第56話 祭の力とスキル

 全身を凍りつかせ身動き一つすることが無いボルケルキオス。

 その生命活動は完全に停止しており生き物でいう心臓にあたる器官はその脈動を止め、瞼は見開かれたまま閉じることは無い。 

 その姿は迫力があり過ぎる彫像のようで、今にも再び動き出しそうにも見えた。

 だがそれが動き出すことは無い。何故ならば身体の芯の、細胞の一片にいたるまで全てが凍りつき絶命したボルケルキオスは文字通りの彫像になってしまったからだ。


 そしてその彫像の、目線の高さと同じ程度の高さを浮遊する人影が一つ。もちろんそれは祭である。

 その身体の周囲を包む白い靄が、祭がこの空間における異常な冷気を生み出す原因であることを示していた。

 祭の周囲には白い靄が漂うと共に冷気によって凍った空気中の水分が光を反射してキラキラと輝きを放っている。その中に浮かぶ祭はさながら氷の女王のような風格を持ち、どこか幻想的な雰囲気を纏っていた。鋭利な冷たさの漂う視線が貫くのは彫像と化したボルケルキオス。だがその瞳の奥には隠し切れない食欲という熱量が宿っていた。


 その姿を見ていたアリスは、いやアリスだけじゃない。アンリも、同性であるアーサーとニコルでさえも目を釘付けにされた。祭のそんな姿から目を離すことが出来なくなり、呼吸さえも忘れる程に魅入ってしまう。

 寒いはずなのに自然と頬が熱くなり何もしていないのに体温が上がっていく。

 その隣に下層フロアボスの氷の彫像というもっと衝撃的なものがあるはずなのに、意識も視線も完全に祭に奪われていた。


 そんな祭は空中を滑るように移動すると、ボルケルキオスの彫像に触れる。

 するとその身体は祭が持つ収納袋の中に吸い込まれていった。後には何も残らない。ただ先程までは灼熱のマグマが燃え滾っていたのが、今や氷漬けの空間と化してしまっている、それだけだった。


「お待たせ~。下層のフロアボス討伐出来たよ~」


 アリスたちがその声にはっとしれ我に帰る。

 何事も無かったかのように、軽く散歩でもしてきたかのような空気で戻って来た祭の身体からはもう冷気は発せられていなかった。

 

「マ、マツリ――」


 アリスは何と声をかければよいのか分からなかった。

 ここに来るまでに接してきた祭と先程の氷の女王と見間違わんばかりの祭の雰囲気があまりにも違い過ぎて頭が混乱してしまったのだ。

 あの力は何なのか聞けばいいのか? 自分たちを巻き込むような攻撃をしたことを怒ればいいのか? 単に凄かったねと褒めればいいのか?

 そうしてアリスが言葉に迷っているうちに、最初に口を開いたのはアーサーだった。


「お疲れ様、マツリ。でも攻撃範囲はもうちょっと考えて欲しいかな? 危うく私達も氷漬けになるところだったんだよ?」


「すみません……ある程度範囲を絞るつもりだったんだけど、加減を間違えちゃって……」


「ふふっ、まあいいさ。面白いものも見れたしね」


 そんなやり取りを見ているとさっきまでとはまるで別人のように見えてしまう。

 しかしいつまでも硬直している訳にもいかない。そう思ったアリスも会話に参加する。


「そうだよマツリ、あんな凄い氷属性魔法を使うんなら事前に一声かけてくれないと! お父さんが防御フィールドを張ってくれなかったらアンリとニコルと一緒に凍傷になってたかもしれないんだから!」


「本当にごめんねぇ……前に使った時よりも自分が成長してるのうっかり忘れてて。ああそれから、さっきのは別に氷属性魔法じゃないよ」


「え……? あれって魔法じゃなかったの?」


「うん。魔法じゃなくてどっちかというとスキルに分類されるのかな?」


 アリスと、そしてアーサーは思った。これはもしかすると祭の強さの秘密を聞きだすチャンスなんじゃないか、と。

 ここまで祭と一緒に行動して分かったのは、祭がそこまで自分の能力を隠すことに頓着していないということだった。アリスは以前、祭の配信内で祭の強さについてスキルに依存した部分が大きいという話を聞いたことがあった。なお、その配信内でアリスがスキルについて尋ねた結果、返ってきたのは味覚鑑定という想像の斜め上のスキルだったが……

