2200.12.02



 《12:50 食堂》



昼休憩の時間、訓練が終わった後全速力で食堂まで走った私は、小雪のメロンパンを買うために列に並んだ。


今日も私たちの訓練を見に来ていた小雪は、急に走り出した私に驚くことも無く付いてきて、クスクス笑いながらしっかり追い付いた。



「そんな本気にならなくていいのに」

「だって誕生日なんだよ!?年に1回じゃん!」



来年は、一緒にいられるかどうかも、お互い生きてるかも分からない。8年前の戦争で死んだ人は沢山いる。軍人なら尚更。いつ戦争が始まって小雪が死ぬか分からない。常に覚悟していなきゃいけない。


何とかメロンパンの列に滑り込んだ私は、私の番が来るまで売り切れないよう祈る。他のメニューなら端末で予約できるのに、このメロンパンみたいな特別メニューはその日その時並んで買わなきゃいけない。

戦いだ。きっとこの食堂は軍人達に戦いの精神を教えようとしているに違いない。



祈りながら待っていたのに、なんとメロンパンは―――私の一個前で売り切れた。私は思わず前に並んでいた人の腕にしがみつき、「譲ってください!」と頼んだ。


うちの部隊は朝と夜は寮で、昼は訓練所の食堂で食事をすることになっている。といっても強制力はなく、休憩所で軽めに済ませたり寮に戻って仲間内で自由にゆっくり食べる人もいる。


訓練所から寮への距離が近いSランク、Aランクなんかは特にそうで、訓練所の食堂には滅多に顔を出さない。


だから―――この時前にいた相手がこの男だったのは、私の運が悪かったとしか言いようがないのだ。



「………あ?」



茶髪でスカーフェイス、おまけに焦げ茶色のレザーブレスやシンプルなシルバーリングをしている、目立った特徴だらけのその男は、私にしがみつかれたことで眉を寄せる。後ろに並んでた時から気になってたんだけど色々と隊の規則違反じゃないですかね。ってそんなことはどうでもいい。今はメロンパンだ。



「それがどうしても欲しいんです!今日じゃなきゃ駄目なんです!Eランクの訓練は終わるの遅いから、駄目かもしれないって思ったけど頑張って走りました!」



謎の努力アピールをしつつ必死に言うと、茶髪は。



「……Eランクって底辺じゃん」



馬鹿にするような目を向けてきた。



「そんな言い方……ぐふっ!」



首根っこを掴まれ強引に後ろに引っ張られ、絶望的に色気のない息が出た。いや、今私は男なんだから色気なんてなくていいんだけど。


引っ張ってきたのは小雪。小声で私に衝撃の事実を伝えてくる。



「この人暴力振るうので有名な大神薫だと思う。俺のことはいいから、早く離れよう?」

「…おおがみかおる……?」



小雪に言われた名前を繰り返してから見上げると、大神薫は鬱陶しそうにこちらを見下げていた。


大神薫……聞いたことがある。


偉才のAランク。確か状態変化能力者だったっけ。喧嘩っ早いとかで、敵に回してはいけない男だとも言われていた気がする。



「邪魔だ、底辺。退け」



…でも……この態度は、やっぱり、どうなんだ。



「底辺底辺うっさい」

「あ?」

「能力レベルの良し悪しで人の優劣決めんな。Eランクだって強くなろうとしてんだよ!努力家なんだからな、馬鹿にすんな!」



そこまで言って、シン……と食堂内が静かになっていることに気付いた。自分で思っているより大きな声を出してしまったらしく、皆こっちを見ている。


し、しまった……目立たないように生活してきた私の半年間の努力が今無駄に……。



「――なよなよしてるくせに、意外とハッキリ物言う奴だな」



にやり、と大神薫が怪しげな笑みを浮かべ、何故だか準備運動をし始めた。



「いいぜ、相手になってやる。かかってこいよ」



何で喧嘩する方向に話を持っていくんですかね。



「べ、別に喧嘩したいとは言ってないんですけど!?早とちりすぎでしょ!」

「あぁ?能力レベルの良し悪しで決めんなってことは、能力抜きの強さで勝負しろってことだろうが!」

「野蛮!チョー野蛮!そんなんじゃ女の子にモテないぞ!!」

「はぁ?お前みてぇななよなよした男がモテるとも思えねぇけどな!」

「モ、モテますぅー!オレは将来エロエロ美女と付き合うんですぅー!!」



―――と。そこで。



「その辺にしときぃよ」



垂れ目の、真っ黒な髪をした高身長の男が大神薫の隣に立つ。茶髪の隣に立つとよりその髪の黒さが引き立つ。目が死んでいるが、そこに妙な色気があった。


小雪に目だけで説明を求めると、また小声で教えてくれた。



「あれは相模遊さがみゆう。読心能力者で大神薫と同じAランク。以前冗談半分で隊で行われたアンケートの“抱かれたい男ランキング”では1番だったよ」

「冗談半分で何やってんだよ…」



まぁ男ばっかりだし毎日訓練厳しいし、そういう発想に逃避しちゃうのも無理はない。


Aランクの読心能力だと性行為の最中に相手の心を詳細まで読めるだろうし、どこが気持ちいいのか分かるだろうし、テクニシャンなんだろうな……って何を考えてるんだ。



「弱いもんいじめは良うないやろ。まして相手はEランクやし。メロンパンは今度にして、今日は別のモン食ったらええやん」



口元に浮かべる笑みを崩さず、相模遊は大神薫に話し掛ける。やっぱりどこかEランクを馬鹿にした言い方だ。悪気はないんだろうけど、どうしても弱っちく見えちゃうんだろうか。



