深を知る雨

淡雪みさ

序章

自殺志願者




「君がこれほど自殺を志願していたとは驚きだ」



私の志望書に目を通した超能力部隊の隊長は、すぐにそれをシュレッダーに掛けた。戦争が始まろうとしているこのご時世に軍隊に入ろうとする若者が自殺志願者扱いされるということは分かっている。


それが超能力部隊に入ることを志望している“女”なら尚更だ。



「知っているだろう。日本帝国軍超能力部隊は8年前から女性禁制になった。私にいくら訴えようと制度が変更されることはないよ」



そんなことはもう何度も聞いた。

同じことしか言えないのか、この堅物は。



「今日本帝国に最も必要なことは、高性能兵器を開発する為の技術力、経済力です。――私の能力があれば軍事費の削減に繋がりますよ。その分を開発に回せばいい」

「…何故そこまでしようとする?」

「私は、どうしてもこの戦争に勝ちたいんです」



隊長は深く考えるように黙った。


よし、もう一押し――これで駄目だったら、隊長の持ってる端末の中にある数々の浮気相手との連絡内容を奥さんに送ると脅すしかない。



「私を超能力部隊に入れてください。絶対にバレるようなヘマはしません」



隊長と私は数秒睨み合ったが、――負けたのは隊長の方だった。



「どうなっても責任は取らない。仮にバレたとしても私は知らなかったを貫き通す。全て君の責任になる。それでもいいかな?」




隊長と話を付けた私は隊長室から出てさっさと家に帰ろうとしたのだが、廊下に見慣れた男がいたため立ち止まる。



「早かったですね。本当に交渉が成立したんですか?」



いつからここで待っていたんだろうか。この男一ノ宮一也いちのみやかずやは、私の幼馴染、の、護衛。


幼馴染の護衛であって私の護衛ではないけれど、一也とは随分長い付き合いになる。

無造作な黒髪と鋭い目付き、目尻に彫られたタトゥーで誤解されやすいけど、結構優しい人だ。



千端哀ちはなあい。隊内で使う新しい名前も貰った」

「…では…今後は哀様とお呼びすればいいのでしょうか」

「……」



様付けはやめてって、いつも言ってるのに。


一也は当時差別の対象にされていた家の出で、その頃の癖というか“自分は最も下位の人間である”という意識が抜けないらしく、7歳年下の私にも様付けをしてくる。

護衛対象の泰久相手ならともかく、私は泰久の幼馴染ってだけなのに。



「一也、いい加減にしてよ。私とお前は対等なの!」

「そんなことを言ってくださるのはあなただけですよ」



クスッと微笑む一也は、私の言うことを聞く気がないらしい。

はあ、とわざと大きな溜め息を吐いて一也の隣を通り過ぎたが、一也は私に付いてきた。



「それはそれとして。勝手に話を進めていいんですか?泰久様に怒られちゃいますよ?」

「何、お前も私の入隊に反対なの」

「泰久様に悪いとは思われないんですか」

「私だって、譲れないものはある」



顔だけを一也の方に向けて答えると、一也は複雑そうな顔をしていた。私のことを心配しているのかもしれない。一也はいつも優しい。泰久も一也も、過保護というか心配性というか………。



「上層部の人間に対して能力使って私の入隊取り消すとか無しだからね」

「……」

「ちょ、何で黙るの!?まさかほんとにする気だった!?」



無言で微笑む一也は、確実にやる気だった。



「そ、そんなことしたら一也のこと嫌いになるから!」

「ほう……それは、寂しいですねぇ」

「全然寂しそうな顔してないじゃん!?」



なんて奴だ。一也はたまに強行的手段に走るから困る。

どうにか説得しなければ、私の計画がうまくいかなくなってしまう。……こういう時は。



「ねぇ、お願い。……言うこと聞いてくれなきゃ、もうシてあげないよ?」



一也の耳元でそう囁き、ズボンの上からその男根を摩ると、一也は一歩下がり、しかしそこに壁があることに気付いて眉を寄せる。



「……本当あなたは、そんな何も知らない少女のような外見をしておいて、天性のクソビッチですね」

「…一也ってたまにはっきり物言うよね」

「事実じゃないですか。…泰久様が好きなくせに」



小さな声で不思議なことを言う一也。泰久が好きなのは事実だが、こういう行為に好きも嫌いも関係ない。



「今は一也としかしてないよ?」

「どうだか…いつもそうやって男を誘っているんでしょう。そんなんで自分の中の“女”を捨てられるんですか?超能力部隊では男として生活しないといけないんですよ?」



一也の言葉を一旦無視して壁に押さえ付け、足と足の間に太股をこすりつけると、一也のそれは徐々に硬くなっていく。熱を帯びてきたのも分かる。……ここは素直なんだけどなあ。



「超能力部隊に行っても、一也が抱いてくれるでしょ?」

「そんな場所ありません。寮では泰久様と一緒ですし、泰久様のいる空間であなたを抱くわけには……」

「…あ、そうだ」

「え?」

「こう脅せばいいかな?―――言うこと聞いてくれないと、一也と体の関係があるって泰久にバラしちゃうぞ」



雇い主である泰久が妹のように大切にしている私を抱いているなんて、知られたら関係が悪化することは明白だ。



「………本当あなたは……」



一也はひくっと口角を吊り上げたが、数秒後仕方ない、という風に大きな溜め息を吐いた。



「……分かりましたよ。あなたは泰久様に負けず劣らずの頑固者ですからね。どうせ取り消しても取り消してもまた入隊しようとするんでしょう」

「やった、一也大好き!」

「はあ……」



こうして私の超能力部隊への入隊手続きは順調に進んだ。






――……2200年。


世界各国で人間の超能力開発が進められ、軍事、経済、あらゆる分野において超能力者の活躍が求められるようになり数十年が経つ。


私の母国である日本帝国は世界をリードする最先端の超能力開発に伴い再軍備化を進め、超能力戦において世界有数の強国となり、“超能力開発競争での勝利は眠る大国ジャパンを呼び起こした”とまで謳われた。


といっても一般軍事兵器の開発では他国に劣っており、8年前の戦争では敗れた。


日本含む敗戦国は領土を奪われ国際的な発言力も失い、平等だなんだと言っても結局強い国が得をするという考え方が広がり、現在においても、また戦争の火種が燻り始めている。



―――そんな時代に性別を偽り超能力部隊に入隊した私は、誰がどう見ても、命知らずな女だった。






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