第5話「盛り上がるから」
遺棄されたガショメズの密輸船、その内部を移動していくサトゥー。
「いいか……終わるまで寝てろよ……」
スキャンによって可視化されたゼノザード達の姿を、彼我を隔てる構造物越しに睨みつけながらぼやく。
あとはゼノザード達が起きてこなければ、アルタコ達を船外に連れ出して仕事は終わりだった。
ゼノザードの眠る場所とはかなり距離があり、そして船外では轟音の砂嵐が吹き荒れている。
わざわざ攻撃しに行くだとか、大爆発を起すだとか、そんな事をしなければ起きては来ないだろう。
サトゥーはアルタコ達の篭る部屋の前へと辿り着く。
閉ざされているスライドドアを開けようとして、開かなかった。
「あれ」
その時、扉越しにアルタコから通信が入る。
≪せ、戦士サトゥー、辿り着きましたか!? 実はひとつ問題が立ちはだかります!
私たちは扉を封鎖しました! 原生生物を拒む行為です! 溶接しました! 扉が開かない! 助けて!≫
「あー……」
サトゥーが確認すると、スライド式の扉の一部が溶接されており、開閉出来なくされていた。
篭城に必要だったのだろうが、そもそもこの場所に来なければ……。
喉まで出かけた言葉を飲み込み、返事をする。
「いま開けます。離れていてください」
サトゥーはドアの隙間に爪を差し入れ、ゆっくりと左右に力を入れる。
ヤウーシュとしては非力なサトゥーだが、それでも重機並みのパワーは出せた。
金属音と共に溶接部が千切れ、ドアに隙間ができ始める。
だが砂のせいか、経年劣化のせいか、ドアは異音を奏でるとスライドしなくなってしまった。
「ふんぬらー!!」
さらに力を込める。
金属の軋む音と共にドアが拉げていき、ついにぽっかりとスペースが出来た。
「お待たせしました」
ようやく対面した要救助者のアルタコ5名。
触手で自立する目玉のついた脳みそで、非人間型な異星人。
最初ぽかんとしていた彼らだったが、すぐに我に返った。
≪凄いパワー! 頼りになる! 頼りになります!≫
≪おー! わー! この救助は非常に私達を救います!≫
≪とても感謝! こんにちわ! ありがとう!≫
歓声を受けながら、サトゥーはちらりとゼノザードの方を見た。
「…………」
(よし、起きてないな)
扉を開ける時に”少し”音を立てたが、大丈夫なようだった。
サトゥーは向き直って尋ねる。
「皆さん歩けそうですか?」
≪≪≪はい!≫≫≫
「では帰りましょう」
≪≪≪はい!≫≫≫
アルタコを引率して戻ろうとし、サトゥーがふと立ち止まる。
「あ、失礼、報告だけ先に入れさせてください」
≪≪≪はい!≫≫≫
サトゥーは通信機を起動し、己の宇宙船を経由してシャーコへと通話要求を入れる。
数コール後、シャーコが応答した。
≪おぉサトゥー君、進捗どうかね!?≫
「要救助のアルタコ5名発見しました。全員無事です。これから私の船まで連れて行って保護します」
≪おほー報酬! じゃない、流石はサトゥー君だ! 最後まで気を抜かずに頼むぞい! おっほー!≫
「あ、はい。ふー……」
通信を終え、溜息をつくサトゥー。
≪戦士サトゥー、どうかしましたか?≫
「あ、いえ何でもないです。では私の船まで戻りましょう!」
≪≪≪はい!≫≫≫
「はぐれない様に一列になって、はい、ピッピ! ピッピ! ピッピ!」
「「「チッチ! チッチ! チッチ!」」」
先頭を行くサトゥー。それに続くアルタコ。
引率の先生とそれに続く小学生めいていた。遠足かな?
その時、サトゥーの元に通信要求が届く。
シャーコからだった。
「失礼、また通信を……はい、サトゥーです。何かありましたか?」
≪おぉサトゥー君。今、
直前に行った通信により、ガントレットに自動保存されていた情報――ガジェット類の使用履歴等――がシャーコの元へと送信されていた。
それにはスキャン情報等も含まれる。
≪――その遺棄船、内部にゼノザードが居るようだのう≫
「はい。恐らくはガショメズの密輸船で、運ばれていたブツの生き残りあたりだと思うのですが……何とかやり過ごせそうです」
≪カラーテ、出来んか?≫
「……は?」
≪いや、カラーテ。君の。
それでこう、アルタコの見ている前で、ゼノザードをドカーンと! そうしたらウケが良いと思ってな!≫
「え、いや、あの、受けとかじゃなくてですね、遭難した人を助けてですね、それで今連れ帰る途中でですね、どうしてわざわざ寝てるものを――」
≪とにかく! カラーテ! カラーテやるの! 盛り上がるから! 頼んだ! じゃ!≫
「ジャじゃねぇ! おいコラ! 待てコラ!」
途切れる通信。呆然とするサトゥー。
いぶかしんだアルタコに尋ねられる。
≪戦士サトゥー、何か問題が?≫
「え、あ、問題……えーと」
サトゥーは回答に迷いながら、チラリとアルタコ達の装備を盗み見る。
対環境スーツに視覚補助メガネ、扉の溶接に使用したであろう万能ツール等、小物が少々。
壁越しのスキャン能力が無いであろう事を確認してから――
「……進路上にゼノザードが居ますねぇ!」
≪えー!?≫
――サトゥーはシャーコの指示に従う事にした。
NOと言えない日本人(前世)。
安全で安定した日々を目指すサトゥーにとって、周囲からの信頼と協力は必要不可欠。
特に氏族長からのソレ。
もしソレが手に入るのなら、嘘を付かないだとか、依頼者に誠実だとか、そんな事よりカラーテだ!
