第12話「何が起きたのか」
「ただいま、サメちゃん」
部屋へと上がる佐藤。
出迎えたサメちゃんは、何故かハートマークのエプロンを着用していた。
「お料理すぐ出来るので、ちょっと待っててくださいね!」
「ありがとう」
キッチンで何やら料理をしているサメちゃんを横目に、佐藤はリビングで腰を下ろした。
PC画面をテレビに出力し、動画投稿サイトの巡回を始める。
やがてサメちゃんが、湯気を上げる皿を持ってテーブルへとやって来た。
「出来ました~!」
出てきたのは、肉と野菜の炒め物。
「美味しそう。これは?」
「レバニラ炒めです! サトゥーさんに頂いたデスワームの肝を使ってみました!」
それぞれに小皿で取り分け、二人で手を合わせる。
「「いただきます」」
佐藤は湯気を上げる茶色い肉片を箸で掴み、口へと運ぶ。
その様子を心配そうに見ていたサメちゃんが、恐る恐る尋ねた。
「どうでしょうかサトゥーさん……。美味しく出来てますか……?」
「うん、美味しい美味しい」
「良かった……!」
佐藤の好みにあった事を喜んでから、サメちゃんも皿に手を付けた。
箸を上手に使い、ノコギリ歯でムシャムシャと食べ進めていく。
皿の上が半分ほど空になったところで――
「お茶入れてきますね」
――サメちゃんがキッチンへと向かった。
佐藤はリモコンで、お薦め欄に表示されていたひとつの動画を再生する。
最近見ている『達人シリーズ』の新動画だった。
「何ですか? その動画」
お茶を二人分持ってきたサメちゃんが、佐藤の隣に腰を下ろす。
貰ったお茶を啜りながら、佐藤が答えた。
「最近はさ、武術家とか格闘家も動画投稿サイトで自分のチャンネルを持っててさ。
本来はお金を払って道場で習うような知識や技術を、こうして家に居ながら無料で見れちゃうんだよ」
「へぇ~」
再生された動画に、坊主頭の中年男性が映る。
来ているシャツの胸には所属団体のロゴがプリントされていた。
映像の中で、男性が語り始める。
『えー、それじゃあ今日は”崩し”についてやりたいと思います。
……ちょっと来てくれる?』
男性は弟子を一人呼び寄せた。
『今から腕を引っ張るので、耐えてください』
『分かりました』
弟子がその場に踏ん張る。
しかし直後、男性に腕を引かれて簡単に姿勢を崩した。
『どうだった?』
『何か……踏ん張れませんでした』
男性がカメラ目線で続けた。
『えー、今のは仕掛けがありまして。
引っ張る直前に、少しだけ腕を押してあげたんですね』
リプレイ映像が挟まる。
確かに引かれる直前、腕を押されたのか弟子の肩が後ろへと動いていた。
『彼は私に押されたことで、姿勢を崩すまいと
えーと、じゃあ次の人』
画角の中に、今度は大柄な弟子が登場する。
男性はその大柄な弟子の腕を取った。
大柄な弟子は、自分は引っ張られまいと露骨に腰を下げている。
『えいっ』
しかし今度は腕を押し込まれ、大柄な弟子は簡単に後ろへ倒れると、画角の外へと転がっていった。
苦笑いしながら男性が続ける。
『今のは逆ですね。
最初に一瞬だけ引いて反射を起こさせ、重心が後ろに下がったところを押しました。
最初から意識されてたら流石に無理ですけど、反射というのは無意識に起こってしまうものなので、それを利用すれば相手は反応出来ない訳です。
じゃあちょっと練習してみましょう』
佐藤は一旦、動画から目を離した。
飲み終わったお茶のコップを、コトリとテーブルに置く。
「反射の利用か、なるほどな~」
「難しいですね……よく分からないです」
佐藤は横を向いた。
サメちゃんがコップでお茶を飲んでいる。
そして違和感を感じた。
「……サメちゃん」
「何ですか?」
サメちゃんが答える。
唇が動いていた。
シャルカーズである彼女には声がない。
会話で口は動かない筈だった。
「……どうして声が出ているの?」
「……」
サメちゃんが急に声を出さなくなる。
代わりにサメちゃんの瞳が仄かに光り始めた。
隣に座っている。
距離が近い。
瞳がすぐそこにあった。
サファイアを思わせる青く美しい瞳――スイカ器官の中で、幾つもの光が輝いている。
まるで美しい夜空を覗き込んでいるかの様だった。
彼女は今、何か会話をしている。
だが電磁波であるそれを聞き取る事は出来ない。
「ご、ごめんサメちゃん。ガントレットが無いから聞き取れないよ。ガントレット……?」
佐藤は立ち上がった。
「ここどこだ……俺の部屋? あれ……今何してたんだっけ……」
佐藤はよろよろと脱衣所へ向かった。
そして洗面台を覗き込む。
鏡の中に怪物が居た。
二足歩行する人間型の、カニの化け物。
佐藤は自分の顔を触る。
鏡の中の化け物――サトゥーも、自分の顔を触った。
鏡の『向こう』と『こちら』が一体化する。
洗面台を前に、窮屈そうに身を屈めて覗き込んでいるヤウーシュ族の中級戦士、サトゥーがいた。
