第36話 躍動する卵
鳳月先輩たちの無事の帰還を祝う兼料理配信が終わり、その後解散した僕等はそれぞれが家路についた。
「「ただいまー」」
僕もその足で家に帰った。もちろん一緒に外に出ていた千歳姉さんも一緒だ。時間は夕方と夜の間ぐらい。この時間帯は何処の家でも大体夕飯の準備を始めている頃だから、家の前とかを通ると外にしても良い匂いが漂ってくる。
かくいう家も玄関の外に立っていても食欲を誘う匂いがして思わずお腹を鳴らしてしまった。
父さんがこの時間に帰っていることは滅多にないので、家にいるのはもちろん母さんだ。というかご飯を作っている匂いがしているからすぐに分かるけど。
「あら、お帰りなさい。思ったよりも早かったのね?」
リビングに入るとキッチンの方からそんな声が聞こえてくる。
エプロンを付けて長い黒髪を後ろで束ねた女性――千歳姉さんの姉にして僕の母親その人だった。
「うん、特に何事も無く進んだし解散もスムーズだったから。それに夕飯に遅れる訳にはいかないからっ」
「うふふ、そうね。何の連絡も無しに何時間も遅れるとか朝帰りとかは……止めて欲しいわね」
「そ、そうだよね。気を付ける。そう言えば今日の夕飯は……何だろ? 魚?」
「そうよ。何か最近魚食べてなかったかも?って思ったから、今日は魚にすることにしたの。もうちょっと時間掛かるから待っててちょうだい。あ、それから千歳~。あなた宛てに手紙?が届いてたわよ。そっちにテーブルに置いてあるから」
「ん、ありがとー。わざわざ手紙で送ってくるなんて誰だろ?――」
どうやら母さんは魚の煮つけを作っているらしく、魚介系とそれから醤油の匂いが鼻を刺激する。確かに普段夕飯を食べている時間よりも全然早いので、まだ完成しそうには無い。
千歳姉さんも何か手紙を読み始めたので、僕も一旦部屋に戻って着替えることにした。
探索者としての装備というか防具類はダンジョンを出る時に外して来ているけど、それ以外はそのまま。それなりに汗もかいたし先にお風呂でも入っちゃおうかな?
そう思いながら自室の扉を開ける。
「あれ……?」
ふと部屋の中を見回した時に違和感に気付いた。
違和感というか、もっと言えば今朝部屋を出たときと部屋の中のものの配置が変わっているのだ。
例えば勉強机として使っている机の上。今朝だとそこに課題をやりっぱなしのまま放置していた教科書とノートが広げてあったはずだ。けれど今はそれが床に散乱している。また別のところでいうと本棚の本が何冊か落ちていたり、ベッドがぐちゃぐちゃになっていたり。
もし母さんが掃除の為に部屋のものを動かしたんだとしても、こんな状態で放置していくとは思えない。ということは母さんではない、ということになる。
千歳姉さんは時々僕の部屋に勝手に入ってくるときはあるけど、今日はずっと僕といたんだからもちろん違う。
「父さん――も違うだろうし、地震でもあったのかな?」
あと原因になりそうなものと言えば……そこでふと、ベッドの傍らに置いてある緑色の物体に視線がいく。
それは前に僕がダンジョンの宝箱から見つけた卵だった。
モンスターの卵と思わしきそれだったが、僕にはモンスターを育てた経験はもちろんその卵を孵した経験すら無い。なのでネットで調べた情報を参考に鳥の卵のように温めてみることにした。
とは言えさすがにあのサイズの卵に使える孵卵器は手に入らなかった。そこで千歳姉さんに相談して、卵が置いてあるクッションの周りに特殊な結界を張ってもらったのである。結界内の温度を一定に保つことが出来るその結界の中で一先ず様子を見ようと思っていたのだけど――
「……やっぱり動いてる、よね?」
クッションの上で、その卵は呼吸でもしているみたいに身体?を揺らしていた。うとうとと眠っているようにも見える。
これも今朝部屋を出る時には無かった光景だ。
取り合えず部屋に入って扉に鍵をかける。窓の方も心配だけど、さすがに卵が自分で窓を開けて逃げていくようなことは無いだろう。
ゆっくりとなるべく音を立てないように歩き、卵を間近で眺める。するとやはり、その卵はこくりこくりと動いていた。
「もしかしてこの部屋の惨状はコイツが原因なのか? でも卵がそんな風に暴れまわったりするのかな?だって卵だよ?……でも原因っぽいのはコイツしか心当たりが無いしなあ。それに何故か動いてるし」
そうして暫く観察を続けてもその場から逃げ出すような様子も別の動きをする様子も無い。卵のくせに本当に眠っているみたいだった。
なるべく刺激しない方がいいかな?と思いつつも好奇心からそっと卵に触れてみる。
「っ……」
すると卵に触れた途端に自分の身体から魔力が持っていかれるのを感じた。
犯人は間違いなく目の前のこの卵だろう。一旦手を離すと魔力は吸われなくなり、もう一度触れるとやっぱり魔力が吸われる。
「魔力を吸ってる……栄養補給みたいなものなのか。てことはもっと魔力を注いで上げた方が早く孵るってことかな。だったら――」
吸われているのは僕からすれば微々たる量の魔力だった。眠っている?みたいだから意識的ではなく無意識で行っている行為なんだと思う。無意識下でもこんな風に魔力を吸うんだからきっともっと魔力を必要としているはず。
そう思い僕は卵が魔力を吸う流れに乗せて、一先ずその倍ぐらいの量を流し込んでみることにした。
「……(びくびく)」
「お? 反応がある。もしかしてもっと欲しいってこと? なら今度は更に倍ぐらいで――」
「……(びくびくびく)!!」
「わぁ!!?」
少し反応があったので更に注ぐ魔力を増やそうとすると、卵が途端に大きく震え、そしてその場から飛び上がった。
その突然の動きに驚いて思わず後退る。
卵はクッションの上で何度も何度も飛び跳ねては、空中で回転したり回転の中に捻りを入れたりなど中々にアクロバットな動きを披露している。
それがどういう意味を持った動きなのか分からないけれど、何やら興奮しているのは間違いないと思う。
暫くの間、そんな風に飛び跳ねたりしていた卵だったが、ようやく落ち着いたのかクッションの上に着地すると今度は急に動かなくなる。いや、動かなくなったというかその場で細かく回転している。
本当に何をしてるんだろう……?
