第23話 何もしない部へ愛を込めて その②
※
顧問の先生が決まったとはいえ、状況が絶望的であることに変わりはない。
あと二週間で二人、平均すれば一週間で一人のペースで部員を集めなければならない。
そして僕ら三人は一様に、他人とのコミュニケーションに対して一抹の不安を抱えた集団でもある。
そんな僕らは放課後、いつものように中庭のベンチ前に集まっていた。
「集まったはいいけど、どうしようか。はっきり言って僕に人を集められるようないいアイデアはないよ」
「ちなみにアイデアの語源はギリシア時代の、イデアという普遍的な概念を意味する言葉であることを補足説明して私はこれ以上の発言を控えさせてもらうわ」
「あたしは英語が喋れないってことをバレたくないから、あんまり大っぴらに人前で話すのはイヤよ。だから勧誘には期待しないで」
……そして誰もしゃべらなくなった。
これだからコミュ障は。
「えーと、一応僕の意見を言わせてもらうけど、これまでみたいに、放課後の廊下でふらふらしている人に話しかけて入部を促すってやり方はもう限界だと思うんだ」
何も言わず橘さんと山田さんは頷く。
この二週間、そうやって見知らぬ人に話しかけ続けてきたが、はっきり言ってもう駄目だ。全然通用しない。それにメンタル面での負担が大きすぎる。
「だから、何か新しいやり方を考えないといけないと思うんだよ。もっと多くの人に僕らの存在を知ってもらうためにさ」
「その意見には賛成だわ、宇津呂くん。でも、果たしてそんな方法があるのかしら」
「そうですよね。問題はそこなんです。校門でビラを撒くとかも考えてみましたけど」
「衆目の面前に晒されることになるわね。できれば永遠に遠慮したいわ。もっと人目につかない地味な方法で宣伝することはできないのかしら」
多くの人に知ってもらいたいのに、誰の目にもつかないようにしろと言う。
なかなかハードな注文だ。だけど、気持ちは分かる。僕だってビラ撒きのようなことはしたくない。だって恥ずかしいから。
「でも、そんなこと言ってたら二週間なんてあっという間でしょ? 残された時間は少ないのよ」
困り顔で腕を組む山田さん。
議論が膠着状態に陥ったとき、どこからか女子生徒の声が聞こえて来た。
「あーっ! こんなところにいたんですねーっ⁉」
大声で叫びながらこちらへ走って来た少女の腕には、風紀委員の腕章が巻かれている。
美澄さんだ。走って来たからか、息を荒くしている。
「……僕らに何の用ですか? 約束通り、あれから遅刻はしていないはずですよね?」
「宇津呂さん! あなたはいじわるです!」
びしっ、と音がするような勢いで、美澄さんは僕を指さした。
「僕が意地悪?」
「そうです! 一体いつになったら私に命令してくれるんですかっ⁉ いつまで私を焦らすつもりなんですかっ⁉」
美澄さんの一言で、僕を取り巻く空気が凍りついた。
橘さんと山田さんの視線が冷たい。
「宇津呂くんあなた一体何を……」
「うっわー、さすがのあたしも引くわ」
「えーと、違うんですよ。少なくとも、二人が思っていることは間違ってます。お願いですから勘違いしないでください」
「さ、さては私を放置して楽しんでいるんですね? 私が命令を待っている姿を想像して悦んでいるんですね? やっぱり宇津呂さんはいじわるです!」
追い打ちをかけるような美澄さんの言葉で、僕に対する視線がますます冷たくなる。
「宇津呂くん、どういうことなのか説明してもらおうかしら」
「そうよ。説明と謝罪を要求するわ!」
「簡単に言うとですね、あの人が僕の言うことを何でも聞いてくれるっていうんですよ。それで僕がその約束を忘れていて、今に至るというわけです」
「ほら、宇津呂さん! 早く私に命令してください! もう待ちきれませんっ!」
荒い息をしながら、よだれを垂らさんばかりの勢いで美澄さんが言う。
こんなSMプレイみたいな会話を続けられたんじゃ、ますます僕の評価が下がるばかりだ。どうしよう。
ここは、これ以上僕に付きまとわないようにお願いするべきだろうか。
「……宇津呂くん、私に考えがあるのだけれど」
見るに堪えなかったのか、橘さんが僕の耳に顔を寄せながら言った。
「考えですか?」
「そう。この人に入部してもらったらどうかしら」
「え?」
「だから、この人は宇津呂君の命令を聞いてくれるんでしょう? だから、私たちの部活に入るように命令すればいいじゃない」
な、なるほど!
これは完全に盲点だった。
そうすれば部員の問題も解決へ一歩前進だ。
「ナイスアイデアです、橘さん」
「私だって伊達に二十年も生きているわけではないのよ」
「山田さんも異論はないかな?」
「仕方ないわね。変態が増えるのはちょっとイヤだけど、留年はもっとイヤだもん」
よし、決まった。
僕は美澄さんの方へ一歩踏み出した。
「美澄さん」
「は、はいぃっ!」
ビクッ、と美澄さんが体を震わせる。
「あなたにやって欲しいことがあるんです」
「な、なんですか⁉ や、優しくお願いしますっ!」
「そんなに難しいことじゃありません。ただ、僕らの作る部に入ってもらいたいんです」
「部に入る……⁉ あっ、分かりましたよ宇津呂さん! その部というのは、ハードな性的嗜好を持った人々が集まるクラブのようなものなのですね?」
「いや違います。何もしない部活です」
「何もしない……? やはり放置プレイですか?」
「それも違います。えーとですね……」
僕は申請書を取り出し、美澄さんに見せた。
「とにかくこれに署名してほしいんです。部の立ち上げには五人の部員が必要で、僕らは今その部員を集めているところなんです。美澄さんが入部してくれれば、部の立ち上げに一歩近づくんです」
「……え? えーと、そんなことでいいんですか?」
拍子抜けしたような声で美澄さんが言う。
彼女は一体僕に何を求めていたんだろう。
「もちろん。というか、それで大助かりです」
「チッ」
「あれ、もしかして今舌打ちしませんでした?」
「ま、まさか! 私は清廉な風紀委員ですよ! 舌打ちなんてはしたない真似をするわけがないじゃないですかっ! どんな破廉恥なことが待っているのかと思っていた私の期待を裏切られたなんてこと、全く考えていませんっ! ではさっそく名前を書きますから、ペンを貸してください!」
途中で変な言葉が聞こえたような気がしたのだけれど、とりあえず聞こえないふりをしておこう。
余計な反応をすると、それだけ余計に面倒なことになりそうだし。
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