(4)
僕だけお荷物じゃないか。考えろ、思考しろ。この魔物に有効なのは何だ。味方を巻き込まないような魔法。僕は皆に上から「避けて」と叫び、ファイアブラストを強めに放つ。魔物に当たらず地面に当たって穴が開いた。穴は次第に広がっていき魔物もろとも飲み込んだ。下に落ちた魔物は成す術がないはず。誤算だったのは僕が着地した時に、魔物と同じ穴に落ちた事だけだった。
魔物はまだ頭を振り回している。ラフレが僕にバリアを唱える。バリアがあるなら、僕はもう一度中に浮いてファイアブラストを唱える。魔法は魔物目掛けて飛んで行って魔物を燃やす。アイルが魔物の脳天を貫いて魔物を仕留めることが出来た。僕は下に降りて皆の元に駆け寄った。
今回の戦闘は我ながら上出来だ。僕は安心からか、周囲の警戒をすることを忘れてしまっていた。何故か、後ろから強い衝撃を受ける。最後に見えた景色は、魔法を使わずに空中に浮いて、上から皆の姿を眺めている所。ただそれだけで、世界は暗転していった。
目を開けると夢と同じ空間に立っていた。どうして僕はここに居るのか、ああ、死んだからか。そこに物体が現れる。こいつが出てくるってことは夢なのか、僕は真剣に「ここから帰して欲しい」と物体に話しかける。物体は笑い飛ばして「今回はきっと帰れるさ」と言った。こいつが言っている事が信用できない。僕は大きな声で「今すぐに!」と叫ぶ。こいつがこの空間を作っているのは分っている。それも高度な魔法使いだろう。早く、戻らないと。
しばらく無言が続いて、物体が動きながら「お前は冒険者を辞めないのか?」と聞いてくる。辞められる訳がない、僕にはこれしかないのだから。僕が首を横に振ると、物体は「はぁ…ダメか、僕にはどうにもできないみたいだ」と呟いた。まるで自分と喋っているみたいで苛立ちを感じた。
しばらく待っていても何も起きない。僕はついに弱気になって「ここにずっといる事になるかな」と呟く。自分が思っていた以上に自分自身が弱い事に気づいた。数日の訓練ではどうしようも無かったし、後悔しか残っていない。前の夢の中であいつに言われた、死んでもいいのか、と言う言葉が突き刺さる。死んでもいいと思える選択ってどんな選択だろう。
物体が目の前でじっと居座り続けている。僕らは何も喋らず、ただただ、呆けてとしていた。物体は気まずくなったのか「あー」と声を発した後に「明日を当てにするなよ、後悔するだけだ」とだけ言った。明日を生きるために今日を頑張るのに。僕は首を傾げて「なんで?」と聞いてみる。意味が分からないじゃないか、明日を生きようとしなければ、明日は来ないかもしれないのに。物体は深いため息を吐いて「平等に訪れる訳じゃない。やり残した事があると後悔するだろ」と言った。
僕はその場に座り込んだ。こいつと話をしていたって、未来が変わるわけじゃない。物体は僕の周りをぐるぐる回る。鬱陶しい、僕は頭を抱えて「どこかに行ってくれ」と振り絞った声で呟く。まだ何も成す事が出来ていないのに呆気なく死んでしまうとは。物体は音も無く空間に溶け込むように消えた。
何も居なくなった空間にどれほど居たか分からない。ずっと同じ態勢で、誰とも喋らずに居た所為か、気が狂いそうだ。皆は依頼を達成している頃だろうか。油断するな、と散々言われたのに、と自分を責め立てていた。
一瞬、眩しい光が視界に飛び込んできた気がした。立ち上がって辺りを見渡して、一筋の光を見つけた。光は優しく僕の全身を包み込んだ。
小鳥のさえずりが聞こえる。目を開けると倒れている僕を皆が心配そうに見ていた。全員が目を見開く。僕を膝枕してくれているラフレが胸を撫でおろして「良かったです、間に合って」と言った。僕は体を直ぐに起こして「ごめん、また油断したみたい」と言い、頭を下げた。顔を上げるとコクが木の上から降りて来て「違う、あれは俺のミスだ」と言った。
コクとアイルが仕留めた瞬間に、コクの索敵に引っ掛かった。だが、僕は既に後ろから突進されていたらしい。角が体から逸れていて良かった。それでも、僕が警戒を解いたのに変わりはない。上位の冒険者が居れば死なない、と思っているのか。
アイルが屈んで僕の顔を覗き込み「どこか痛い所があったりはしないか?」と聞いてくる。みんなの優しさは胸に刺さって心だけが痛い。僕はアイルに「ありがとう、少しだけ体が動かしづらいかな」と言った。
父さんと母さんもこんな感じで心配してくれていた。夢の中の物体が父さんと同じような事を言っていたな。父さんなのか、でも死んでいないはず。そういえば、アルミの声が聞こえない。僕は皆に「アルミはどうしたの?」と聞き、辺りを見回す。また叱られるだろうな、とか怒っているだろうな、と身構えていた。少し離れた場所にアルミを見つけた。アルミが木陰で蹲っている。もしかして、僕を庇って怪我をしたのか。心配で動こうとすると、アイルが僕を静止させて「自分の所為だ、と塞ぎ込んでしまってね」と言った。
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