「障害を排除します! プラズマキャノン起動!」
サトゥーはウェポンシステムを立ち上げ、左肩のプラズマキャノンを準備。
拡張現実上に投影されているゼノザード群に、レーザーサイトを視線誘導で重ねてロックオン。
エネルギーをチャージして十分に威力を引き上げてから――
「発射!」
――プラズマ弾を射出する。
放たれたそれは目の前の直線通路を飛翔してから、最初の曲がり角で急激にターン。
既に船内スキャンによって判明している内部構造から最適な弾道計算は済んでおり、設定された経路に従いプラズマ弾は右へ左へカーブしながら目標へと向かう。
寝ているゼノザードをわざわざ攻撃する為に放たれたそれは、巣と思しき空間に飛び込むと大爆発を起した。
≪≪≪キシャアアアア!?≫≫≫
群れの殆どが爆発で粉砕され、飛び起きた数匹が慌てた様子で巣から飛び出してくる。
その数5匹。
≪≪≪シャアアア……≫≫≫
ゼノザードには眼窩が無く、視覚を持っていない。
代わりに後頭部が大きく突き出しており、ここに複数の感覚器官を備える事で鋭い知覚能力を有している。
それが離れた場所にいる外敵――この事態を引き起こした――を捉えた。
≪≪≪シャアアアア!!!≫≫≫
巣を攻撃されてブチ切れた5匹のゼノザードが、サトゥー達目掛けて猛然と走ってくる。
その様を眺めながら、サトゥーは2発目の射撃準備に入った。
「1発目が着弾しました! 巣を破壊! 残敵が接近! 2発目をチャージ!」
≪せ、戦士サトゥー! 頑張ってください! 頑張る事が可能です!≫
しかし今度はプラズマキャノンの威力を任意操作し、最低出力にする。
発射されたそれは、ただの火花に近かった。
先ほどとは違い、プラズマ弾が飛び出さなかった事にアルタコが驚く。
≪エネルギー兵器が期待している動作を不履行しました! この結果は私達を不安にします!!≫
「えーと、申し訳ありません。プラズマキャノンが故障したようです」
≪≪≪故障!≫≫≫
悲鳴を上げるアルタコ。
凶暴な特定星系外生物を前に、護衛役の武器が壊れたというのだから当然の反応だった。
そんなアルタコの前で、サトゥーはポーズを取る。
足を開き、腰を落として半身に。
両拳を握りこみ、左腕は引いて脇を締め、右腕は手の甲を上に向けながら斜め下に伸ばす。
空手の構えだった。
そしてあえて落ち着いたトーンでアルタコに語りかける。
「ですが……ご安心ください。実は私、何を隠そう……プレデター空手の使い手なのです」
≪≪≪プレデターカラテ?≫≫≫
知らない単語に一斉に首(?)を傾げるアルタコ。
しかし、その内のひとりが大きな反応を示した。
≪カラーテ!? まさか、あのカラーテですか!?≫
≪何を知っていますか!? 情報の共有が必要です!!≫
≪カラーテはヤウーシュ族に伝わる、一子相伝の伝説的な英雄的マーシャルアーツです! それは最強だと言われています!≫
≪何と!≫
≪スゴイ!≫
≪そ、そうなのですか!? 戦士サトゥー!?≫
「え、あの、えと……」
空手の構えを取ったまま、サトゥーが固まる。
サトゥーは何度か衆目の前で空手を使用した事があった。
その結果『カラーテ使い』としてある程度、認知されている。
だがそれは噂となり、話に尾ヒレが付き、背ビレまで付いて、巡りめぐってアルタコの元まで辿り着いているらしかった。
噂を否定して、不安を感じさせるのも気が引ける。
面倒になったサトゥーは肯定する事にした。
「……はい」
≪≪≪スゴイ!!≫≫≫
「「「キシャアアア!!」」」
≪≪≪出たー!?≫≫≫
サトゥー達の居る長い直線通路に、遂にゼノザードが辿り着く。
曲がり角から姿を現したそれらは、壁や天井に張り付きながら猛然と走り寄ってきた。
「ここに居てください!」
サトゥーが即座に迎撃に出る。
アルタコをその場に残し、ゼノザードに向けて突進するサトゥー。
彼我の距離が詰まる。
(まぁ実のところ……)
「キシャアアアア!!」
先頭のゼノザードが跳躍すると、サトゥーに向かって飛び掛かる。
応じる様にサトゥーも飛び上がると、ゼノザードの顔面に飛び蹴りを叩き込んだ。
「プレデター空手! イヤァァァーーーー!!」
ボバンと音を立て、蹴られたゼノザードの頭部が弾け飛ぶ。
(戦闘ですら無いんだけどね……)
サトゥーの体は今、対環境バリアと同時に並列起動した防御用バリアによっても守られていた。
完全に戦闘用のそれは宇宙船からの砲撃にすら耐える代物であり、如何な特定星系外生物とは言え爪や牙で貫けるものでは無い。
同時にそれを身にまとった状態で繰り出される蹴りやパンチは、受ける側にとって致命的な破壊力になっている。
完全に安全で、一方的な蹂躙。
本来それはヤウーシュの嫌う唾棄すべき行為だが、サトゥーは今そんな事まったく気にしない。
大事なのは氏族長からの得点だった。
カラーテだ……カラーテをするのだ!
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