佐藤ユウタはプレデターに転生したが異星人にモテても嬉しくねぇ

@nyupunyugu

プロローグ


「はぁ……はぁ……!」


密林の中を男が走っていた。

短髪で大柄の、筋肉質な白人。

男は何故か上半身裸で、その全身は傷と泥だらけだった。


「うわっ!?」


男は根に足を取られ、転倒する。

直後、後方から何かが飛来した。

輝く紫電の球体――プラズマ弾だった。

それは男の背を掠め、前方の大木へと命中する。

直後、大爆発を起して大木は粉砕された。


「……!」


その威力に瞠目しながら、男はゆっくりと振り返る。


「kurrrrrrrru……」


奇妙な顫動せんどう音を発しながら、それが姿を現した。


それは異形の化け物だった。

身長は約250センチで、シルエットは人間のそれと同じ。

しかしその体表は甲殻類を思わせる外骨格に覆われている。

金属質な民族的デザインのマスクを装着しており、そして明らかに地球上の生命体では無かった。


「おのれ……化け物め」


悪態を付きながら男は立ち上る。



男――シューノルド・アワルツェネッガーはCIAの特殊工作員だった。

中南米はベルバルデ共和国の麻薬シンジケート撲滅という密命を帯び、この地へはチームを率いてやって来た。

作戦そのものは順調だった。

密林に隠れ潜むシンジケートの麻薬密造拠点を見つけ出し、奇襲を掛け、殲滅する。

無事に作戦が終わる筈だったその時。


それが現れた。

地球上に存在しない未知の生命体。

そしてそれは驚くべき事に、人類を凌駕する科学ガジェット群を装備していた。

圧倒的な破壊力と連射力を持っているプラズマ銃。

例え機関銃の弾を撃ち込んでも防いでしまうバリア発生装置。

自身の体に周囲の光景を映し出す事で、己の存在を視覚的に隠蔽してしまう光学迷彩。


それらを駆使した圧倒的な戦闘力を前に、シューノルドのチームはひとり、またひとりと斃されていった。

旧友のウェザースも、不死身のデュークも、恐れを知らぬ戦士ランダムも。

幾つもの修羅場を潜り抜けてきた精鋭中の精鋭が、何も出来ずに――。



今や装備も全て失い、ただひとりシューノルドだけが残されている。


シューノルドの目の前に現れた化け物が、おもむろにマスクに手を伸ばす。

そしてゆっくりとそれを取り外した。


「何て……醜い顔なんだ……」


思わずシューノルドが呟く。

顔の造形は人間のそれと似通っていたが、唇がなく、代わりに顎には二対四本の牙がX字に生え、節足動物のそれの様に独立して可動していた。

声帯が無いのか、喉の奥からは低い顫動音だけが聞こえてくる。

まさにカニの化け物とも言うべき風貌だった。


「Guruaaaaahhhh!!」


恐ろしい咆哮をあげながら、化け物が突進して来る。

プラズマ銃を撃ってこないのは余裕の現われか。


「来いよクラブ野郎! シラチャソースを付けて食ってやる!」


シューノルドは足元の木の棒を拾い上げ、化け物に向けて叩き付ける。

だが砕けたのは木の棒だけで、化け物は平然としていた。


「丈夫な殻だな、ママに買ってもらったのか? どわー!?」


悪態の途中に殴り飛ばされるシューノルド。

190cm近い筋骨隆々の体が面白いように宙を舞った。


そして始ったのは化け物による一方的な蹂躙だった。

殴り、蹴飛ばし、放り投げられる。

攻撃の一発一発が余りにも重すぎた。体格差が、筋力差があり過ぎた。戦いにならなかった。


「や、やめろ……来るな! 助けてくれー!」


シューノルドは戦意喪失していた。

泥に塗れながら、這う這うの体で草が生い茂る場所へと逃げ込んで行く。

化け物はそれをゆっくりと歩いて追いかけていった。


「ハァ……ハァ……!」

「Korrrrr……」


シューノルドの目の前に反り立つ小さな崖が現れる。

追い詰められた。これ以上逃げられない。


「うああーっ、来るなーっ!」

「……」


しかしその時、不意に化け物が歩みを止めた。

