身長ならかなり軽い方だと思いますよ」


 心配そうな表情を浮かべた夏乃さんに対して俺はそう答えた。その辺りを気にするという事はやはり夏乃さんも年頃の女性という事なのだろう。


「じゃあ寝ようか」


「……もう少しだけ離れる事とかって出来ません?」


 俺の上から退いた後も夏乃さんは思いっきり密着している。はっきり言って距離があまりにも近過ぎる。


「私ってさ、いつも抱き枕を抱いて寝てるんだけど今回持ってくるのを忘れちゃったんだよね」


「それがどうしたんですか?」


「だから結人に抱き枕の代わりになって貰おうかなと思ってさ」


「いやいや、何言ってるんですか」


 抱き枕の代わりをするという事はすなわち一晩中夏乃さんと密着する事になってしまう。それは理性的な意味で不味いため流石に勘弁して欲しい。


「ってわけでよろしく」


「ちょっ!?」


 夏乃さんは俺をがっちりホールドすると目を閉じてしまった。どうやら本当にこのまま寝るつもりのようだ。


「まともに寝れる気がしないんだけど……」


 そんな俺のつぶやきだけが部屋に虚しく響き渡った。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「……朝か」


 いつの間にか眠っていた俺はカーテンの隙間から漏れ出ていた太陽の光で目を覚ました。夏乃さんは相変わらず気持ちよさそうに眠っている。

 言うまでも無く寝不足気味なためこのまま二度寝をしたい気分だったが朝食の時間が決まっているためそろそろ起きなければならない。


「夏乃さんめちゃくちゃ無防備じゃん」


 もし今夏乃さんに手を出そうと思えばいとも簡単にてを出せそうだ。まあ、俺がそんな卑劣な事を当然するはずなんてないが。


「相変わらず夏乃さんって凉乃と顔立ちがかなり似てるよな」


 眠っている夏乃さんの顔を見た俺は静かにそうつぶやいた。今でこそ外見はだいぶ違っているが昔は本当によく似ていたため間違われる事がたまにあったくらいだ。そんな事を思いながら俺は夏乃さんの体を軽く揺さぶる。


「朝になりました、そろそろ起きてください」


「もう朝になったの……?」


「はい、朝食の時間も近付いてきてるので」


 夏乃さんは昔から朝に弱いため起きるまで時間がかかるのではないかと思っていたが予想に反して今回はすんなり起きてくれた。ベッドから立ち上がった夏乃さんは背伸びをし終わると俺に話しかけてくる。


「結人はぐっすり眠れた?」


「おかげさまで全く眠れませんでしたよ」


 俺は思いっきりそう皮肉を言い放った。すると夏乃さんはニヤニヤしながら口を開く。


「もしかしてお姉ちゃんが隣にいてムラムラして寝られなかったとか?」


「そ、そんな事はないですけど」


「そっかそっか、結人も男の子だもんね」


 激しく動揺する俺に対して夏乃さんは一人で納得したように頷いていた。はっきり言って夏乃さんと一緒に寝てムラムラするなという方が難しい話だ。

 それが好きな相手とよく似た顔立ちをしていればなおさらだろう。まあ、夏乃さんに対してそんな事は絶対に口が裂けても言えないが。


「とりあえず着替えて準備しましょう」


「そうだね」


 俺達は浴衣を脱ぎ捨てて服に着替え始める。俺は顔を洗って寝癖を直すなど大してすることもないが女性の夏乃さんは朝から色々とする事があるためまだしばらくは時間がかかりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る