ヒロの青春 参 美少女探偵 犯人を割り出す
7
「ヒロ先輩!」
と、明るい、弾けた声がヒロの背中にかけられた。図書館の隅の席で、ミステリーの評論を書いていたヒロは驚いて、鉛筆を転がしてしまった。自分のことを『先輩』と呼ぶのは、『元・美少女』のカオルしかいないはずだった。しかし、今の声は……?ヒロはゆっくり振りかえった。
「ス、スズカちゃん……!」
そこには、笑顔がこれ程似合う娘はいないと思う少女が、小首を傾げて、ヒロを見つめていた。
「ゴメンなさい!ミステリーの執筆中だったんですね?」
そういった少女は、天使のような光を発している、とヒロには見えたのだった。
(こんな、アイドルみたいな可愛い娘が、僕に惚れて、ラヴ・レターをくれた、なんて……、奇跡だ!夢のようだ……!)
「い、いや、単なる、評論だよ!誰かの評論を少しだけ変えて、載せればいいんだ!それより、僕に何か用かい……?アッ!」
用事があるとすれば、手紙の返事のことしかない、と、途中で気がつく。
「そうですよ!まだ、返事をもらってないんですけど……?あれ、読んでもらえましたよね?お忙しいでしょうけど……」
「あ、あれね!うん、読んだよ!うん、感動した!それで、返事を書こうと……、でも、同人誌の執筆と締め切りがあってね!」
ヒロは咄嗟に嘘をついた。そして、視線を外してしまった。
「ふふふ、先輩!嘘が下手ですね?まだ、読んでないんですね?」
と、スズカは微妙な笑顔でいった。ヒロはそれを嫌われた!と誤解した。
「ご、ゴメン!ぼ、僕、女性から……、直接、て、手紙をもらったこと、なくて……、封を切るのが、その……、もったいなくて……、大事な宝物にするつもりで……」
自分でも何をいっているのかわからないほどの『言い訳』をヒロは口にしていた。
「それを、不良に盗られたんですね?」
と、スズカは小声でいった。
「え、ええっ!な、何故?それを……?」
「シィッ!周りの人が見ていますよ!静かに話さないと……」
「ああ、ここは、図書館だった……」
と、ヒロは少し冷静になれた。
「実は、ミキ先輩がわざわざ、演劇部の練習中にわたしを訪ねてきたんです……」
と、スズカは今日の出来事を語った。
「ミキさんが……?君を……?あっ!まあ、座って話そう……」
ふたりは、図書館の机の前に立っていたのだ。周りを気にしながら、並んで椅子に腰をおろした。
「話を訊きました!ヒロ先輩!大変だったんですね?でも、不良四人から、ミキ先輩を身体を張って守るなんて、凄く格好イイです!ミキ先輩、『ヒロ君に惚れちゃいそうだけど、わたしに任す!』って、変なこというんですよ……?」
「へ、変なこと?……だね!」
「一緒に来ていた、みどり先輩が、わたしがヒロ先輩に渡した手紙を封を切る前に、その不良たちに盗られた、って教えてくれたんです!」
「ああ、ミキさんと、みどり君は、親友だからね……」
「それで、みどり先輩が手紙をもう一度書いて、ヒロ先輩に渡してくれないか、っていうんです!あんな手紙、捨てられたっていいんです!かえって、ヒロ先輩に宝物扱いにされたら、恥ずかしいくらいですから……」
「い、イヤ、僕にとっては、本当にかけがえのない宝物なんだ!」
「ええっ?ヒロ先輩、わたしのこと……そんなに……?」
「ああ、す、好きだ!大好きだ!僕と付き合ってください!」
ヒロは急に立ち上がり、深々と頭をさげた。
(ヒロ先輩!何か誤解しているわ?あの手紙、卒業生を送る会で、演劇部が演じる『ミステリー劇』の──アガサ・クリスティの『検察側の証人』のような──台本の執筆依頼だったのに……)
8
「これが、三高の顔写真付きの名簿ね!全校生徒数、約千人弱か……」
マサが三高の友人のヨシトから預かった名簿を、ちゃぶ台に並べてオトがいう。
「この中から、四人を探すなんて……。まあ、男子生徒だから、四百八十人くらいだそうだ……。1パーセント以下だな!」