 ともかく今回の探索でもそうだが、祭は自分の力を出し惜しみしないし必要とあれば自分達の前であろうと躊躇なく使うタイプの人間のように思えた。

 とは言え、いくら祭がそういったタイプだろうと何の脈絡も無しに尋ねるのは難しい。であればこそのこのタイミング、という訳だ。


「マツリ、君さえよければさっきの力について聞かせてくれないかい? 私もてっきり大魔法を使ったものとばかり思っていたんだ」


 そう言ったアーサーだが、その考えは既に自分の中で違和感を持っていた。

 ここまで見てきた祭の戦闘スタイルは近接戦闘を主体としていた。もし先程の現象が魔法なのだとすれば、祭は自分と同等以上の近接戦闘能力を持ちながらそれに匹敵するような魔法使いであるということになる。

 無い訳ではないが、さすがにあまりの可能性の低さから内心で魔法ではないだろうと結論付けていた。


「いいよ。言った通りさっきのは僕のスキルによる力なんだ。といっても完全のそのスキルの力って訳じゃなくて――簡単にいうとモンスターの力を借りてるんだよ」


「モンスターの力を、だって?」


「うんっ。えっと――」


 祭の言うことはこうだった。


 自身のスキルは食べたモンスターの力を自分のものとして扱うことが出来る。例えば先程の力であれば、以前に食べた氷結系の能力を持ったモンスターの力を使ったと、そういうことらしかった。


「ただしこのスキルって食べたモンスター全ての能力を使えるわけじゃ無くて、ある程度ストックできる数が決まってて。基本的にはさっきの氷結系の力とか、割とよく使う能力をストックしてる感じかな」


「ふむ……常時ストックすることが出来る数というのはどれぐらいなんだい?」


「10個だよ。それ以上は出来ないし、今あるストックを変えるには欲しい能力を持ったモンスターを食べて、それと10個のうちのどれかを交代する必要がある」


「それは何とも……」


 例えるのならば複数のスキルを一つのスキルに押し込めたような統合型スキル表現すべき代物だった。簡単に考えるのならば、一つのスキルで更に10個のスキルを使えるようなもの。その上限を超えることは出来ないが、モンスター食材を食べることでその能力は随時変更することが出来る。

 ダンジョンに潜む多種多様なモンスターと戦う為にはとても魅力的なスキルだと言えるだろう。

 

「なるほど。君のそのスキル――ユニークスキルの類だね?」


「「「っ!?」」」


 アーサーのその言葉に祭を除く三人が驚愕に目を見開く。


「ユニークスキル、言葉通り唯一無二のスキルのことだ。まあ現実には非常に珍しいというだけで複数人が所有していることもあるが、君のそれは銀騎士の情報網でも聞いたことが無い。つまり……正真正銘、真の意味でのユニークスキルの可能性が高い」


「……前に千歳姉さんにも同じこと言われたなあ。僕のは他の誰も持っていないユニークスキルだって」


 祭が探索者になりたての頃、最初に発現したのがそのスキルだった。

 当時、祭の師匠的立場にいた叔母の千歳は祭の発現したそのスキルを指して今のアーサーと同じようにユニークスキルだ、と言い切っていた。


「やはり――ん? チサト? マツリ、君は今チサトと言ったかい? もしかしてそれはチサト・ヤサカのことだろうか?」


「えっ? た、確か千歳姉さんの名前は八坂千歳だけど……どうしてアーサーさんが知ってるの?」


「どうしても何も、世界中を旅する神出鬼没のSランク探索者チサト・ヤサカは色々な意味で有名だからね。私たち銀騎士も彼女のことを勧誘したことがあるんだよ。まあその時はすげなく断られてしまったけどね」


「ああなるほど、それで……」


「実は先日、チサトが日本にいると聞いてね。彼女に君を探すのを手伝って欲しいという旨の手紙を出したんだ。まああの依頼を受けてくれなかった場合の万が一の保険のつもりだったんだけど……それについても見事にチサトは断ってくれてね。そうか、君とチサトは姉弟だったのか!」


 取り合えず祭は自分の呼び方のせいで勘違いさせてしまった千歳と自分が姉弟であるという部分を訂正する。本人がこの場にいれば訂正不要と言ったかもしれないが、変な誤解は後々面倒になることを学んでいる祭はすぐに修正した。


