2200.12.06



 《8:30 教育所》



軍隊教育。

超能力部隊では高性能兵器を扱うための技術だけでなく、超能力戦の為の超能力の知識を徹底的に教え込まれる。どの時点で相手の能力の種類を確定できるか、その能力の範囲をどのように見極めるか。超能力戦ではそういう知識こそが力になるのだ。


隊内に配布された端末で出たい授業を前日に選択するシステムで、指定された教室へ行くのだが……何ということか、私はここでもAランクの2人に遭遇した。


薫の隣に遊が座っている。皆Aランクには近寄りがたいのかその周りは空いている。最近会うことが多い。


薫の席の近くまで歩いていくと、すぐさま薫から文句が飛んできた。



「何でこっち来んだよ」

「いーじゃん。今日は知り合いお前らくらいしかいねーし」



唯一の友達も今頃沖縄だし……この前泰久に注意されたとはいえ、今の私は小雪のいない退屈を紛らわしたい気分なのだ。


そう思って薫の前の席に座ると、薫は遊に近付き、ひそひそと何かを話し始めた。



「おい、聞いたか?遊。俺ら知り合い認定されたぞ」

「怖い怖い。すれ違った人間全員と知り合いって思い込んでるんちゃうのん」

「そのうち俺らと友達とか言い出すんじゃねぇの。Eランクの友達とか恥でしかねぇよ」

「妙な噂流れる前に埋めるか?でも俺達だけやと証拠隠滅が難しいよな。誰かに協力してもろて…」


「聞こえてますけど」



後ろの2人を睨みつけていると、教師が入ってきて全員の持っている端末に画像を送り込んだ。


電子教科書に表示されているタイトルは、『Sランク能力者』。今日はSランク能力者についての授業をするらしい。


自分で選択しなければいけないとはいえ、正直どれでもいいので私はランダム設定にしている。……しっかし、よりにもよってSランク能力者についての授業を受けることになるとは。私が一番分かってる範囲じゃないか。泰久も一也もSランクだし。



「Sランクは日本人に5名おり、No.1~No.5という風に番号で呼ばれることが多いです。6名と書いてある教科書がありますが、それは8年前の教科書です。8年前は一時的にSランクが6人いたため、そのようになっています。この順番は強さの差ではなく戦争においてどれだけ役立つかを表しており――」



あーうん知ってる知ってる。No.4が泰久でNo.2が一也。といっても泰久と一也が戦ったら攻撃型の泰久が勝つだろうし、番号の順番は強さと関係ない。



「一般にSランク能力者の能力や名前は非公開となっていますが、皆さんご存知の通り超能力部隊にはSランクがいます。彼らは日本帝国において最も重要な存在であり―――」



そのSランク能力者の名前や能力を知っているのはこの軍隊の人間のみで、守秘義務があるので家族にも教えてはならないとされている。迂闊に漏らすと軍人を辞めさせられるどころか、記憶の消去までされるという噂だ。


………にしても、ほんと知ってることしかないなぁ。駄目だ、眠くなってきた。



いつの間にか教師の声が遠くなってゆき、私は瞼の重さに負けてしまった。



 :



気付けば授業が終わっていて、薫に叩き起こされた。



「お前、目の前でかくかくかくかく鬱陶しいんだよ!」

「オレ馬鹿だからさ、聞いても分かんないっつーか……」

「寝るんだったら前じゃなく後ろに座れ!真面目に授業受けてる俺の邪魔すんな」



私が寝かけていたことを怒る薫の隣にいる遊が、衝撃的事実を伝えてくる。



「薫も途中寝てたやん」



ええええええ?薫も真面目に授業受けてないじゃん?



「じゃあ何で上から目線でオレに怒ってくんだよ!」

「薫は心配してるんよねー。ここ結構重要な範囲やし、試験に出た時お前困らへんかって」

「心配ぃ?それは自分も同じじゃ……」

「薫の場合分かっとって寝とるもん。全範囲の勉強自分でしてもう終わっとるらしいし。薫、いっつも試験で高成績やねんで?知らん?」

「マジで!?馬鹿そうなのに!」

「おいクソ底辺、蹴り飛ばすぞ」



どちらかと言えば遊の方がインテリっぽいのに、と思いながら遊を見ると、私の視線から言いたいことを汲み取ったのか、とんでもない方向からの答えを返してくる。



「俺は心読めるもん。別に勉強せんでも他人の答え分かるし」

「それカンニングじゃね!?」

「そう、それ。純粋に良い点数取ってもどうせ怪しまれてそんな風に言われるだけやし、ほどほどにしとった方がええやろ?」



ペンを回す遊は、別に気にしているという風でもない。それが当然だと思っているみたいだ。


“何でもやれる人間”というイメージがあるからか、高レベル能力者は何かあった時疑われる。それは事実。でも……何もしてない高レベル能力者が怪しまれない努力をしなきゃいけないって、どうなんだろう。