「でも、ヒントはあるわ!四人の体型と、変名だけど、通称が、ね!」
「タケシとケンジ、カンタにシンタだ!それがヒントになるのか?」
「まったく、関係のない名前をつけて、お互いを呼び合うことはないはずよ!好きなタレントの名前とか、似ている有名人とか……。そうでなければ、本名から、とっているはずよ!」
「本名から取る?ああ、いわゆる、『アナグラム』ってやつか?マサオをサモアって言い替えるやつだね?」
「そう!四人とも三文字ってところが、ミソよね!」
そういいながら、オトは二年生の名簿を捲っている。マサが、四人が二年生だと思う、といったからだ!その勘を信じている。
「タケシとケンジはよくある名前だね?カンタにシンタは少ないだろうけど……」
と、マサは一年生の名簿を捲っている。
「その名前の生徒は、該当者ではないわ!本名は名乗らないから……」
そういいながら、オトは二年3ホームの生徒を眺めている。
「ほら、ここに『ケンジ』がいるわ!背が低いかもしれないけど、対象外ね……」
次の4ホームに移った。
「あっ!珍しい名前だ!」
と、急に大きな声を上げた。
「珍しい名前?」
「うん、『ケンヤ』って姓よ!」
「『ケンヤ』?どんな字だ?」
「剣(つるぎ)に屋根の屋よ!『つるぎや』じゃなくて、『けんや』よ!木下と小松の間だから……」
「剣屋か……、祖先が刀剣屋をやっていたんだろうね?でも珍しい姓は、この際関係ないよ!」
「それがあるのよ!」
「ええっ!なんで?」
「姓はケンヤ、名前はジロウよ!」
「おや、名前はありふれているんだね?」
「何、バカなことをいってるの?ケンヤのケンと、名前のジロウのジを足せば……?」
「ケン、ジ……?ええっ!チビのケンジだっていうのか……?」
「うん、よく、姓と名前を縮めて呼ぶことがあるじゃない?榎本健一は『エノケン』、伴淳三郎は『バンジュン』、坂東妻三郎は『バンヅマ』、横田順弥は『ヨコジュン』……」
「ああ、推理小説作家たちは、江戸川乱歩が『エドラン』横溝正史は『ヨコセイ』と呼ばれているらしい……」
「だから、そんな変名だと考えたの。でも、ケンから始まる苗字って少ないでしょう?四人の名前が三文字だから、最初の二文字が姓で、名前の最初の一文字が三文字目だと思っていたのよ!」
「なるほど、タケシはタケなんとかの姓で、シから始まる名前、ってことだね?」
「ええ、剣屋の後に『武井慎一』っているわ!木下の前には、『神部辰彦』、剣屋と武井の間には、『新階太一』……」
「タケ・シにカン・タ、そして、シン・タだ!」
「写真の顔も『神部辰彦』は太っているみたいよ!ドリフターズの『高木ブー』に似ているわ……」
9
「二年3ホームのケンジは、優等生ではないけど、真面目人間で、眼鏡をかけていて、友達も少ないってことね?じゃあ、対象外?」
一高の二年G組の教室で、ユリの苛立ちの声が響いた。
「二年3ホームのノッポとデブを調べたけど、クラブ活動をしていて、アリバイがあったり、誰ともつるんでいない奴ばかりだったよ!ついでに、1ホームと2ホームのノッポを当たったけど、結果は同じだった。ノッポは、何らかのクラブ活動をしている輩が多いんだ!」
と、ケンがいった。残念なことに、4ホームには、手が回っていなかったのだ!まあ、調べていても、『該当なし』の結果になったかもしれない。
「もう四日よ!ヒロたちが先に見つけてしまうわよ!ケン!こうなったら、全クラスのノッポの行動記録を調べるのよ!」
「誰が?ひとつのホームを調べるのに、半日以上かかるんだよ!しかも、先輩、後輩がいないホームもあるし、そこまで協力してくれる人材は少ないよ……」
「役に立たないのね!いいわ!あなたに頼んだのが間違いだったようね!不良のことは、不良に頼むべきだわ!」
「不良に頼む?」
