第28話 君は僕に似ているかもしれない その②



 映画はおよそ一時間半程度で終わった。


 まあ、可もなく不可もなく……少なくとも女の子と二人で見るような内容でないことは間違いなかった。


 だけど、同じオタクである山田さんと観る分には最適だったのかもしれない。


「やっぱりアレよね」

「うん」

「人類の革新って難しいわよね」

「うん」


 僕はぬるくなったジュースを啜った。


 普通のオレンジジュースだった。


「結局人は永遠に分かり合うことは出来ないのかしら」


 すっかり今見た映画に思考を侵食されてしまった山田さんは、何やら哲学的なことを言い始めた。


 僕はペットボトルからジュースをつぎ足し、もう一度飲んだ。


「山田さん的には、ガンガムNYはアリ? ナシ?」

「アリね。だけど、少し論理的すぎるようにも感じたわ。やっぱりアニメって感覚的に訴える要素が必要なんじゃない? あたしは登場人物の生身の感触がもっと欲しかったわね!」

「……なるほど」


 ガンガム評論家の山田先生としては、そういうご意見らしい。


「ただ、やっぱり原作がトミーよしゆきの小説だから、セリフやストーリーの展開にトミー節が効いていて良かったわね!」

「確かに。それは僕も同意見だよ」

「さ、映画も見終わっちゃったしこれからどうする? 宇津呂、あんたまだ暇でしょ?」


 時計を見ればまだ昼過ぎだった。


 もちろん僕の辞書に予定の二文字はないし、暇と言われれば確かに暇だ。


「時間はあるけど、何かしたいことでもあるの?」

「ふっふーん。せっかくガンガムファンが集まってるのよ。ここはガンガムシリーズの主題歌縛りでカラオケに行くのが自然な流れだわ!」


 それは本当に自然な流れと言うのだろうか――なんて無粋なツッコミはやめておいて。


 実際ちょっと面白そうと思ってしまったのも事実なので、僕は山田さんの提案に素直に従うことにした。



「あー、歌った歌った! なんかスッキリしたわ!」


 僕らがカラオケ店を出た時、外はもうすっかり暗くなっていた。


「家まで送って行くよ。何かあるといけないし」

「そう? ありがと」


 カラオケなんて行ったのはほとんど初めてだ。おかげで喉もガラガラだし、明日は声が出なくなっているかもしれない。


 ちなみに山田さんの歌はかなり上手かった。特に女性ボーカルの歌なんかは僕がCDで聞いたことがあるものと遜色ないと言っても良かった。


「山田さん、カラオケとかよく行くの?」

「うん? まあね。なんかストレス溜まってるときとか、一人で」

「一人で?」

「そうよ、一人で」


 なるほど、俗に言う一人カラオケ、通称ヒトカラというやつか。


「もったいないな。それだけ歌が上手ければ、あっという間にクラスの人気者だと思うけど」

「あーっ、また適当なこと言ってるでしょ⁉ 顔に書いてあるわよ!」

「そうかな?」


 割と本気だったんだけど。


 オオカミ少年の気分だ。


「それにあたし、人前では歌わないわよ」

「どうして?」

「忘れたの? 学校じゃ私は日本語のよく分からない帰国子女ってことになってんのよ。マリア・イスマイリアなのよ」

「その割には、この間美澄さんの前で普通に喋ってたみたいだけど」

「あ」


 しまった、というような顔をする山田さん。


 もしかして気づいていなかったのだろうか。


「……あ、あの時はほら、あんたたちが一緒にいたから! うっかりしてたとかじゃないから!」


 山田さんが慌てたように弁解する。


 僕らの前では素直になってくれていると思えば、そんなに悪い気はしないけどさ。


「じゃあ例えば、このまま僕が部を作れなかったとするだろ? そうしたら山田さんはアニメ研究会に入るんだよね?」

「うん。そのつもり」

「その時はどうするの? 帰国子女のマリア・イスなんとかで通すのか、それとも日本生まれ日本育ちの山田和江さんで通すのか」

「それは難問ね」


 腕を組んで首をひねりながら、山田さんは唸る。


 その動作はどこかアニメチックだった。


 少なくとも金髪碧眼の外国人に似合う動作ではない。


 どちらかというと、日曜夜に放送されている国民的アニメに出て来るお父さんがやっていそうな仕草だ。


「……ちょっと難しい質問だったかな?」

「前提として確認したいんだけど、宇津呂」

「何?」

「その場合、あたしと一緒にあんたもアニメ研究会に入るのよね?」

「まあ、そういうことになるね」

「……ちゃんと部活来る?」

「え? ああ、一応は行くよ」

「だったら話は簡単じゃない。あたしはあんたの前でだけ山田和江でいるわ」

「それはつまり、僕は特別扱いってこと?」

「バカね。あんたに友達がいないからよ。友達がいない人なら、あたしの秘密を喋る相手がいないでしょ?」

「はあ、なるほどね」


 僕に友達がいないから、か。


 妙に納得してしまった。


「何にせよ、あんたが何もしない部活を作ってくれれば問題ないのよ。そうすればあたしは、あんたたちの前でだけはありのままの自分で居られる。美澄さんが仲間に入ってくれればあと一人じゃない。ダメだった時のことなんて考えるには早すぎない? 『守ったら負ける! 攻めろ‼』よ」

「ああ……そうだね」


 口ではそう答えたけれど、心の中では本当にそうだろうかと思っている。


 人は逆立ちしたって神様にはなれないように、世の中にはどう頑張っても出来ないことがある。


 僕みたいな酸素を吸って二酸化炭素を出すだけみたいな存在が新しく部活を作るというのも、それに似たようなことをやってる気がするんだけどなあ。


「残念、もう着いちゃった」


 山田さんが足を止める。


 僕らはいつの間にか山田さんの家の目の前にいた。


 喋っていたからかは分からないのだけれど、なんだか時間が過ぎるのが早かったように感じた。


「じゃあここでお別れだね。また来週」

「ちょっと待って、宇津呂。渡したいものがあるの」


 そう言って山田さんは家の中に入って行く。


 リビングに明かりが灯るのが、カーテンのかかった窓越しに見えた。


 少しの間待っていると、山田さんが戻って来た。


 手には紙袋を持っている。


「これ、貸してあげる」

「これは?」

「脚本と絵コンテ集。見たいって言ってたでしょ」


 確かに言っていた。


 一度しか言っていないはずなのに、すごい記憶力だな。


「ありがとう。汚さないようにするよ」

「当たり前よ! 貸すだけだからね。ちゃんと返してよね!」

「分かってるよ。今日はありがとう、お陰で楽しかった」

「……あたしも。次はいつ来てもいいんだからね」

「じゃあ、気が向いた時に来るよ。じゃあね」


 僕は山田さんに背を向けて、彼女の家を後にした。


 途中一度立ち止まって振り返ってみると、山田さんはまだ玄関先で僕に手を振っていた。


 そんな彼女に手を振り返し、今度こそ僕は家へ帰った。


 そういえば山田さん、今日は両親帰ってこないって言ってたな。


 …………。


 もしかして僕、何か重大なチャンスを見逃しちゃったんじゃないのか?


 いいや、気にしないでおこう。休日に他人と会うなんて久しぶりで疲れちゃったし、今日は帰って休むのが一番だ。




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