ちょっと考え込んでしまっていた私の椅子を薫が割と強めに蹴ってくる。



「いつまでそこにいる気なんだよ。次の授業始まるまでに席移動しろ」

「まぁ待てよ。オレにはまだ聞きたいことがあるんだ。お前ら、楓のどういうとこが好きなの?」



若者同士が仲良くなるには恋バナが一番。ついでにアドバイスでもしてやれば私への好感度アップは間違いなしだ。



「裏表無いところ」



急に好きな子の名前を出されて動揺しているのは薫だけで、遊は表情1つ変えずに即答する。早めに答えて早めにどっか行ってほしいという願望を感じられなくもない。



「読心能力者が言うと説得力あるな」

「そうやな。あいつは実際に裏表がない。考えたこと言葉にするだけや」



まぁ、確かに初対面の私にも包み隠さず外見へのコメントをしてきたもんな……あれは傷付きました。


遊の言うことに納得した後その隣の薫に目をやるが、薫はあからさまに私から視線を逸らす。



「薫は?薫は?」

「…そんなんここでする話じゃねぇだろ」

「恋愛話如きで恥ずかしがるのか……お前意外とピュアボーイ?」



楓のこと抱くだけ抱いてるんだろうから、ピュアボーイは名乗れないと思うんだが。中途半端なピュアボーイ・薫は一瞬殺意の篭った視線を私に向けてきたが、その後諦めたのかようやく白状する。



「…努力家なとこ、だな。あいつ、元はDランクだったらしい。それを努力してAランクの気流操作能力者になったんだから、大したもんだよな」

「……ふうん」



いくつか思うことはあったが、最も気になったことを口にした。



「…てことは、この部隊が女性禁制じゃなかったらお前らと一緒だったかもしれねーな」

「あぁ。あいつ、ほんとは超能力部隊に入りたかったらしい」



それを聞いて重たい気持ちになった。


私が8年前あんなことをしなければ、この部隊は女性禁制なんて言い出さなかった。………私のせいだ。


全部私の責任だから、私は償わなきゃいけない。


この戦争に勝たなきゃいけない。


女である私が役に立ったという形で。


それはもう、絶対に周りに文句を言わせないくらい、圧倒的な貢献度で。





「そう言うお前はいんのかよ、好きな奴」



不意にそんなことを聞かれて、瞬時に泰久の顔が思い浮かぶ。



「…オレは…オレじゃない奴を好きな奴をずっと好きでいる」



泰久はきっとどう足掻いたって絶対に私のことを好きにならない。今でさえそうなんだから、私が8年前何をしたかを知れば尚更だ。


狡い私はあの時何があったのか誰にも言ってない。ずっと隠している。今後誰かに言うつもりもない。



「片想いお疲れ様やね」

「まーどうせお前じゃ一生叶わない恋だな」


「るっせーなぁ!お前らだって片想いだろ!?」



泰久には注意されたが、正直こいつらと話すのは楽しいと思い始めている自分がいた。優しすぎる保護者的存在の泰久や一也とは違って、友達みたいに話せる。年も遊や薫の方が近いし。


……ばれなければいいんじゃないか。悪いことする子供みたいな発想が浮かんでくる。Sランクはみんなより先に全範囲の授業を受けさせられるから、既に受けるべき授業は受け終わっている。この教育所に来ることはない。


ちょっとくらい薫たちと話してたってばれないだろう、なんて思っていると、ふと端末の表示する今日の日付が目に入った。


6日……盗んだ情報だが、確か“あいつら”が将官会議をする日だ。あいつら将官会議をする日は決まって多くの料理を頼むから、今日もきっとそうだろう。


……時差は1時間。今夜もちょっと顔出してみようかな。




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