「そうよ!ツバサは謹慎中だけど、あいつは桜井たちと協定を結んでいるのよ!桜井も謹慎しているけど、仲間が使えるわ!それに、『女タラシ』の丸山もそのグループに関与している。事件の当事者だから、ちょうどいい、協力してもらいましょう」
ユリの計画に、ケンは反論できなかった。しかし、ケンは優等生の部類なのだ!そんな連中と関わりたくない。三年生になったら、生徒会長に推薦してもらうつもりでいる。そのために、現在の生徒会長の、ご機嫌とりもしているのだ。
(これ以上、この件に関与するのは、危険だな……。ユリとも、もうお仕舞いだ!たぶん、三年のクラス分けで、ユリはワンランク下のクラスになるだろう……。たいした美人でもないし、ここらが、潮時だな……)
一高の三年生のクラス分けは、公にはしていないが、国公立の難関大を狙える、上級クラス、私立有名大学を受験する、科目を絞っている生徒などで分けられる。ケンは一応、国公立の難関大を狙っているから、おそらく、G組になるだろう。ユリは、そのふたつ下のランクのようだ。しかも、内申書の点数を減点される、と訊いている。優等生の自分には、ふさわしくない女だ!と、ケンは勝手に判断していた。反対に、自分がユリのステイタスを上げるためだけの付き合いとも知らないで……
「じゃあ、わたしは、桜井の仲間のシンゾウに連絡するわ!ケンは引き続き、三高に通っている知人を動員して、四人の正体を探るのよ!しっかりしないと、次期生徒会長の座をマサに取られるよ!最近、マサの人気が、女子生徒の間で、急上昇しているのよ!ヒロだって、『オクテ』から脱却しそうなんだから、成績優秀だけのあなたには、女子の票は集まらないわよ!わたしが根回ししない限りは、ね……」
「ま、マサなんて、マグレで十番代にランクインしただけだよ!生徒会長の器じゃないよ!人気投票とは、違うんだ……!」
そう言い切ったが、ケンは、かなり焦っている。そうだ!ユリの持っている女子生徒の票の重要性を忘れていた。生徒会長は、人気投票ではない、それは確かだが、実際、選挙となれば、女子生徒は、見た目で判断する──かもしれない──のだ。
マサは、かなり手強い!──まあ、立候補はしないだろうが、みどりやルミが推薦する可能性はあるし、自分に反発しているクラス委員が、担ぎ上げるってことも考えられる──この前の文化部の発表会のヒロと組んだ漫才は大好評。校長先生を初め、かなりの教師からも好印象、好評価を受けている。ユリの後援がなくなれば……。勝ち目はない!
(仕方ない!生徒会長になるまでは、こいつとの縁切りは我慢して、少し距離感をもって付き合いを続けるか……)
(役に立たないけど、生徒会長に一番近い男だからね!わたしの浮気──男遊び──のカムフラージュには、『もってこい』の男なのよ、ね……)
10
「ケンとユリが、三高の不良たちを探っている?それが、どうも、この前のミキさんにちょっかいを出した四人組のことらしい、というのかい?それを何故、君が僕に教えてくれるんだ?丸山リョウマ君……?」
校門を出て、図書館へ向かったところで、マサは声をかけられた。それが、ほとんど面識も接点もなかった、『女タラシ』の丸山リョウマだったことに、まず、驚いた。そして、内緒の話だと、訊かされた内容が、なお、驚きの話だったのだ。
「お前たちには、借りがあるからな……」
と、リョウマはポツンといった。
「借り?金を貸した覚えはないよ?」
「ふざけるなよ!漫才をしているんじゃないんだ!お前、見かけと違って、かなり、天然だな?吉本でも行け!さんまか、シンスケくらいになれるぜ!」
「漫才か……、確かに、あの舞台はクセになりそうだね……。吉本に行く気はないけどね、もう一回くらいは、やりたいよ……」
