『溺愛以外お断りです!』13



 レナードと会うレストランへ到着したのは、約束の五分前だった。


 私は呼吸を整えつつ、取り出した鏡でおかしなところがないか確認する。目当てとしていた黒百合会とセイハム大公に関係する情報を得ることは出来た。あとは、これをどうやってレナードに伝えるか。



「イメルダ、早く着いたんだね」


 着席したタイミングで、同じように店の人に案内されてレナードが姿を現した。あまり見ない濃紺のシャツに黒いスラックスを履いた彼は、珍しく眼鏡を掛けている。


「あら?街へ出たの?」


 レナードがそうした眼鏡を掛けるのは彼が変装を要するときで、それはつまり、私が知る限りでは王都の散策をする場合だった。意外にもこうした格好をして頭から大きな帽子を被れば、通りを歩く分には大抵の国民は気付かない。


「少し人に会う用事があってね」

「そう。忙しい中、時間を取ってくれてありがとう」

「いや、話したいことがあったから良いんだ。君の方も今日はミレーネと会う予定だったと聞いたけど」

「ええ、私たちは変わらずよ。久しぶりに再会したから話が尽きなくて、ついついお喋りに花が…」

「孤児院へ二人で行く際は一緒に移動したのか?」


 手袋を外しながら問い掛けられたので私は頷く。


「ミレーネが車を出してくれたの」

「それは変だね。君の車には赤土が付着していた」

「………え?」

「王宮からファーロング家への道はすべて舗装されている。赤土なんて沼地の近くを走らないと付かないと思うけど、いったい何処の孤児院へ行ったのかな?」

「それは、」

「僕の記憶が正しければ……沼地の近くにあるのはアポイナス修道院ぐらいだ。でも君が行くとは思えない」


 レナードはそう言ってエメラルドの瞳を細めた。

 私は机の下でスカートを握り締める。


 誤魔化すことなんて出来ない。情けなさに消えたくなりながら、レナードに向き直る。いずれにせよ共有しておきたいことだったけれど、情報の入手経路は出来れば知られたくなかった。



「………ごめんなさい。デリックに会いに行ったわ」


 想定した以上に弱々しい声が出た。


「どうしても確かめたいことがあったの。嘘を吐いて行ったのは貴方が止めると思ったから。無鉄砲な行動を取って…本当に申し訳ないと思う」


 言い終わると視線を下に向けた。

 タイミングを見ているのか料理は運ばれて来ない。


 幻滅しただろうか。それとも呆れて言葉も出て来ないのかもしれない。レナードに頼んで同行してもらうことも考えたけれど、彼はきっと私が行くことを許さない。


「次に切られる枝はお前だ」というデリックの言葉が浮かんで、私の心を揺らした。何か役に立たなければ、置いて行かれてはいけない、そうした焦りがいつも心にあったのは本当。アゴダ・セイハムと話したことで弱さを見抜かれて、怖くなったのも認める。


 あまりにも何も言わないレナードが心配になって、少しだけ顔を上げると複雑な顔をしていた。



「イメルダ……正直、君の扱いに困っていた」

「………扱い?」


 大きな溜め息を吐いて王子は金色の髪を掻き上げる。


「母のように政治や厄介ごとにはノータッチで、自分の世界を生きてもらうことも考えた。そうすれば君は安全だし、今まで通り奔放に生きることが出来る」

「…………、」

「だけど…一緒に過ごす中で、もしかして君はそうした状態を望んでいないのかもしれないと思った。デ・ランタ嬢の件もそうだが、孤児院の資金繰りや国営の施設の改善を執務長に提案したんだって?」

「……少し…気になったので、」


 レナードは頷いてまた考え込むように目を閉じる。

 私はどんな言葉が飛び出すのかドキドキした。


 出過ぎた真似だっただろうか?

 だけど、孤児院の衛生状態は少し問題があると思ったし、子供達が作ったものが無償で貴族に搾取されているのもどうかと思った。それに、図書館や王立学校はかなり老朽化が進んでいる。


「知見が足りないことは自覚しているわ。だから……だから、学びたいと思う。私は何も知らないのは嫌、貴方と同じように向き合って、取り組みたいと思う」


 まだまだ未熟だけど、と付け加えて黙った。

 言葉が何も返ってこない間に、頭は勝手にネガティヴなことを考え始める。レナードがチラリと時計を見て「手を出して」と言った。私はわけが分からず、とりあえず机の上に両手を置いてみる。


 手のひらにレナードの手が重なった。



「イメルダ……俺は君の純粋で真っ直ぐなところが好きだよ。誰かのことを想い、行動することが出来るのは素晴らしいと思う」

「……? ありがとう……」

「だけど、背伸びはしてほしくない」

「背伸び?」

「プレッシャーを与えたくないんだ。君の穏やかさを大事にして欲しい。責任と緊張は時に君の首を絞める。この二つの手に抱えれるものだけ、大切にしてほしい」


 そう言ってレナードは指先をきゅっと握った。


「正直言うと、君が変わっていくことが怖いんだ」

「………どうして?」

「なんでかな。上手く言えないけれど、イメルダが変わることで君の世界が広がって置いて行かれるんじゃないかと思ってるのかもしれない」

「そんなことはないわ、」

「うん。分かってるんだけど、約束がほしい」

「約束……?」


 心臓が困惑したように騒ぎ出す。

 頭の中では今朝方の国王の反応を思い出していた。


 もしかして。


「イメルダ、俺と……」



 その時、店の入り口の方から大きな音がして、私たちは揃ってそちらへ顔を向けた。武装した衛兵たちがゾロゾロと連れ立って店内に入って来る。驚く私の前でレナードが立ち上がった。


「どうした?」


 先頭に立つ屈強な男が切羽詰まった顔で口を開く。


「爆発です。デ・ランタ伯爵家の敷地内に何者かが爆薬を投げ入れたようで、現在消火にあたっています」

「なんだって…!?伯爵家の者たちは?」

「幸い本邸には被害がありませんが、詳しい成り行きを確認中でして」

「王宮に呼んでくれ。使用人も避難するように伝えろ」

「かしこまりました」


 衛兵たちに続いて私たちは店を出た。

 どんよりと曇った空の下を車は走り出す。


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