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 大皇国皇帝サンスクワニはヨノワリが嫌いである。

 な〜んせチビデブハゲガリといいところなしの金だけはある男共がお互いの欠点を舐め合って生きてて女はそのオマケでしかなくて他所の国はバッチいみたいにしているところが心底嫌! という感じなのである。

「征服しちゃえばいいじゃあないですか……」

「切欠がないんだよ、いい感じのやつ」

 張られたテントの中、サンスクワニはヨノワリ担当の外交官オルローに管を巻いていた。

 外交だから仕方がなく訪問するものの、いつ来ても王宮内に入れないところも気に食わない。国力も何もかも大皇国が上だというのに、こちらが強者の余裕で手を出さないでいてやったら調子に乗ったのが今のヨノワリ国王である。潰してしまいたいが、大が小を潰すのにはそれなりの理由を必要とするのが外交というものだった。

「馬鹿は馬鹿すぎて逆に隙がないんだよな……」

「そういう攻略の仕方があるんですね、勉強になります」

「悪い手本だぞ」

 サンスクワニはガリガリと髪を掻く。ヨノワリは砂漠の国でいつでも太陽に照らされているから暑いことには暑いのだが、湿気がないからか身体に嫌な熱気が籠もることはない。現時点ではそれくらいしか褒められるところがないわけだが。

「会合早く終わらんかな、帰りたい」

「完全に同意致します」

 ヨノワリの担当は外交官にとって外れくじにも等しい。(こいつは何年担当してたんだったか)と目の前の男を見ながら思い始めた途端、テントの外から応えがあった。

「ご報告申し上げます! 只今皇帝陛下に目通り願いたいと、使者が一人でやって参りました。当人はヨノワリ国王の子供と名乗っております!」

「……」

 サンスクワニとオルローは視線を交わす。

「国王に子供はいたか?」

「情報によれば王女が一人だけ。後宮から出た報告はないので誰も見たことはありません」

「箱入りの姫が何をしに」

 まあいいか、とサンスクワニは椅子から腰を上げる。遠征用の簡易椅子はサンスクワニの重い体重から解放され、軋んだ音を立てた。

「どんな姫か会ってやろう。もしかしたら馬鹿王を叩く切欠になるやもしれんしな」

 テントを出た途端周りに側近が侍るのは教育と敬意とが行き届いている証拠だろう。誰一人何も言わず姫がいるという場所を示すので、サンスクワニもそのとおりに歩く。通常であればここで大なり小なりの情報を耳に入れるのだが、生憎情報のひとつもない深層の姫では仕方がない。

 オアシスには何もないものだから、すぐ姫が待機するという場に到着した。だが、その場にいたのは若者だけだ。

 くるくると緩やかに巻く豊かな黒髪と強い眉、そして意志の確かな金眼。ヨノワリでこのようにしっかりとした形の若者を見たことがなかった為、サンスクワニは瞬いた。

「こりゃあいい男だ」

 笑った途端に若者はフードを取り払い、提げていた剣も大地に放った。そうしてしっかりと立っていたそこにドウッと胡座を掻いて座り込み、サンスクワニを見上げる。

 ──なんと豊かで煌びやかな若者であろうか。国民は貧しさと太陽とに焼かれ、枯れ木のようであるというのに。

「わたしの名はナジュマ。ヨノワリ国王の娘。後宮で生まれ後宮で育ち、外に出されなかった為わたし自身の証明がないが、確かにヨノワリの王の血を持つ娘である。この度は大皇国皇帝陛下逗留の由、聞き届けていただきたい願いがあり馳せ参じた」

 姫だと名乗るナジュマとやらは、一度も怯まずサンスクワニを見つめている。

(低くはあるが、声の質は確かに女だな)

