第3話「お任せください」
中級戦士サトゥーは不思議なヤウーシュだった。
ヤウーシュは本来、体の大きさがそのまま戦士としての強さに直結する。
堅牢な外骨格を有するが故に、
そして武器や兵器を使った戦闘よりも、腕っ節の強さに重きを置くヤウーシュ世界において、最終的には相手に対峙して正面から肉弾戦を挑んでの勝利が、何よりも戦士としての資質として評価された。
そんな評価基準にあって、体の小ささとは絶対的に不利な要素として立ちはだかる。
体が大きければ、強い。
体が小さければ、弱い。
単純で、しかし覆しがたい生まれ持った素質、才能の差。
体が小さいヤウーシュとは、その殆どが下級戦士として低迷し、やがて表舞台から消えていく定めにある。
「しかし、こやつは違った……」
サトゥーの来歴ページを閲覧しながら、シャーコがひとりごちる。
「……そう言えば、戦士登録の初日に騒動を起したのはサトゥーだったか」
ヤウーシュとして成人し、戦士として始めて下級に登録された日。
サトゥーは登録所でいきなり、中級戦士に因縁をつけられた。
それ自体はよくある、
しかし結果はそうでは無かった。
体の小さい、経験も無い下級戦士が、中級戦士を投げ飛ばし、叩きのめし、勝利して見せたのだ。
「確か『カラーテ』と言ったか」
当人の弁によれば『カラーテ』なる珍妙な技法によって
喧嘩を売られる事は無くなったし、女性人気も高くなった。
そして何より――
「丁寧な仕事振りに、高い顧客満足度!」
――ヤウーシュの若手としては、有り得ない程に真面目であり。
護衛任務を途中で放り出さないし、輸送任務なら運搬物資を紛失しない。
加えて毎日コツコツと着実に仕事をしてくれる。
収支問題に頭を悩ませるシャーコから見て、非常に助かる『優良な』戦士だった。
「……こやつなら、この仕事を成功させてくれるやも知れん!
いや、こやつの方が適しておる! うむ、そうに違いない! キミにきーめた!」
偉大なる決定を下したシャーコは、サトゥーに対して通話要求を送った。
サトゥーの個人ページには『40連勤中』という謎の文字が赤字強調されていたが、残念ながらシャーコの目に留まる事は無かった。
◇
「やっと終わった……」
円盤型の宇宙船が一隻、宇宙空間を航行していた。
操縦席でぐったりとしているのは、ひとりのヤウーシュ。
2m超という身長は地球人と比べれば非常に大柄だが、ヤウーシュとして見れば小柄。
晒している醜い素顔も、凶相揃いのヤウーシュ達に比べればどこか愛嬌がある。
彼の名はサトゥー。
事故死した日本人・佐藤ユウタとしての前世を持っているヤウーシュ。
「あのガショメズどもめ……」
サトゥーはつい先ほどまで、銀河同盟を構成している五大種族の一角『ガショメズ』との取引をしていた。
しかしヤウーシュが狩りでの名誉を至上とする種族ならば、ガショメズは商売での利益を何よりとする交易種族。
恥も外聞もなくひたすら値引きを求めてくる取引は、サトゥーの精神を大いに消耗させていた。
と、そこへ取引相手のガショメズから再び通信要求が来る。
嫌な予感を感じながら回線を開くサトゥー。
通信画面に映し出されたのは、丸みを帯びた金属で全身を包み込むロボットのような相手だった。
顔面部分にはモノアイだけが埋め込まれており、それが赤く明滅する。
《サトゥーはん! やっぱりさっきの取引、あれアカンですわ!》
この台詞を聞くのは3回目だった。
前世日本人としての記憶や価値観を持つ特異なヤウーシュとして、同年代の中では驚異的な忍耐力や丁寧さ、真面目さを持つサトゥーではあったが、ものには限度というものがある。
説得に説得を重ねてようやくまとめた取引を蒸し返されて三回目、サトゥーはキレた。
「じゃかしゃアアアアア!! 今からカチこんでお前の事務所を灰にしたろうかコラァァァ!!」
《やっぱ適正でしたわ! ほな!》
切断される通信。
サトゥーは俯きながら眉間を揉み解した。
「はぁ……はぁ……疲れた……」
サトゥーの精神は若年のヤウーシュとしては理知的だったが、前世と比較すれば攻撃的になっている。
心は前世のそれを保ちながらも、ヤウーシュとしての色に染まっていない訳でない。
尤も事務所へのカチコミを実行しないあたり、他の若手と比べれば十分に冷静だったと言える。
他の若手なら実行してた。
「そう言えばもう40連勤か……俺はどうして異星人に転生してまで社畜を……うぅ……」
サトゥーの連勤には理由があった。
強ければ正義で、弱ければ悪であるヤウーシュ社会には、社会保障だとかセーフティネット等という
勿論、生活保護のような仕組みもないので、戦士としてやっていけなくなった時点で文字通り死ぬしかない。
例外は下級、中級、上級と昇格して、その先にある『特級戦士』にまで至った場合。
ここまで来れば偉大なる戦士として同族からは尊敬の念が、そして後進育成の為の安定した地位が手に入る。
体格と筋力で劣るサトゥーが、危険を上等として安全意識のアの字もないヤウーシュ世界で生き残る為には、勤勉さを長所としてひたすら実績を積み上げ、はるか雲の上にある特級戦士の地位を目指すしか無かった。
「いや、もう流石に疲れた……俺は休みを取るぞ! そして温泉に入るのだ!」
決意したサトゥーはコンソールを操作し、温泉地を探し始める。
余談ではあるが、ヤウーシュにとっての温泉とは溶岩溜まりの事を指す。
灼熱の溶岩に体を沈め、古い殻とそこに住み着いている寄生虫を洗い落とすのがヤウーシュにとっての『溶岩風呂』だった。
その為、地表が溶岩で覆われているマグマオーシャン状態の原始惑星は保養地として人気がある。
「ど、こ、に、し、よ、う、か、なー?」
ウッキウキで有名な保養地を選んでいるサトゥーの元に、またしても通話要求が飛び込んで来る。
すわガショメズからのクレームか。
手早く回線を開き、怒鳴る。
「テメェいい加減にしろコラァァァーー!」
《サトゥー君、仕事を頼みたいのだが――》
「氏族長ォォォ!?」
通信画面に映し出されたのはシフード族の氏族長シャーコだった。
社長からの電話に開口一番『うるせーバカ』と言った平社員の気分だった。
「お、お疲れ様です! サトゥーです!」
《む、取り込み中だったか?》
「とんでもございません! 何でもありません! 何か御用でしたでしょうか!」
座席から立ち上がり、ペコペコとお辞儀するサトゥー。
実力主義であるヤウーシュ社会に
そしてシャーコは比較的サトゥーを評価してくれる良い上長だった。
《うむり、用というのは他ではない……サトゥー君、君に大口の仕事を任せたいのだ!》
体はヤウーシュ、心は日本人。
NOと言えないその精神。
「ハイ、ヨロコンデー!」
今は得点を稼がねばならない。
心を
《おぉそうか! いやー助かるわい! 君は頼りになるなぁ!》
「ハ、ハハーイ! オ、オマカセクダサーイ!」
その後、上機嫌なシャーコから必要な情報を受け取ると通信が終了した。
暗転したディスプレイに写りこむ己の顔。
その醜い顔が、悔恨でさらに醜く歪む。
どしゃりとその場に崩れ落ち、頭を抱えたサトゥーが嘆いた。
「つらい」
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