「けっ!話を脱線させるなよ!俺は漫才の相方じゃないぞ!この前の校長室で、ジャイアンの娘を孕ませたのは、俺じゃなくて、ツバサだといってくれただろうが……!俺は、自分じゃないことはわかっていたんだが、ツバサの所為にはしたくなかったから、噂に対して、否定はしなかったのさ。だが、ジャイアンの前で、俺がやったとバラされて、孕ませたのも俺だと決めつけられたら、言い訳できないところだった。今更、孕ませたのは、ツバサだ!なんて、俺がいったところで信用してもらえないし、俺のプライドがそれを許さなかっただろうから、な……。みどりとルミがカマをかけて、ツバサの自白を引き出してくれたおかげで、俺は、罪一等、許されたんだ!3日間の自宅待機。停学には、ならなかったんだ……」
「松坂先生の娘さんに、性的な暴行をしたのは、ツバサ君だけ。君はその段取りをしたんだね?娘さんは、レイプされたようにいったけど、実は、君の誘いに乗って、異性行為を経験したかったんだってね?彼女の従姉って三年生は、父親が警察官で、僕の親父とごく親しい間柄なんだ!その従姉には、本当のことを話したらしい……。君は、女性に対して、魔法の薬を持っているみたいだね……」
「ああ、魔法の香水を持っている……、いや、『いた』って過去形だ!その香水を差し出して、罪一等減刑にしてもらったのさ……!ハゲタカの奴、あの香水を使って、キャバクラの姐(ねえ)ちゃんを口説くつもりだぜ!あの頭じゃあ、魔法の香水でも、無理だろうけどな……」
「君の、その容姿とセットでなければ、魔法の効き目はないんだね?」
「まあな……だから、『女タラシ』も卒業さ!」
「でも、ミキさんと、あの公園でデートしていたんだろう?ミキさん、もう君には、堪忍袋の尾が切れた、はずだよね……?」
「ミキは、俺の心の支えさ!女はあいつに始まり、あいつで終わるんだ!お前には、わからない心の葛藤だな!俺は、ずっと浮気をしているんだ!だけど、あいつだけは、浮気じゃなくて、本気なんだ!俺の最初の女は……」
「ミキさんだったのかい?」
「いや!あいつの姉貴だったよ!しかも、その場面をあいつに見られたんだ!あいつの姉貴が仕組んだ罠だった……。それだけじゃない!その2日後、俺は姉貴に呼び出された。ミキの家に行くと、いいものを見せてあげる、って言われて、二階の部屋に案内されたんだ……。その部屋で、ミキは、ふたりの男を相手にしていた……。あとでミキに訊かされた。姉貴の男友達がいきなり部屋に入って来て、無理やり……だったそうだよ……」
「ひどい話だね……その姉貴って人は……」
「天罰が当たったのか、その一週間後に、ふたりの男友達とバイクでツーリング中に、トラックと正面衝突して、後部座席の姉貴も運転していた男も即死だったそうだ……!もうひとりの男も、事故に巻き込まれ、下半身をひどく損傷して、車椅子生活と、半分記憶喪失のような人格になったそうだ……」
「それは……間違いなく、天罰だね……」
「残された、俺とミキは、その記憶を背負って、か、ぶら下げて、生きていかなければならないのさ……。まあ、腐れ縁だ、な……」
「君は……ミキさんが好きなんだね?ミキさんは……君が好きなんだ……」
「さあ、よくわからないな!あいつと俺の仲は……そうだ!ヒロみたいな『大オクテ』に、ミキが惚れて、そいつがミキを抱いて、女の喜びを教えてやるしかないな……!俺は、そいつを期待しているのかもしれない……お前かヒロが、ミキを救ってくれる、って……」
「無理だね!僕もヒロも、ミキさんを抱けないよ!ミキさんを救えるのは……、たぶん、君だけ、だよ……」
「けっ!やっぱり、『大オクテ』だな!お前に話した、俺がバカだったよ!俺じゃあ、ミキは救えないんだ!俺は、ミキの前では、男になれないんだ!立たないんだよ!ここまで話す必要もなかったな……!じゃあな!借りは返したぜ……!」
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