第60話 化け物に育てられた子供達
「それライフルですか?」
私は瀬戸夏美の右手にあるスナイパーライフルを凝視しながら言った。
「まぁライフルっていっても…ゴム弾だけどね。」
「瀬戸さま!今回は殺しは無し…ということですね?!」と言ってマシロちゃんは右手の木製バットと左手の金属バットをブンブン振りながら言った。
「えぇ…当たり前よ。」
車には一通りの武器が揃っていた。武器といってもホームセンターで買えるくらいのものだ。瀬戸夏美が私たちに合流する前日に購入していたようだ。
私は使えない左手にアイスピックをテープで巻きつけた。「フック船長みたいですね」とマシロちゃんが笑いながら言った。確かに。これならピーターパンを殺せそうだ。
右手の武器は1メートルほどの物干し竿を選んだ。
そして最後に瀬戸夏美が私とマシロの足にサバイバルナイフをくくり付けてくれた。
「いざという時ね…」と瀬戸は小声で言った。
準備は整った。
中尾倉庫の周りには、腕を磨いてきたヒットマン達が倉庫の入り口にうじゃうじゃ集まっている。
そして倉庫からは足を引きずったり、四つん這いになって叫びながら男達が出てくる。
イダが…鮎川がやっているんだな。私は身震いした。今から戦うんだ。鮎川と…。
1人になってからゆっくりと、妻と娘を殺した久保ヒカルに復讐するために。
「さぁ行ってきなさい。私はライフルで後方支援、マシロと刑事さんは近距離、冬梅は中距離ね。」
「えと、その瀬戸さん、取り敢えず倉庫の周りにいるヒットマン達を戦闘不能にするということで宜しいですか?」
佐々木刑事はオドオドしながら聞いた。さっき瀬戸に冷たく当たられたからだ。
「ええそうよ。宜しくね」と瀬戸夏美は微笑んだ。あぁ、この人本当にずるい。
「でも瀬戸様〜私達がやらなくても、イイダ様がやるのを待てば良いじゃないですか??」
「バカ。イイダさんがやったら殺すかもしれないでしょうが」と私は急いで説明した。
「あ、そっか。」とマシロちゃんも納得した。
どこか緊張感が解けてしまったその時、1人の男が這いつくばりながらこちらに近づいて来た。
既に久保ヒカルの暗殺に失敗し、鮎川にやられた男だろう。
「お前等…ダメだ…。やめておけ…。」と男は言った。
私は腰を下ろして男に質問した。
「誰にやられたの?」
「ひ、一人の男…」
答えは分かりきってきた。でも、こいつのお陰で状況把握ができる。やはり、鮎川さんが1人で戦っている。
Q「男の装備は?」
A「防弾チョッキ、サバイバルナイフ、警棒、拳銃」
Q「死人は出てる?」
A「恐らく出ていない」
Q「久保ヒカルはどうなっている?」
A「玉ねぎのコンテナに閉じ込められている」
Q「その男は怪我をした?」
A「傷一つ付いていない」
「ダメだ…あの男は化け物だ。人間じゃない…人間じゃない…。」
「そう…」
男は力尽きたのか意識を失って地面に顔を伏せた。
『あの男は化け物』ね。
大丈夫だよ。私達はその化け物に育てられた『化け物の子』だから。
私は深呼吸した。
始まる。
始まる。
イダ…待っていてね。私は必ず貴方を取り戻すから。
久保ヒカルは殺させない。ナベシマのレール通りには行かせない。貴方には私たちと一緒に生きてもらう。
この時の私は自分の言葉の矛盾に気づいていなかった。レイプ犯への復讐を生き甲斐に私とイダは生きていたという矛盾に。
自分の中でレイプ犯を殺すことよりも、大好きな人達と生きることが何よりも大切だと、いつからか思うようになっていた。
「突撃!」なんて合図は無い。お互い頷いて一斉に走り出した。
私・を・除・い・て・。・
私は「どうしたんですか?」と私の袖を引っ張る中尾圭一に聞いた。
「君、不思議な目をしているね」と中尾圭一は微笑みながら言った。
何故このタイミングで。
「えぇ…ありがとうございます。あの、すみません。私もう行かなきゃ…」と言って後ろを振り向こうとした時
「一重ひとえの時も二重ふたえの時も三重みえの時も、皆の瞳は君に奪われてしまうね」と中尾圭一は言って、私の首に黒いポーチをかけた。
懐中電灯くらいの重みがある。
「これは何ですか?」
「彼・か・ら・瞳・を・奪・っ・た・、そう思った時に使いなさい」
中尾圭一はそう言って私の方に向かってを手を振った。
「お行きなさい」
私は中尾の思惑を掴めぬまま会釈をして、倉庫の方へと向かった。
既に倉庫前は戦場と化していた。
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