「……確かに、“弱いもん”いじめは良くねぇな」



大神薫はニヤニヤしながら“弱いもん”を強調し、メロンパンをこちらに投げてきた。


大神薫と相模遊が通り過ぎた後、一歩後ろにいた小雪が私の隣に立つ。



「気にしなくていいよ。高レベルな能力者ほどEランクや無能力者を人間として見ない傾向は多少なりともあるからね。視野の狭い連中なんだって思えば…」

「いい奴だな、あいつ。金払ってないのにメロンパンくれたぞ!」



嬉しくなって思わず小雪の言葉を遮ってしまったが、今はとにかく小雪にメロンパンをあげられることが幸せだ。



「はい、小雪!誕生日おめでと!」



先程貰ったばかりのメロンパンを小雪に差し出すと、小雪はちょっと驚いた顔をした後、少し面白そうにそれを受け取る。



「ありがと。……哀ってさ」

「ん?」

「いつも元気で前向きで一生懸命で可愛くて―――まるで女の子みたいだよね」



私の顔に少し顔を近付けて言ってくる小雪に一瞬固まってしまったが、すぐに「な、何言ってんだよ。こんな男らしい男いねぇだろ?」と冗談を返した。私が女だと確信できる証拠なんて今のところ小雪には掴まれてない。それは分かっていても急にそんなことを言われると少々焦る。



わ、話題を変えよう……。



「Aランクって確かこの隊には3人いたよな?もう1人はどんな奴なんだろ」

「……さぁ、滅多に顔出さないからね。“抱きたい男ランキング”で1番だったのは覚えてるけど」



抱かれたい男アンケートだけじゃなく抱きたい男アンケートもやってるのか。欲求不満にも程がある、と思っていると、小雪が余計な一言を付け足した。



「俺の中の抱きたい男ランキングNo.1は哀だけどね」

「…………お、おう…そうか」



そんな笑顔で冗談なんだか本気なんだか分からないことを言わないでほしい。





 《13:00 廊下》遊side



いつもは寮で済ませるところだが、今日は薫が限定商品を買いたいと言うから久々に食堂に立ち寄った。


食堂の限定商品を買うだけ買って食堂で食べようとはしない薫は、きっと人混みが苦手な俺に合わせてくれているのだろう。



「初めてちゃう?薫にしがみつくとか」



食堂の外で薫が戻ってくるのを待っていたからよくは見えなかったが、ちっちゃい男が薫にしがみついてたのは分かった。この部隊でまだ薫と関わろうとする奴がいることに少々驚いて興味本位で様子を見に行ったが、そこにいたのは予想外にもEランクのチビ。



そしてそれよりも予想外だったのは、



「薫が大人しく自分のもん渡すんも初めてよな」



場所が食堂だろうが何だろうがすぐに手が出る薫が、今日は喧嘩しなかったこと。



「あの底辺、マジで必死な顔してたんだよ。目ぇ血走ってたし。どんだけメロンパン好きなんだよってある意味恐ろしくなったわ」

「ぶっ」



薫を知らないわけじゃないだろうに、メロンパン1つで目を血走らせて縋るあのチビを想像して吹き出してしまった。



「おもろいやん、もっとちゃんと見とけば良かったわ」



この時の俺は―――あのチビと深く関わることになろうとは、思いもしていなかったのだ。



 :



午後の訓練、ミーティングを終えて寮に帰ると、いつもの如くミーティング不参加だったあいつが、やはり暴走していた。空中を飛び回る棚や花瓶、テーブルに椅子。強化したはずの窓ガラスにもヒビが割れ、この寮の居間が今にも窓無し部屋と化しそうだ。


薫は外れたドアを盾にして飛んでくる物から身を守っている。



「楓おらんの?」

「残念ながら一晩は帰って来ねぇよ。今日はオフだからな」



そこで、飛んできたコップに頭をぶつけた。痛い。キッチンの奥に座り込んでいる能力の発生源は、俺達を見ようともしない。



「薫ぅ、どうにかせえや。俺物理攻撃とか無理やねんけどー」

「能力で倒したって警戒心煽るだけだろうが。あいつの心読んでうまく距離縮めるとかできねぇの?」

「つってもなぁ…」



  [来るな来るな来るな来るな来るな―――]



