第12話

「……どこだ?」


 昼休み。

 俺は先に教室を飛び出した鬼塚さんを探していた。


 四限目の授業が終わるとすぐに慌てた様子で教室から出て行った鬼塚さんから、すぐに俺にラインがきたのだ。


『お花の植木があるところで待ってるから』


 しかしお花の植木とは。

 体育館の周辺や正門付近、それに中庭にだってそれらしいものがたくさんある。


 いや、どこだよ。

 具体的な場所を聞こうと返信を入れたけど既読にならないので仕方なく俺も教室を出て。


 あちこちうろうろしながら彼女の姿を探し、結果学校の敷地をぐるっと一周した。


 が、いない。

 いや、どこだよ。

 まさか吸血鬼には透過能力でもあるのか?

 もう一度連絡してみようとスマホを手に取ると、知らぬ間に彼女から返事がきていた。


『ごめんなさい、人が多かったので屋上にきました』


 それを見て、俺は早足で校舎に戻って階段を駆け上がった。



「はあ、はあ」


 屋上へ続く扉の前で、乱れた呼吸を整えながら少し考えた。


 鬼塚さんは吸血鬼と人間のハーフだと言っていたけど。

 その場合、映画に出てくる吸血鬼みたいに不死身だったりするのだろうか。

 もしそうだとして、寿命は?

 俺みたいに、階段を昇ったくらいで息を切らしたりしないのだろうか。


 そんなことを考えながら。

 ゆっくりと、錆びた扉を開けた。


「あ、来てくれた」


 広い屋上の真ん中に一人。

 ポツンと座った美女が俺を見て立ち上がった。


「鬼塚さん……いや、遅くなってごめん」

「ううん、私の方こそ先にあちこち行っちゃってごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げてから。

 鬼塚さんはカバンから弁当箱を取りだした。


「あの、今日もご飯一緒に食べたいなって」

「わざわざ作ってくれてたの?」

「き、昨日のお礼も兼ねて」

「あ、ありがと。でも、それなら前みたいに家庭科準備室でよかったんじゃ」

「き、今日は誰か使ってて。その、二人になりたかったから」


 顔を赤らめながら。

 こっちまで恥ずかしくなりそうなことを言われて俺は目を逸らした。


「あ、あんまり時間ないからお弁当、食べてもいいかな?」

「あ、うん。食べよ食べよ。私もお腹ぺこぺこー」


 二人でぺたんと床に座ってから弁当箱を広げる。


 俺の方は、ハンバーグとポテサラ、ご飯の真ん中には梅干しが乗った日の丸弁当だ。


 一方鬼塚さんの弁当は、ご段重ねの特大サイズでどの段にも真っ赤な食材が敷き詰められていた。


 その異様な弁当を見ると、やっぱり彼女は吸血鬼なんだと実感させられる。


「はぐはぐ……んぐっ、ぷはー! あー、おいしー。橘君、今日のお弁当はどう?」

「お、美味しいよ。あの、質問なんだけど、俺と二人になりたかったっていうのは……」


 まさか鬼塚さんが俺と二人っきりになってラブラブな展開を期待してるなんて、そんな都合のいいことは考えていない。


 むしろ、疑っていた。

 二人になって、俺のお腹をいっぱいにさせてから今度は俺をガブリと……なんて考えていたらどうしようと。

 少し身構えながら質問すると、彼女は少し照れくさそうに答えた。


「だって……教室だとみんなが茶化すから……その、邪魔されずにゆっくりお話したいなって思って」

「鬼塚さん……」

「な、なんかクラスの人に絡まれたみたいだし。あ、あれって私のせいだよね?」


 箸を止めて、しょぼんとしながら鬼塚さんは悲しそうに俺を見つめる。

 気づいてたんだ……。


「あ、いや、そういうわけじゃないけど」

「ううん、わかってるもん。でも、私といたら迷惑なのかなあって……」

「そ、そんなことないよ。俺はあんなやつら気にしないし」

「ほ、ほんと? 男子みんなに嫌われてる私と仲良くしてたらいじめられるかもしれないよ?」

「そんなの全然……ん?」

「わ、私って女子のみんなは仲良くしてくれてるけど、男子は誰も目も合わせてくれなくて……た、多分私が男の人苦手で冷たくしてるせいで嫌われてるの。だから」

「ま、待って待って! ええと、多分違うと思うけど」


 鬼塚さんは壮大な勘違いをしていた。

 男子がみんな鬼塚さんを避けているのは、まず第一に照れているだけの話だ。

 あと、鬼塚さんはどこか神聖な雰囲気があって、誰かが抜け駆けして気軽に話しかけていい空気じゃないって、みんなそう思っているに違いない。

 だからよそよそしくて、まともに見れないだけなんだと。

 そんな中で俺だけが馴れ馴れしくしていたから、きっとクラスの男子たちは怒っていたのだ。


「かん、ちがい?」

「う、うん。みんな、鬼塚さんを嫌ってるわけじゃないと思うけど」

「そ、そうなの? てっきり私が無愛想だから嫌われてるのかなって」

「お、鬼塚さんのことを嫌う人なんかいないって」

「じゃあ、なんでみんなあんなに冷たいの? 別に仲良くしたいとかはないけど、普通に話してくれたらいいのに」


 不思議そうに首を傾げる鬼塚さんは「ねえ、なんで?」ともう一度俺に聞いてきた。


「えと、それは……」

「や、やっぱり私が嫌な女だからじゃないの?」


 なんと説明したらいいか迷っていると、また不安になったのか鬼塚さんがしょんぼり俯いた。


 ……こんなことをまた言うのは恥ずかしいんだけど。

 落ち込んでる鬼塚さんが元気になるのなら。


「か、可愛いから、だよ」

「……え?」

「お、鬼塚さんが可愛いから、その、みんな照れてるだけだよ」


 言いながら、俺が照れてしまった。

 顔が燃えそうなくらい熱い。

 

「……ほんと? 橘君も、そう思ってくれてるの?」

「え、も、もちろんだよ。みんなだって」

「そ、そっか。うん……でも」


 もじもじする鬼塚さんはチラチラと俺を上目遣いで見ながら。


 小さく呟いた。


「そう思ってくれるのは、橘君だけでいいの」

「え……」

「あ、ううん、な、なんでもない! ええと、さ、先に教室戻るから!」


 慌てて、彼女は走っていってしまった。


「鬼塚さん……」


 ぽつんと取り残された俺は、さっきの鬼塚さんの言葉の意味をぼんやりと考えながら。


 散らかったままの彼女のお弁当箱を静かに片付けた。

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