閑話「竜虎相搏」1
「サトゥー君今行くわぁぁぁぁぁぁ!!」
カニ江が走っていた。
金の力で聖クーテン病院を瞬く間に退院し、即座にタクシーを呼ぶとシフード本拠地へ。
建物上空までは直接乗り付けられないので、その手前の荒野。
着陸の時間も勿体ないので空中から無落下傘降下、そしてハードランディング。
そのまま荒野を健脚で走破しようかという時に、何故かヒッジャ宇宙港へ向かうヤウーシュ女を目撃したカニ江。
あれは確か――
「サトっち~~!! お弁当持ってきたし~~~!!」
――エビ何たらという、カイセーン氏族から出向してきている輩。
あの女が何やらせっせとお弁当を作っては、サトゥーに差し入れしている事をカニ江は知っている。
だがその”成果”が出るよりも、己がサトゥーをゲットする方が早い事をカニ江は確信しているが故に別段、敵視はしていない。
むしろ今、問題なのはその女がお弁当を持って宇宙港を目指しているという事実。
「……そこね?」
カニ江は宇宙港、更に言えばエビ何たらが目指している19番ポート、そこに駐機している宇宙船、そのキャノピー、陽光を反射して見え難い操縦席、そこに座っている人影、を見つめながら呟いた。
足の爪をスパイクめいて大地に突き立て、鋭角で急速にターン。
目的を19番ポートに変更。
「婚闘の続きをしましょぉぉぉぉサトゥーくぅぅぅーーーん!!」
”居る”。
19番ポートに駐機している宇宙船、その操縦席に、”居る”。
カニ江の愛する
正確には嗅覚。
”感じる”。
サトゥーの由来の物質を、嗅覚で”感じて”いる!
確かにサトゥーがこの荒野を通過して、19番ポートへ向かったと”
「待ちなさぁ~~~~い!!」
カニ江、19番ポートへ到達。
だがタッチの差で、宇宙船は急発進すると空へと舞い上がってしまった。
「私を置いていく気ね!? そんなの許さないわ!!」
カニ江は再び走り出す。
向かったのは14番ポート。
そこにカニ江の愛機、カスタム宇宙船『ドゥ・ラーク』が駐機している。
「緊急発進よ!!」
ガントレットの遠隔操作で後部ハッチを解放し、同時にエンジンへと火を入れる。
14番ポートに向かって爆走しながら、カニ江は通信機能を立ち上げた。
「トゥジー! 居るかしら!?」
≪はい居ります。お嬢様。何か御用でしょうか?≫
呼び出したのは、実家で執事をしているヤウーシュの『トゥジー』だった。
「サトゥー君が宇宙船で緊急発進したわ! 行き先について何か情報が無いか急いで調べて頂戴!!」
≪サトゥー様の行き先についてですね? お待ちください、情報を集めます≫
「頼むわね!」
通信を終えた頃、カニ江は14番ポートへと到着する。
そのまま駐機してあったドゥ・ラークへと駆け込み、操縦席に大急ぎで座った。
「緊急離陸! 機関最大出力よォォ!!」
操縦桿を手前に引き、一気に飛び上がる。
直後、通信機から怒鳴り声が聞こえてきた。
≪こちら宇宙港管制塔!! 16番ポート!! 離陸許可は出していないぞ! ふざけるな勝手は真似は止めろォォ!!≫
ドゥ・ラークが駐機していたのは14番ポート。
カニ江が16番ポートの方を見ると、何やら『巨大な砲台を増設している宇宙船』がドゥ・ラークよりも先に離陸して上昇を始めていた。
通信機から怒鳴り声が続く。
≪ちょっと待て今度は何だ!? 14番ポート、お前もか!? 一体何なんだお前ら!!?≫
「今ちょっと忙しいの後にして頂戴!!」
≪っざけんなァァーー!! お前ら宇宙港舐めてんのか!!? インターセプター発進、全機連れ戻せ!!》
ドゥ・ラークを急上昇させながら、カニ江はレーダーを確認する。
宇宙港の各所から、魚を模した形状の航空機――尾びれをピコピコと動かしている――が離陸してきた。
目の部分は赤色灯になっており、チカチカと明滅している。
(まずいわね……)
カニ江のドゥ・ラークは船体側面と上部にミサイルモジュールを増設した『重火力型』であり、エンジンをより高出力のものに換装した事で『高いバリア出力』『高い最高速度』という走・攻・守、三拍子揃った高性能機ではある。
しかし欠点として同型船に比べれば稼働時間で劣り、また加速も悪い。
また”宇宙船”という特性上、大気圏内での運用では殊更、追跡に上がって来た
≪こちらヒッジャ記念宇宙港所属62-8958。14番ポートから離陸した宇宙船へ告ぐ。
直ちに減速し、こちらに指示に従え。繰り返す、直ちに減速し、こちらの指示に従え。従わない場合は――≫
あっという間に追いつかれ、ドゥ・ラークは背後を取られていた。
断続して威圧的なレーダー照射も受けており、完全に”脅されて”いる状態。
「……」
カニ江は進行方向――大気圏上層の方を確認する。
先に発進した『巨大な砲台を増設している宇宙船』――恐らくはエビ何たらが乗っている――は加速性を重視していたらしく、ドゥ・ラークを振り切って上空へと昇ってしまっている。
邀撃機は恐らくあちらも追いかけるのだろうが、まずは手前にいたドゥ・ラークを強制着陸させようとしているのだろう。
それは分かる。
それは分かるが。
納得するかは別の話。
自分が捕まっている間に、他の女がサトゥーの元に馳せ参じるのは許せない!