「なるほど親戚……それにしてもチサトの親戚に君のような強者がいたなんて。その上ユニークスキル持ちとは。これは増々君のことを勧誘したくなったよ、マツリ!」


「勧誘ってアーサーさんのクランってこと? でもそれってアメリカにあるんでしょ? 僕まだ海外に行くつもりはないから遠慮したいんだけど」


「別に日本を活動拠点としてくれても構わないさ。日本にも我々銀騎士の支部はあるからね。一旦はそこに所属して暫くは日本で活動してもらい、気が向いたらアメリカの本部に来てくれるのでもいい」


「う~ん……でもやっぱりいいかな。アーサーさんも知っての通り、僕最近ダンジョン配信を始めたんですよ。そっちの活動が思っていたよりも面白くて、今はクランだなんだってやってる余裕は無いかな。それに出来ることなら自由にダンジョンに潜ってモンスター食材をじっくりと吟味してるのが一番だし」


 元々、下層に入る前。アーサーが正体を晒した時の時点でこの勧誘の話はされていた。そしてその時にも祭は一度、その話を断っている。

 理由は今言ったのと同じ理由だ。

 自由にダンジョンを探索し、モンスター食材を探す。そして最近面白くなってきているダンジョン配信を気儘に行う。それが今、祭がダンジョンに対して求めることだ。

 クラン云々の話は正直、煩わしいと思っていた。


「う~ん、やはりそう来るかい……仕方ない。今はこれ以上言っても気持ちは変わらないだろうから、ここまでにしておくとしようか」


「そうしてくれると嬉しいかな。今のところはあんまりクランとかに興味が無いから」


「ははは、それは残念だ。ところでマツリ、まだ一つ分からないことがあるんだが――」


「なに?」


「君、このダンジョンに入ってから一切身体強化をしてないだろう? 魔法しかりスキル然り。だがそれもユニークスキルだと考えれば私が分からなかったのも納得がいく。やはり、その膂力もそのスキルによるものなのかい?」


「ああ、これは違うよ。前に配信でも言ったことがあるんだけど一応は素の力で戦ってるよ」


「素の力……?」


 あの瞬間、アーサーは見ていた。

 あの巨大隕石が祭に衝突する瞬間、祭が冷気によって巨大隕石を覆っていた炎を消し去るとその拳でそれを粉々に粉砕したのを……

 仮にあの巨大隕石が急激な冷却によって脆くなっていたとしても、あの超質量を拳一つで一瞬でも受け止めるなんて芸当を成したのが……素の力?

 それは何の冗談だと、アーサーは思った。


「そうそう、魔力の籠った食材を多く食べてると自然と身体が鍛えられるんだよ。ああでもドロップアイテムはダメだよ? あれはモンスターからドロップアイテムになる段階でどうしてか魔力が抜けちゃってすっからかんになってるから」


「そ、それは事実なのかい……?」


「自分で経験済みだしね。だから探索者になったばかりの頃は、それで身体を鍛えまくったんだあ。普通は食べられる量に限度があると思うんだけど、僕の場合はさっきのスキルが作用して超高効率で魔力に変換してくれるから。人より効率よくそれが出来た感じだね」


「……」


「それにしても驚いたなあ。てっきり探索者って皆この方法で強くなってるものだとばかり思ってたから。千歳姉さんもこのやり方が普通じゃないって教えてくれればよかったのに――」


 その後、祭たちは深層域の第一階層のみを探索し、その日の探索を終了させ地上へと戻った。

 深層がどんな場所で、そこでどんな出来事があったのか……

 それはまだ当事者たちのみが知るところである。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

大変、大変遅くなりました……申し訳ございません。

こんな時間の投稿となってしまい……


という訳で、祭の能力は簡単に言えばモンスターの能力のコピーですね。

ちなみにこれを使って身体強化を使えばいいじゃん、と思われる方もいるかもしれません。

確かにその通りで、その辺りは祭自身が必要としてないというのが大きいですね。

前に配信内(45話)で素の能力だけで大変だ~みたいなことを語ってましたが、あれ実は本人は本気で大変だとは思ってません。あれです、別に大した作業なんてしてないのに額の汗を拭う仕草をするようなもんです。一応ストックの中には強化もあるので、よっぽどのことがあれば使うかも?ですね。

また同話でスキルを使って食べる~とか言ってるのは胃袋の容量のことです。美味しいものは沢山食べたいですからね~。まあでも普段から使ってると食費とかとんでもないことになりますし、モンスター食材の時にも食べ過ぎると強くなりすぎるので最初の頃以外は程々に止めてます。


そんな感じでまた次回の更新をお楽しみに~!!
















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