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 メラービルは金満な男爵家に生まれ、なんの不自由もなく成長した。唸るほどの財力を持つ父に愛され、母に愛され、それに相応しいほどに愛らしい見目をしていた。

 その上、彼女には前世の記憶があった。その記憶の中にある乙女ゲームの世界に転生したのだと気が付いたのは、学院に入学してからのことだ。

(ここ、ゲームの舞台だ!)

 タイトルの思い出せないそのゲームは、その時分珍しい外国から来た肌の色の違う少女が主人公で、その素直さ明るさ真面目さに多くの男達が虜になっていくというものである。すっかり己の夢物語と思っていたが、そんな生半可なものではなかった。

 そんな物語の舞台である学院で、しかしヒロインらしき少女は存在しないようだった。そもそもヒロインの顔もほとんど覚えていないのだが、それでも幾人か名前に覚えのある男性がいるので舞台的に間違いはない筈だ。

(ヒロインがいないなら、私がなってもいいんじゃない?)

 大抵の乙女ゲームのヒロインは誰にでも重ね合わせられるように没個性で、茶髪やピンク髪が多かった記憶がある。お誂え向きにメラービルはつやつやと光るピンクブロンドで、可愛らしさは一級品だろう。

 ……メラービルは自身をゲーム内では知らなかったが、元より存在しない登場人物ならばこそ好きに動けるものもあるのではないか。

 ふと湧いた思いのまま覚えのある男性に声をかけてゲームの攻略を思い返しながら会話と催しとを重ね──結果、呆れるほど簡単に男性はメラービルに傾倒した。

(大丈夫、大丈夫だわ!)

 いけると確信したメラービルはそれから学院内を注意深く見渡した。とはいえ、幾人かはゲームとは設定が変わっていて声をかけることもままならない。特に女の敵にもなりかねないほどの美貌を誇る公爵家令息ヨナビネルなど、何故か騎士課にいて女嫌いの細マッチョと化している。悪役令嬢のアルティラーデもいないようだし、……まあヒロインと揃ってここにいないのならメラービルとしては楽でいいけれど!

 こうして学院でメラービルの思うところの『ヒロインらしい行動』を重ねた結果、メラービルは全ての令嬢との関係を構築し損ねた。だが、メラービルはそれらを己への嫉妬からだと理解する。

 こんなにも可愛らしくて財力があって、どんな男にも好かれている。

(──低位貴族の女に存在を馬鹿にされるのは頭に来るでしょうね)

 私も嬉しいわ、高位貴族というだけでツンケンして歩いている貴女達より、男爵令嬢の私の方がずっとずーっと存在価値があるのよ。

 令嬢達どころか教師達すらも無視し、学業をよそに一所懸命に調査と攻略を重ね、メラービルは王太子妃の位を手に入れることに集中することにした。何せ王家の妃だ、最終的にこの国の一番の女になれる。

 その途中、第二王子ガザールは突然廃嫡され学院に来なくなってしまったが、父の金策によって伝手が出来、王家主催のガーデンパーティーで第一王子ギーベイと出会うことが適った。ギーベイはその頃王太子に確定しており、しかし婚約者がいない。

 王太子を狙うメラービルは、王家にとってもまったく都合のよいところに現れた女だった。爵位こそ低いが金だけはある。……金欠の王家に顔を売れるほど、レベッロ家は本当に金だけはあったからだ。

 結果、全ての貴族令嬢を差し置いてメラービルは婚約者に選ばれ、そして王太子妃となった。この国で二番偉い女に。そしてトントン拍子に妊娠もした。これで我が身は一生安泰だ。

 ──そんな折にやってきたのが大皇国からの皇女である。

(皇女だなんて)

 男爵令嬢だったメラービルへの当て付けのようだが、相手は公爵家のあの図体ばかり大きくて恐ろしい軍部将軍の地位を戴く嫡男へ嫁ぐという。危惧していた王太子もどうやら興味がないようだし、そうとなれば逆に王太子妃として鷹揚さを見せ付けてやるのもよいだろう。

「ハワード、祐筆はどこ? 書状を出すわ」

 メラービルは公爵家に使いを出した。ナジュマに、会ってやると。


【メラービル・レベッロ】

 レベッロ男爵家令嬢。父の金、己の愛嬌を大盤振る舞いして攻略者達に肉薄し、結果ギーベイを射止めて王太子妃の地位に収まった女。自分が空席のヒロインの座に座れるのではないかと思い至り、実行に移すだけの行動力はあった。その内実は転生者である。

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