「……!」
カニ江は黙ってドゥ・ラークを加速させた。
指示を無視された邀撃機側が狼狽する。
≪な……!? お前正気か!? 脅しじゃないぞ撃墜されたいか!? 待てと言ってるんだ、待てー!!≫
「恋のレースにぃぃーー……待゛っ゛た゛は゛無゛い゛の゛よ゛ぉ゛ぉ゛!゛!゛」
カニ江は火器管制を立ち上げると、ミサイルモジュールに弾頭換装の指令を送る。
そして完了次第、すぐさまノーロックで発射した。
側面部2発づつ2門、船体上部3発1門の計7発一斉同時射出。
邀撃機が叫んだ。
≪貴様ァー!? 戦争でもする気かァーー!!≫
【恋は戦争】
作詞:カニ江 作曲:カニ江
I got you 届けるこの想い
きっといつかは叶うから
こんな関係 切なすぎるわ
始まりだって覚えている
階級も平凡で どこにでもいそう
でも何億人いても私 きっと君を見つけるよ
ミサイルに反応し、邀撃機が一斉に回避機動を取る。
一時的に距離が離れた時点で、カニ江は直進していたミサイルに起爆指令を送った。
7発のミサイルが一斉に起爆し、大気圏上空に巨大な煙幕を作り上げる。
慌てた邀撃機が叫ぶ。
≪クソ、煙幕弾だ! チャフまで混じってやがる! 短距離レーダーロスト! 視認も出来ない!≫
≪こちら管制塔、落ち着け。長距離レーダーで空域監視中。妨害エリアから離脱次第、補足出来る≫
≪62-8958了解。おい聞いたか、絶対逃がさないからな≫
チャフあるいは電波欺瞞紙とは、電波を乱反射する物質を空中に散布する事で、レーダーの索敵能力を妨害する働きを持っている。
カニ江が発射したミサイルは、これに加えて巨大な煙幕――もはや黒雲に近い――を発生させる事で、電子的にも光学的にも追跡を困難にさせる効果があった。
これにより邀撃機は一時的にドゥ・ラークを見失っているが、宇宙港側がより広い範囲を監視している為、このままだと妨害範囲から出た途端に再補足されてしまうだろう。
だがサトゥー追跡の為に行動が限られているカニ江に、打てる手はあまり無い。
どうして
素直な キモチお届け
カラーテを喰らうそのたびに
ただ関節が痛んでく
キミは何を想うの
供にいてほしい
ずっと ずっと これだけなのに(ボキボキ...)
≪お嬢様≫
通信機から、別の声が飛び込んでくる。
執事のトゥジーだった。
「何かしら!? ごめんなさい今ちょっと忙しいの!!」
≪電子戦支援を開始いたします。宇宙港へジャミング開始≫
直後、管制官の悲鳴が聞こえる。
≪ぐわーー! 長距離レーダーホワイトアウト!! ジャミングだとぉぉ!? どこのバカだぁぁーー!!?≫
索敵用レーダーは、発射したレーダー波の”反射”を見て敵の位置を補足している。
つまり逆にレーダー装置へ向けて、大量の強力な電波を意図的に浴びせかけた場合、まるで懐中電灯の光で”目眩し”されたかの様に索敵機能を喪失してしまう。
このような電波を介した情報収集活動、あるいはそれに対しての妨害行為等を総称して『電子戦』と呼ぶ。
≪こちら62-8958! 管制塔、聞こえるか!? すぐに誘導しろ! 黒煙で何も見えない! 管制塔、ちゃんと援護しろよぉ!!」
≪長くは持ちません。今のうちに離脱を≫
恋の黙示録
ほら終幕が始まる
殴りあえば分かるでしょ?
始まりのゴングが鳴る
Listen To My Fist
声にならないこの悲鳴
とめて 恋の黙示録
届けたい キモチのすべて
Koi ha Sensou Ⓚ Kanye Record Co.,Ltd
宇宙港は
カニ江は安心してドゥ・ラークを直進させ、効率よく上昇させていく。
「やだもぉー、助かっちゃう! グッジョブよトゥジー!」
≪恐れ入ります、お嬢様≫
宇宙港の追撃を振り切った。
カニ江は一路、サトゥーを追って衛星軌道を目指す。
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