そしてその場にしゃがみ込むと、足元を確認し始める。


「何してる……俺はここだ! 殺してみろ!」

「……」


挑発するシューノルドを他所に、化け物の指先が1本の蔦を探り当てる。

それは草に紛れながら、地上から20cmの高さで横にピンと張られていた。


「どうした! 何してる! さぁ掛かって来い!」

「……」


化け物は立ち上がると数歩後ろに下がり、草むらを大きく迂回した。

そして再びシューノルドの前にやって来ると、その表情を変化させる。


「kurrrrr.....」


化け物の感情など分かる筈もない。

だがシューノルドにはその化け物がまるで、罠を看破してやったと笑っている様に見えた。


しかし――


「……そう来ると思ったぜ!」


――本当に笑ったのはシューノルドの方だった。

シューノルドは勢い良く腰を上げ、足元にセットしてあった木片を蹴飛ばす。

それはこの”最終決戦”に備えて用意してあった、『本命の罠』を作動させる為のトリガーだった。


縛り付けてあるロープに木片が引かれ、勢いよく頭上の枝の隙間へと吸い込まれていく。

そして代わりに落下してきたのは重さ数百キロの丸太だった。


「Guaaahhhhh!!!???」


それは化け物に直撃した。

草むらに張ってあった蔦のロープは、化け物をこの丸太の落下地点に誘い込む為のダミーだった。

鈍い破砕音と共に丸太の下敷きになる化け物。


「お、終わった……」


勝利を確信したシューノルドが崖に背を預け、その場にへたり込む。

体力と気力はもはや限界だった。

危うく意識を手放しそうになった、その時。


「kuuhh.....korrrrrrr......」


再び聞こえた化け物の顫動音。

シューノルドは我に返った。そうだ、まだ化け物に止めを刺していない!

最後の力を振り絞ってシューノルドは立ち上がり、傍らの石を持ち上げた。

大きく振り上げ、化け物に叩き付けようとして、手を止めた。


「Geaa……Gaaahhh……」


シューノルドが見下ろす化け物は既に死に掛けていた。

丸太の下敷きになり、胸部が大きく陥没している。

呼吸の度に口からは蛍光色の体液を吐き出し、ときおり苦しそうに咽ていた。


止めを刺すまでもない。

シューノルドは石を投げ捨てる。

気がつけば、化け物に問いかけていた。


「お前は一体……何なんだ……」


それは返事を期待してのものでは無かった。

自分の頭を整理する為の、独り言の様なものだった。

言葉が通じるかも、そもそも化け物に声帯があるかすらも分からない。


だが果たして答えは返って来た。


「オマエハ……イッタイ、ナンナンダ……」


ただのオウム返し。

通じていないのか、或いは答える気が無いのか。


おもむろに、化け物が左腕に装着しているデバイスを操作し始める。

無機質な電子音が響き、デバイスに表示されている7ゼグメント表示と思しき文字が変化、減少し始めた。


「……ハハハハハ……アーッハッハッハ!!」

「……!」


化け物が体液を吐き出しながら、大声で笑い出す。


反射的にシューノルドは走り出していた。

疲労困憊の体に鞭を打ち、全力疾走する。


――例えば、負けを良しとしないがそれでも及ばず敗れたとしたら?

――敵の手に掛からない為の、あわよくば敵を道連れにする自決用の装備があったとしたら?


程なくして、閃光が周囲一体を飲み込む。

遅れて爆風が駆け抜け、密林の全てをなぎ払っていった。



「な、何だよありゃあ……!」


近くの空を飛んでいたCIAの回収ヘリコプターが目撃したのは、ジャングルから突如として立ち昇った爆発によるキノコ雲。

ヘリは爆心地へと近づき、吹き降ろす風で立ち込める黒煙を吹き散らしていく。


その中から姿を現したのは、ただひとり生還したシューノルド・アワルツェネッガーの姿だった。

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