第35話 夢と中野真由の戦い。

注文を済ませると、提供までの間に「不思議。いつもは私も皆と同じ制服を着て、汗をかいて働くのに、今日はお客様で明霞くんといられてる」と言って明霞と手を繋ぐ夢。


「今度の検定試験でいい結果が出たら、お祝いしたいしご褒美あげたいな。なんでも言って」

未だに夢の美しさに目を奪われる明霞は、恋の顔が思い浮かびながらも、お祝いとご褒美にはよからぬ考えが出てしまう。


それを見透かすように、夢が「なんでもいいんだよ。明霞くんならなんでもいいの。2人で泊まりの旅行とか行こうか?」と言う。


それは弟分として?

偽装交際でもそこまでするの?


そんな事を思っている時、愚かにも中野真由は最悪の選択をした。


本来、面倒な客相手にはかえってキチンと振る舞って、さっさと満足してもらって退店してもらう。

同僚がいればその客を任せて、自分はその場を離れる。

下手に喧嘩を売って拗らせるなんて下の下の愚行なのに、あえて提供ミスをした。


夢も、別に構わない。同僚だからと不問にして、「お客様にはしないでね」と言って笑顔で済ませる事も出来るが、夢は明霞といて気が大きくなっていた。また好戦的な顔になると、持ってきた中野真由に間違いを指摘した。


中野真由はサラダとドレッシングとミックスグリルを間違えていた。わざと入力ミスまでして伝票上は間違っていない。


「伝票通りだし、アンタが言い間違えたんじゃない?男といて浮かれてるんだし」


同僚であろうが今は客と店員だし、他の客もいるし見られている。

しかも中野真由の聞き間違いなのは、近くの中立派も聞いていたので証言もできてしまう。


そこを持って中野真由の態度は接客業としては最低最悪のものだった。


険悪な空気に客席はざわつき、遅番のホール社員が飛んできて状況を確認し、相手を見て夢だと気付くと少し安堵したが、思い通りの展開にはならない。

事情を聞いて裏にメニューの確認をして、目撃証言なんかから中野真由の間違いを知った上で謝ってきて、穏便に済ませようとしたのだが、夢はホール社員に向かって「沢山さん、いち従業員としても中野さんの間違いは問題だと思うし、確認にも行かずに私が悪いと喧嘩腰で決めつけた。それに皆が見ていた通り、私はキチンと注文しました。どうするんですか?」と聞いてしまう。


沢山と呼ばれた社員は、正直勘弁してほしい気持ちだった。

すでに今日は店長が不在で、田所中野コンビと仕事をする訳で気が重い。現に店に出るまでの間に、中立派の子から「キッチンに田所さんいらねっす」、「それならホールも中野いらねっす」なんて言われていて、「そう言わないでよ。戦力だよ?年末商戦もあるんだから仲良くしてよ」なんて気を使ったのに、ホールに出てくれば中野真由は、もうすでにトラブルを起こしていて、この騒ぎに田所は我関せずで「じゃ、メシ食ってくるんで」と言って休憩してしまう。


トラブルメーカーの中野真由は不貞腐れた顔で謝る気はないし、夢の発言は間違っていない。


これが本社に届けば重大事案で大変なことになる。10日ぶりに休めた店長の為にもここは穏便に済ませたかった。


「中野君、お客様に失礼な口をきいた事を謝りなさい」


この言葉に中野真由はキレ散らかす。

もう客は面白いもの見たさで居残るか、さっさと食べてお会計を済ませて帰っていく。


地獄絵図の修羅場と化していた。


キレた中野真由は夢を指さして、「なんでアタシがコイツに謝んなきゃいけねえんだよ!アタシの覚を誘惑して、色目を使ってるクセに彼氏なんかと店に来てヨォ!」と怒鳴りあげると、明霞を指さして「コイツもコイツだよ!キッチンにコイツと同じ高校の奴が居るから聞いたけど、コイツはこの女の妹とも出来てて二股してるんだぞ!?」と言い放つ。


落とし所なんて誰にも見えない。

そんな中、夢は立ち上がると「私の明霞くんに謝って」と、それはそれは怖い顔と怖いトーンで言い放つ。


それは夢をバカにして、ナメていた中野真由を怯えさせるのに十分過ぎる迫力があった。夢はそのまま「妹?あの子は甘えてるだけ。私と明霞くんは両思いよ」と言うと、呆れるような顔で冷たく射抜く。


夢の視線にたじろぐ中野真由。


「田所君?飲めないって言った私に、無理やりお酒を飲ませていやらしい事をしようとしたし、私からしたら迷惑なの?わからない?まあ田所君が変な真似してくれたから、助けに来てくれた明霞くんと深い仲になれたから、そこには感謝してるわ」


この言葉が出てしまって、ホール社員の沢山はまた血の気が引いた。

客席で他の客の目がある中で、未成年の夢に飲酒をさせた事が広まったら大変な騒ぎになる。


周りから噂レベルでは聞いていたが、本人たちには聞かず、真実には触れないようにしていた。そうする事でグレーな出来事で片付ける大人の理屈で不問にしていたのに、中野真由は薮をつついて蛇を出してしまっていた。

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