能力が途切れる隙を狙って心を読んでも、伝わってくるのは俺達への明確な拒絶だけ。近付いたら反射的に攻撃されることは間違いないだろう。

Aランクの念動力者による攻撃は洒落にならない。



「……今は放っといた方が良さそうやな」



里緒だって暴走したくて暴走してるわけじゃない。意識的に能力を外ではなく内に向けてある程度制御しようとしている。それは自分を攻撃しているということで、こういう時はそのダメージで疲れて倒れるまで待つしかない。



「まぁ、銭湯でも行こや」



俺は薫を誘って一旦外へ出ることにした。




最近は部屋の風呂で済ませる隊員が多いためか、銭湯はほぼ貸し切り状態だった。しかし銭湯ではそう時間を潰せない。出てしまった後で意外と時間が経っていないことに気付いた俺達は、これからどうしようかと迷っていた。


と。



「あれ、昼間の奴じゃね?」



薫が指差した方向を見ると、やや遠くに俺より40㎝以上身長が低いであろう昼間のチビがいた。ほんとに訓練受けてんのかってくらい華奢だ。ほっせーし他のEランク隊員と比べて肩幅がない。


あんなチビが薫にしがみついたんだもんなぁ……どっからそんな勇気が出てきたのか。………耳たぶ柔らかそう、なんて余計なことを考えていると、隣の薫がぽつりと疑問を口にした。



「あいつ今Sランク寮から出て来なかったか?」



確かにこの近くにはSランク寮がある。というかSランク寮から出てきたかどうか以前に、Eランク寮とは距離のあるこんな場所でウロウロしてるのは不自然だ。



「よお。こんな時間に何しとんねん」

「……っ!」



声を掛けるとあからさまにビクリと体を振るわせて勢いよくこちらを振り返るチビは、



「えっと……、…お、大田さんと佐賀さん!」



俺達を見て焦った様子で全然違う名前を口にする。


それにしても見事な慌てっぷりだ。何かまずいことでもしてたのか?少し心を読んでやろうと思って能力を発動させるが、



  [    ]



無音。いつもなら相手の心の声が届くはずが、周りの音が聞こえなくなるだけだった。



何も考えてない……?

いや、それ以前に手応えがない。



  [    ]



もう一度能力を発動させても、チビの心は読めない。チビはこちらが能力を使用していることさえ気付いていない様子だ。意識的に心を閉ざしているわけでもないだろう。



……こいつは、何だ?



チビはうーんうーんと唸った後、結局俺達の名前が正確に思い出せなかったのか謝罪してきた。



「悪い。人の名前覚えんの苦手で…」

「……大神薫。こっちは相模遊」



得体の知れないチビに俺の名前まで教えやがる薫。



「薫と、遊か」



呼び捨てかよ。


妙に馴れ馴れしい底辺・Eランクのチビは、



「お前らこそ何してんだよ?こんな時間に」



話を逸らす為か俺達の格好と髪の具合見りゃ分かるだろってことを聞いてくる。



「銭湯行ってきたんだよ」

「銭湯?何でわざわざ……。Aランク寮にはライオンが胃液を垂れ流す立派な風呂があるって聞いたことあるぞ」

「言い方考えろや」



確かにAランク寮の風呂はローマ風呂のようなデザインだが、循環湯が浴槽に注がれているだけで胃液ではない。胃液風呂の中に入れるかよ。



「それより、お前はここで何しとんねん」



逸らされた話題を元に戻してやったが、チビは今度はさらりと答える。



「散歩。こんな時間誰もいないと思ってたのに、いきなり声掛けられてびっくりしたぜ」

「散歩?夜にか」

「おう。眠れなかったし、今夜は月が綺麗だからさ」



軍人の男から出たとは思えない、まるで少女のような台詞。


“眠れなかった”ねぇ……。Eランクの訓練は毎朝早く、最も体力勝負であると聞く。疲れて眠るのが普通だと思うが。



「そうやったんや~。明日の訓練に支障出んようにしいや。おやすみ」



最後ににこりと笑いかけ、手を振ってその場を去る。



……こんなとこ、あきらかにお散歩コースちゃうやろが。



夜に話し掛けられただけでビビるような奴が、こんな明かりの少ない、Eランク寮からも遠い場所にわざわざ歩いてくるか?



最近隊内の情報が敵国に漏れているという話もある。李下に冠を正さず――疑われたくなければ怪しい行動は控えるべきだ。





チビと距離が開くと、俺は後から付いてきた薫にすぐ話し掛けた。



「薫。あいつのこと、注意して見とけよ」

「…そーいうのは俺達の仕事じゃねぇだろ」

「上層部の連中は、無能力者に売国奴を探させとる。アホやからな。そんなんいつまで経ったって捕まらんわ」



あいつらは能力者を信用しない。能力者への脅えからくる偏見、とでも言うのが的確だろうか。売国奴探しなんて能力者に頼れば一発だろうに、奴らはそれをしない。そのくせ能力者に国を支えてもらおうとする。



―――無能のくせに。


俺は、能力者の賢い使い方すら知らない、馬鹿な無能力者共が嫌いだ。





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