 その視線の強さをサンスクワニは愉快に思った。普通の人間はサンスクワニをまともに見ない。覇気がありすぎる、のだそうだ。

「面白い」

 素直にそう笑うと、サンスクワニはナジュマの目前まで進んで屈み込んだ。

「言うてみよ」

「医師か、医術の知恵のある者をお借りしたい。後宮で女が一人、怪我をして危ないのだ」

「それくらい王宮にいるだろう? 父親に頼めんのか」

「父はわたしに興味がないから見に来たこともない。会ったこともない。それに王宮に頼んでも無駄だと言われた。後宮では死にかけた女は砂漠に捨てられるのだ」

「なんだって!」

 サンスクワニはここ数日で一番に驚いた。子供に興味のない王も然ることながら、女を砂漠に捨てる? 国民への仕打ちも同様だが、正気で国政を行っているのか?

「冗談、ではないんだな?」

「冗談ならどれだけよかったか。今まで数多の女達が治療は出来ないと砂漠に捨てられた。わたしの母も産後の肥立ちが悪かったばかりに捨てられた。今怪我をしているのはわたしの乳母だ」

 わたしはわたしの周りの女達を砂漠の肥やしにする気はない。

 じっと瞬きもせずサンスクワニを見つめてくるナジュマの金眼の奥、よく見知る憤怒が揺れている。

 サンスクワニは人間が好きだ。特に好きなのは感情がしっかりしている人間である。その感情に対して、きちんと能力が発揮されるのがいい。その手腕で状況が上手く整えられていく様は、傍から見ていてひどく胸がすくからだ。

 つまりサンスクワニにとって、ナジュマという人間はかなり好ましい部類と考えられた。

「貸してやったとして、対価は?」

「王の首をやろう」

 間髪を容れぬ返しにサンスクワニは目を見開く。控える側近達が息を飲んでいるのも伝わってきた。

「後宮から王宮へは回廊を渡って行くことが出来る。王宮からの音沙汰は殆どないものだから、配備されている兵士も適当だ。この兵力ならすぐに突破出来るだろうし、中だってだらけているだろうから同じようなものだ。砂地を渡って襲うよりずっと楽だと思うが」

「つまり、この軍勢を後宮に入れると?」

「多分門兵は戻っているから、そいつを捕縛さえしてくれればわたしの一声で扉は開く。後宮内女千人、一人たりとも襲わなければ引き入れる。一人でも襲えばわたしは力の限り抵抗した上で自死せよと命じる」

 きゅ、と首の上を指で真横に引き、ナジュマは言う。

 千人の女が国王ではなく、ナジュマという女の掌の上に乗っている。そうサンスクワニは示され、ゆるりと口の端を上げた。

「お前はこの国の民がどういう状態か知っているか」

「知らないが知っている。侍女が食い詰めた親に売られた娘だ。出会った時は枯れ木のようだった」

「どう思う」

「くそったれの国は滅ぶべきだと思う」

 隠しもしない暴言にサンスクワニは呵呵大笑する。本当にこれがあの国王の一粒種だと? なんの冗談だ!

「面白い女は好きだ」

「で、どうする?」

 睨め付けられ、サンスクワニは勢い立ち上がった。

「会合中止の理由が出来たぞ! テントを片付けろ! 一列縦隊にして後宮方面へ! 女千人助けに行く、勿論手は出すなよ!」

 大きな腕が振るわれれば兵士達はたちまち動き出す。ガチャガチャと鎧の擦れる音を辺り一帯に響かせながら、サンスクワニは今し方振るった腕を次いでナジュマに差し出した。

「これでいいか?」

「恩に着る」

 引き上げた身体はやはり女だ。背は高く、肉付きは豊かで肝っ玉が据わっている。……女王になる気だろうか?

(なんにせよ、すぐにわかるだろう)

 ゴリゴリと太い指で顎を摩る横、ナジュマはようやっと笑顔を見せてこう言った。

「ところで皇帝よ。名はなんと?」

「サンスクワニだ」

「……なるほどなるほど」

 一拍、ナジュマは殊更笑みを深めていたのだった。

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