第5話 うーん、結人に悪い虫が寄って来ないようにするためとか?

「今日はありがとうございました」


「結人が色々と付き合ってくれたから助かったよ」


「予定が合えばまた付き合うので声をかけてください」


「うん、どうせ結人はいつでも暇だと思うからまた誘うね」


「……それは流石に偏見だと思うんですけど」


 そんな会話をしながら俺達は駐輪場に向かって歩き始める。もうそろそろ18時という事で数ヶ月前であれば暗くなっていた時間帯だが、五月下旬で日の入りもだいぶ遅くなったためまだ割と明るかった。

 しばらくして駐輪場に到着した俺達が帰る準備をしていると夏乃さんが何かを思いついたらしく口を開く。


「そうだ、ちょっとスマホを貸してくれない?」


「……ちなみに何をするつもりですか?」


 先程は女子の連絡先を俺のスマホから全削除した夏乃さんだが今度は一体何を企んでいるのだろうか。


「それは見てたら分かるよ、スリープしたままで大丈夫だから貸して」


「分かりました」


 夏乃さんにスマホを渡すと何に使われるか分からない恐怖もあったがスリープしたままであれば出来る事なんて限られるはずだ。だから素直に渡した俺だったがすぐに後悔する事になる。


「えいっ」


「ちょっと、何やってるんですか!?」


「何って結人のスマホの裏にさっき撮ったプリクラを貼っただけだけど?」


「そんなの見れば分かります、俺が聞きたいのは何でそんな事をしたのかですよ」


「うーん、結人に悪い虫が寄って来ないようにするためとか?」


「明らかに今適当に考えたような理由で誤魔化そうとするのはやめてください」


 スマホの裏に貼り付けられた俺が夏乃さんから抱きつかれて変顔になっているプリクラはかなり目立っていた。誰かに見られたら絶対ツッコミを入れられるに違いない。

 特に兄貴からは間違いなく何か言われるだろう。俺はスマホケースを使わない派だが今回は致し方ない。プリクラを隠すためにケースを使う事にしよう。


「あっ、勿論分かってるとは思うけどスマホケースとかで隠して見えなくするのは無しだよ」


「や、やだな。俺がそんな事するわけないじゃないですか」


「うんうん、優しい結人がそんな事するはずないよね」


 どうやら夏乃さんは全てお見通しらしい。しっかりと釘を刺されてしまったためスマホケースで隠す事は諦めるしかないだろう。


「そろそろ帰ろうか」


「はい、いつも通り家までよろしくお願いします」


「うん、任せて」


 それからショッピングモールを出発してしばらくバイクで走り続けてようやく俺の家の前に到着した。バイクから降りた俺はヘルメットを脱いで夏乃さんに渡す。


「じゃあ安全運転で帰ってください」


「ありがとう、結人またね」


 そう言い残すと夏乃さんはバイクを発進させた。俺は夏乃さんの姿が見えなくなったのを確認すると家の中へと入る。そして母さんがいるであろうダイニングへと向かう。


「母さん、ただいま」


「あっ、結人おかえり。今日はいつもより帰りが遅かったわね」


「ああ、夏乃さんに色々と付き合わされてたから」


 俺と母さんが話していると玄関の方から扉を開くような音が聞こえてくる。多分サッカー部の練習を終えた兄貴が帰ってきたのだろう。


「ただいま」


「綾人おかえり」


「おかえり兄貴」


「ひょっとして結人も今帰ってきたのか?」


 俺の前に立つ兄貴はそんな事を聞いてきた。恐らく俺が制服姿でリュックサックを背負ったままだったから気になったのだと思う。


「そうそう、俺もちょうどいまさっき帰ってきたばかりだ」


「結人は夏乃ちゃんと遊んでたんだって」


 そんな母さんの言葉を聞いた兄貴はほんの一瞬だけ悔しそうな表情になるが、すぐにいつものクールな表情に戻る。


「夏乃さんに迷惑なんてかけてないだろうな?」


「むしろその逆で俺が夏乃さんから思いっきり迷惑をかけられたよ」


「そうか、まあ夏乃さんも大学生になってすぐで大変な時期だろうからあんまり頻繁に会わないようにな」


 そう言い終わった兄貴は自分の部屋へと戻っていった。兄貴の悔しそうな顔を見れて少しだけスカッとした俺は同じように自分の部屋へと向かう。

 ちなみに先程兄貴が悔しそうな顔をした理由は単純だ。それは俺と夏乃さんが一緒に遊んだ事に対して嫉妬をしているからに他ならない。

 兄貴は昔から夏乃さんの事が好きなのだ。実際に何度も告白をしている兄貴だが何が駄目なのか毎回のように振られている。


「夏乃さんと兄貴の二人ならお似合いだと思うけど、なんで振るんだろう」


 容姿端麗で文武両道な兄貴なら夏乃さんとも十分に釣り合うと思う。兄貴と夏乃さんが付き合えば凉乃はフリーになる。

 そしたら凉乃と付き合えるかもしれないため兄貴の事を今まで密かに応援していたのだが、いつまで経っても二人が付き合いそうな気配は無い。


「……俺と兄貴のスペックが逆だったらな」


 俺は常日頃から思っている願望を静かにつぶやく。俺と兄貴は双子なはずなのにあまりにもスペックが違い過ぎている。

 身長が百七十二センチと平均的な俺に対して兄貴は高身長に分類される百八十センチあるし、兄弟のため顔はかなり似てはいるものの兄貴の方が整っているのだ。

 言うまでもなく学力や運動神経も兄貴には敵わない。一卵性の双子なら多分ここまでスペックに差はつかなかっただろうが残念ながら俺達は二卵性だ。


「こんな事をいつまでもウジウジ考えてても仕方ないか……」


 生まれ持ったスペックは今更どうにもならないため考えるだけ時間の無駄にしかならない。俺は自分にそう言い聞かせると明日の授業の予習を始める。


「……あれ、俺のスマホってこんなに動作重かったっけ?」


 英語の予習にスマホの辞書アプリを活用する俺だったが、ほんの少しだけいつもよりも表示されるスピードが遅いような気がした。


「この間機種変更したばかりだから容量とかの問題は無いと思うんだけど」


 まあ、スマホも精密機械だしそういう事くらいあるか。この時の俺はそれ以上深く考える事をしなかった。

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