卵が何をしたいのか全く分からないまま、取り合えずその様子を観察していると動きが止まる。
「これって完全に卵なのに意識があるよね。もしかしてお前って卵じゃなくてその状態がまんま本当の姿のモンスターだったりする?」
ダンジョンに現れるモンスター、その種類は本当に多岐に渡る。地球にダンジョンが出現して何十年も経っているのに、未だに新しいダンジョンや新しいモンスターが発見されることからもそれが分かる。
少なくとも僕の知識の中にはこんな姿を持ったモンスターはいないけど、可能性としては十分にあり得る。だとすれば卵を孵す云々以前の話だ。
「あ、いやでも鑑定で調べた時はちゃんと卵って出たんだっけ? ならやっぱり卵で間違いないかあ……なんで卵なのにこんなに動くんだ?」
「……(ころころ)」
「……こっち来た」
先程までの暴れっぷりとはうって変わって、静かに転がりながら僕の方に近づいてきた。そして足元まで来るとまた動かなくなる。
仕方がないので卵を拾い上げてみる。しかし今度は触れたはずなのに魔力を吸われるようなことは無かった。ということは無差別に魔力を吸うような奴ではないってことになる。
「やっぱりさっきのは無意識だったのか……」
「……(びくびく)」
「何か言いたいことがあるのかもしれないけど、悪いんだけど全然分からない。意識もって動けるみたいだし喋れたりとかしないの? ほら何かこうテレパシーみたいな感じで?」
「……(ぷるぷる)」
やらないところを見るに無理らしい。
すると何を思ったのか卵は僕の手の中を飛び出して床に激突する――寸前で何とか捕まえる。
何をやっているんだと問いただそうとするが、やはり卵は暴れ続け僕の手の中から逃れようとする。少し考えてもしかするとその行動にも意味があるのかもしれないと思い、好きなようにさせてみることにする。
そして僕の拘束を脱出した卵はそのまま床に衝突する。
それなりの高さから落下したこともあってドゴンッと中々いい音がしたが、見たところ卵には罅一つ入っていない。卵はそれを何度も何度も繰り返して飛び上がっては床への衝突を繰り返している。
「もしかして、殻を割りたいとか、そんな感じ?」
「っ……!!!」
「あ、なんかそうっぽいぞ。というか何で自分の卵の殻を自分で破れないんだよ。まあ確かに丈夫そうではあるけど。あともう床に自分の身体叩きつけるの止めて。結構傷つくし、多分下の階に響くと思うから」
ボウリングの球、とまでは言わないけど卵自体それなりに重量があるのでカーペットを敷いていても床に傷がつく。
すると自分が言いたいことが僕に伝わったからなのか、動きを止める。
「う~ん、普通に割っていいのかな? 料理する時みたいに割ったらダメだろうし、かといってピンポイントで穴を空けるほど器用じゃないし。そしたらちょっと罅を入れるぐらいで後はお前に頑張ってもらう感じでいっか。じゃあ早速――」
僕は卵に向かって――ちょっぴりだけ力を込めたデコピンを放った。
まるで金属同士がぶつかったような音が響いたけど、この殻本当に頑丈だな。加減したのもあるけど、思ったよりも罅が広がらなかった。
まあそこら辺は僕の加減が不器用ってのもあるだろうけど、それにしたって卵の殻としては異様な硬さだ。
モンスターの卵って皆こうなんだろうか?
けれど目標は何とか達成できたようだった。デコピンを打ち込んだ場所に入った罅が卵の振動に合わせて徐々に広がっていく。恐らくは内側から頑張って出てこようとしているのだろう。
「ほら、あとちょっとだぞ~」
そして遂に罅が入っていた場所に穴が空く。
そこからは金色に輝く、多分だけど目に当たる部分が覗いていた。その目からは少なくともモンスター特有の敵意みたいなものは感じられない。
更に十分ぐらいの時間が経過し、穴の部分が広がってようやく中にいるモンスターが顔を出せるようになった。
現れたのは――
「にゃー」
「ねこ?」
――子猫だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さて卵から現れたのは猫型のモンスターでした!
ちなみにですが色々と構想はありましたが、ある能力さえ持っていれば正直モンスターの姿形は何でもよかったというか何というか……――
ですので猫にしたのは完全に作者の趣味でございます。いいですよね?猫って!
そして初登場した祭のお母さんでした。まあ今のところはごく普通のお母さんって感じですね。
でも祭のお母さんにして千歳さんのお姉さんですからねぇ、油断は出来ません……
と、そんな感じで今回生まれたこの子についてもう少しだけ書いてからこの章を終わりたいと思います。
ではでは、また次回の更新をお楽しみに!!
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