第14話 何もしない部に、君と その⑤
※
「本当に危ないんだから、気をつけなきゃダメですよぉ!」
ぶかぶかの白衣に黒タイツ。舌足らずなしゃべり方をする茶髪ロングのこの女の人は、保健室の椎名先生だ。今年からこの高校に赴任してきた新任の養護教諭なのだという。
小柄な体型ながら出る所が出ているというロリ巨乳な椎名先生は、男子生徒から絶大な支持を誇っている。去年まで女子大生だったというのもポイントが高い。椎名先生の赴任初日から保健室にできた長蛇の列が校舎の外まで続いていたという話からも、その人気ぶりがうかがえる。
一方の、人気という言葉とはまるっきり縁のない僕は、喉に箸の直撃を受けた橘さんを連れて保健室にやってきているのだった。
僕らは保健室の丸椅子に座って、椎名先生と向かい合っていた。
「すみません、先生。二度としません」
「今回は大事に至らなかったから良かったものの、喉は人の急所ですからね! お箸でふざけたりしちゃいけませんよぉ!」
眉毛を逆八の字にして、鼻息荒く怒る椎名先生。
だけど彼女に怒鳴られるたびに僕の胸の奥に心地よい感覚が駆け抜けていく。
この気持ちはなんだろう。もしかして、恋?
そんな僕の思いをかき消すように、僕の右足に鋭い痛みが走った。
見ると橘さんのかかとが僕の足にめり込んでいた。ちょうど死角になっていて、椎名先生には見えない位置だ。
「あまり彼を責めないであげてください、先生。私にも責任の一端がありますから」
「い、痛いですよ橘さん」
「あら宇津呂くん。保健室では静かにしていないといけないのよ」
平然と言う橘さん。
なんて白々しい……。
ちょうどそのとき、五時限目の終わりのチャイムが鳴った。
「うーん、何があったのか先生は分かりませんけど、そろそろ教室に戻った方がいいですよ。授業に遅れちゃいますよ」
言いつつ、椎名先生が椅子から立ち上がる。
「あれ、先生はどこへ行かれるんですか?」
「ちょっと印刷室まで。色々書類を作らなきゃいけませんから。先生だって保健室でぼーっとしてるわけじゃないんですよ! いいですか二人とも、ちゃんと授業に出なきゃだめですよぉ!」
慌ただしい様子で椎名先生は保健室を出て行った。
残されたのは、僕と橘さんの二人――。
「せんせー、おはよー」
かと思ったのだけれど、見知らぬ第三者が割り込んできた。
眠たそうにあくびをするその女子生徒の髪は金髪で軽くウェーブがかかっており、瞳は青かった。
言い換えれば、金髪碧眼。まるで外国人のテンプレートだ。
その少女は、保健室のベッドを仕切るカーテンを開けながら僕たちの目の前に現れたのだ。どうやら今までベッドで眠っていたらしく後ろ髪が跳ねている。
「あれ、先生いないの? ジュース奢ってもらおうと思ったのに……」
少女は流暢な日本語で独り言をつぶやきながら保健室を見渡す。
そして、僕と目が合った。
「あの、椎名先生なら資料を作るとかで今留守ですけど」
僕が言うと、少女は驚いたように目を大きく見開いた。
「あ、あんたたち、いつからここに……⁉」
「五時限目が始まる前あたりからよ。あなたも具合が悪いの?」
「わ、私は別に具合が悪いわけじゃ、あ、いやいやいや」
何かを否定するように首を振ったあと、少女は深呼吸して、もう一度喋り始めた。
「ワタシ、マリア・イスマイリアいいマス! どぞ、よろしくネ!」
「さすがにそれは無理がある」
「どーゆーイミですか、ソレ? ワタシ日本語よくワカリマセン」
僕は橘さんと顔を見合わせた。
「橘さん、この人何者なんでしょう。制服を見るにこの学校の生徒だと思うんですけど、見覚えはありますか?」
「いいえ、ないわ。悪いのだけれど私はこの五年間ほとんど他人と交わらずに学校生活を送って来たの。だから、もしこの子がウチの高校の制服を着ているだけの不審者だったとしても見分けられないわ」
「なるほど、不審者ですか。その発想はなかったです。まずは警察に通報ですか?」
「それよりも警備の人を呼んで来た方が良いと思うわ」
「ちょ、ちょっと、ワタシ不審者違いマース! れっきとした一年生デース!」
「一年生? 僕も一年生だけど、君みたいな人は見かけたことすらないですよ」
さすがの僕も、こんな目立つ生徒を見たことがあれば覚えているはずだ。
ちょっと自信ないけど。
「そ、それは私がずっと保健室に入り浸っててほとんど教室にいないから……じゃなくて、そんなハズありません! ワタシはこの学校の生徒デース! だから警備の人を呼ぶのはやめてくだサーイ!」
「じゃあ、百歩譲ってあなたが不審者じゃなかったとしましょう。だとしたらいきなり口調が変わったのはどうしてなんですか?」
「口調? なんのことかワカリマセン。日本語難しいデス」
「橘さん、今すぐ警備の人を」
「分かったわ」
「わーっ! わーっ! ちょっと待ってってば! 話すから!」
立ち上がりかけた僕らは再び丸椅子に座りなおし、不審な金髪少女と向かい合った。
「っていうか大体、あんたたち本当にあたしのこと知らないの?」
「知ってますか、橘さん?」
「何度も言うけど知らないわ。私、他の人と関わらないもの」
「奇遇ですね、僕もです」
「私たち、友達いないものね」
「そうなんです。友達いないんですよ」
「知らないならいいんだけど……なんか、変なこと聞いちゃってゴメン」
しゅんとする金髪少女。
いや、謝られると逆に辛いんだけど。
「それはそれとして、どうして普通に話せるのに妙な言葉遣いをするんですか?」
「その前に聞きたいんだけど、あなたたち、あたしを見てどう思った?」
「どうって……」
僕はもう一度橘さんと顔を見合わせた。
「僕は、外国の方なのかなあと思いましたけど」
「そう、問題はそこなのよ」
金髪少女は、さっきまで椎名先生が座っていた教員用の椅子に勢いよく腰かけた。
「こんな見た目だからみんなあたしのことを外国人だと思ってる。だけどね……」
「だけど?」
「あたし、日本生まれ日本育ちなのよ! だから英語教えてなんて言われても全く分かんないのよ! 日本語で喋ったときに、えっなんでこいつ日本語分かるの、みたいな顔されんのもうんざりなのよ!」
僕らの方へ身を乗り出しながら金髪少女は叫ぶ。
それもやたら自然な日本語で。
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