「サメちゃん!」
戦士サトゥーは慌ててリビングへと戻る。
しかしそこにサメちゃんは居なかった。
代わりにリビングの中央には、何故か巨大な岩があった。
岩では無かった。
体を丸めて座っているヤウーシュの美女、カニ江だった。
カニ江が両手で皿を持ち、残っていたレバニラ炒めをガツガツと貪っている。
「いけるわねコレ。レバーはデスワームのかしら?」
「カニ江!? 何で俺の部屋に!?」
レバニラ炒めを食べ終えたカニ江が、ゆっくりと立ち上がる。
床が軋んだ。
カニ江の頭頂部が天井にぶつかっている。
「何でも何も……だって私たち、夫婦じゃない」
サトゥーを見下ろしながら、ニコォとカニ江が微笑む。
「やめろ! お前となんか結婚してない!」
「あらひどい。サトゥー君は婚闘に負けたから、私と結婚したのよ。忘れちゃったの?」
「婚闘……そうだ、俺は今婚闘の最中で……」
「ま、とにかく――」
カニ江が指先についていたレバニラ炒めのソースをペロリと舐め取りながら、言った。
「――
「始めるって……何を」
「もう……分かってるくせに」
カニ江がゆっくりと両手を広げる。
……捕食者だった。
「子゛作゛り゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!゛!゛!゛」
「や゛だ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛――――――
◇
――――ァ゛ァ゛ァァァイ!? はっ!?」
サトゥーは我に返った。
目の前にヤウーシュ――目を見開いている――が居る。
が、それが鏡に映った自分である事に気づいた。
慌てて周囲を見回す。
サトゥーはトイレに居た。
誰も居らず、静かで落ち着いた空気。
個室が並んでいるトイレ空間の、出口側に並んでいる複数の洗面台。
そのひとつの前で、洗面器に手を付きながら、正面にある壁面鏡を覗き込んでいたところだった。
「どこだココ!? いや、ここは――」
何故ここに居るのか?
記憶が混濁していた。
思い出す事が出来ない。
しかしここのトイレ自体には見覚えがあった。
シフード氏族の本拠地、白くて巨大な貝殻風の建物。
そこの中、一階にある複数のトイレの内のひとつだった。
「何でココに居るんだ? そもそも婚闘はどうなった!? カニ江は!?」
記憶を失っている間に何があったのか。
人に尋ねようにも、トイレの中は無人。
そもそも他人に『カニ江との婚闘の途中から記憶が無くて、気づいたらトイレに居たんですけど何故ですか』等と聞ける筈もなかった。
「クソ! 飲み過ぎた二日目かよ!?」
サトゥーは額に手を当て、自力で思い出そうと記憶の中を探る。
婚闘の最中にカニ江から、背後からの片手ベアハッグを受けたところまでは覚えている。
しかしそこから現在までの記憶が飛んでいた。
合間に何か
「まったく覚えてねぇ! ……そもそも今何時だ?」
サトゥーはガントレットで時間を確認しようと、視線を下に向けた。
そして気づく。
「ぐわ!? 何だこの大怪我!?」
己の体、その外骨格の全身に、見覚えのない傷跡が大量に追加されていた。
特に胴体のそれが著しい。
しかし外殻の亀裂自体は繋ぎ合わされ、治癒済みになっていた。
「これはカニ江のベアハッグで受けた傷か? でも治療済みになって……うん?」
洗面台に備えられている小物置きに、空の容器が転がっている。
覚えがある。ベルトに常備している『緊急治療用ナノマシン錠剤』の容器だ。
強烈な治癒効果を持つも、副作用もまた強い為に一回一錠が用法の薬。
確か3、4粒残っていた筈なので、記憶を無くしている間に全て飲んだらしい。
「おい、これ副作用で吐き気が……オゴゴーー!!」
意識したからなのか、急に気持ち悪くなってサトゥーはえずく。
「ハァ……ハァ……クソ、本当に一体何が起きたんだ……で、そうだ時間」
うがいでサッパリしてから、サトゥーは改めてガントレットの時刻表示で時間を確認した。
15分。
カニ江と婚闘を開始してから15分が経過していた。
ベアハッグを受けたのが開始4分過ぎ辺り。
その後失神したとすると、トイレで意識を取り戻す迄に約10分が過ぎている。
勝ったのか。負けたのか。どうしてトイレに居るのか。10分の間に何が起きたのか。
「……こいつで確かめるか」
サトゥーはガントレットを操作する。
情報収集機器でもあるこの籠手は、絶えずサトゥーの状態や周囲の情報を記録し続けている。
それをさかのぼって解析すれば、前世的に言えばドライブレコーダーでそうする様に、10分の間に何が起きたのか確認出来るだろう。
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