第9話 退魔部隊(景虎視点)

 馬車は、兵部省管轄の特務機関、退魔部隊の専用庁舎前で止まる。

 景虎は三船と共に馬車を降りると、庁舎内へ入った。


 大佐である景虎は退魔部隊の指揮官を務める。

 庁舎内では誰かと擦れ違うたび、敬礼を受ける。

 景虎はそれに応えながら自分の部屋へ入った。


 三船から処理するべき書類を提示され、黙々とこなす。

 退魔部隊と言っても事件が起こらなければ、大半の業務は面倒な書類仕事がもっぱらだ。


 誰何すいかの声もなく、扉が開けられる。


「よ、景虎。おはようさんっ」


 現れたのは、東征一臣とうせいかずおみ少佐。

 明るい金髪に、両目が夏空のようなみずみずしい青さ。

 軟派そうに見えるが、軍服ごしの体はがっちりして、鍛えられていると分かる。

 甘く見ると、足元をすくわれる油断のならぬ男だ。


 狩人は霊力が高いゆえに、それが髪や目の色に如実に表れる。

 つまり、この国では一般的な黒髪茶瞳とかけ離れた容姿であればあるほど、強い霊力を持っていることの証になる。


 東征は天華と同様、狩人の名門だが、狩人筆頭の天華と比べれば、東征は数段格下だ。


 狩人は天華を筆頭に、西山院せいざんいん南仏なんぶつ、東征、北神きたかみという序列になっている。

 この五つの家がいわゆる、名門と呼ばれ、長きにわたってあやかしと対峙してきた。

 他にも狩人の家門は存在するが、どれもこれも系図を遡れば、五つの家のどれかに行き着く。


 元来、人付き合いを煩わしいと言ってはばからない景虎だったが、一臣だけは不思議と話してしまう。一臣がそれだけしつこいということもあるのだが、一臣の本来持っている屈託のなさがそうさせるのかもしれない。


 形式的には部下にあたるのだが、退魔部隊は陸軍や海軍のように厳格な上意下達組織ではない。各家同士が序列はあっても、緊密に連携をしてあやかし退治を行ってきたという歴史があるから、階級はあってないようなものである。


 とはいえ一臣のように景虎に馴れ馴れしく接してくる人間は、滅多にいないが。


「邪魔だ。仕事に戻れ」

「朝から連れないなぁ」

「どうせ婚約者のことを聞きに来たんだろう。お前に話すことは何もない」

「いくら可愛いからって一人占めはずるいんじゃないか」


 ――訳の分からないことを。


「三船、少し席を外せ」

「はっ」

 三船は景虎と一臣に深々と頭を下げ、部屋を出ていく。

「んじゃ、さっそく教えてくれ!」


 一臣は無邪気に目を輝かせた。

 どうせこの男は自分の目的を達成するまではしつこく付きまとってくるのだから、話してしまったほうが早く仕事に戻れる。


「少し変わっている」

「その心は?」

「まず紙幣を知らなかった」

「春辻はたしか、男爵だろう。いわゆる、いいところのお嬢さんに違いないんだから、欲しいものがあれば使用人が買うんだろう。金を知らないのはそこまでおかしくないだろ」


 それは景虎も思った。

 ちなみに、景虎や一臣も爵位を頂いている。景虎は伯爵、一臣は子爵だ。

 しかしおかしいところは他にもある。


「風呂を勧めたら、行水で構わないと言ったのはどうだ。この一月の寒空に、だぞ。それに、山かけのうどんで感動していた」

「うどん? 冗談だろう」

「だから、変わっていると言ったんだ」

「お前に良くおもわれようと猫をかぶってるんじゃないか? 贅沢なものはいりません。私はお金がかからない女ですって」


 沙苗が猫をかぶるような要領のいい女かと考えてみたが、あれは万事不器用そうだ。とても猫をかぶれるような器用さがあるようには見えない。


「うどんで感動していたと思ったら、夜に牛鍋を食べながら落ち込んでいた」

「は? なんで?」

「さあな」

「……たしかに変わってるのかもな。婚約者の名前ってなんだけっか」

「沙苗だ」

「春辻沙苗ちゃんかぁ。なあ――」

「駄目だ」

「まだ何も言ってないだろ」

「うちへ来たいと言うんだろう。駄目だ。あいつは……まだ新しい環境に慣れてない」

「分かったよ。今すぐは行かない。そのうちに、な」

「そのうちは一生来ない。あいつは人見知りをする。お前みたいに馴れ馴れしい奴が来たら動揺する」

「お前みたいな仏頂面と一つ屋根の下で暮らせてるんだから問題ないだろう」

「話は終わりだ。仕事へ戻れ」


 へいへい、と言って回れ右をした一臣は「ああ、そうだ」と振り返る。


「お前、あやかしの気配がついてるけど、出勤途中に狩ってきたのか?」


 不意打ちな言葉に、思わず顔に出そうになる。

 一臣が気付いたのは、沙苗のまとう気配だろう。


「うちにあやかしがいるんだ」

「退治したのか?」

「いいや。沙苗についてきた木霊だ。悪意がないから放っておいている」

「木霊かぁ。今時めずらしいな」

「都会では、だろう。田舎なら手つかずの自然がたくさんあるから、木霊だってまだ生きているさ」

「ま、言われてみればそうか。でも木霊ってのはそこら辺の人間にほいほいついていくほどお人好しでもないだろ。お前の婚約者、あやかしに好かれるのかもなぁ。狩人の妻としちゃ、いいんだか悪いんだか」


 一臣はぶつぶつ言いながら部屋を出ていく。


 ――少し話しすぎたか?


 あやかしの気配については下手に誤魔化すより、真実を織り交ぜたほうがそれなりに聞こえて突っ込まれにくいと考えたのだ。


 一臣は勘のいい男だ。沙苗が半妖と分かってすぐに処理しようとはしないだろうが、知られなに越したことはない。


 ――少し変わっている、か。


 自分で口にしたことを反芻する。一臣と話していた自然と出た言葉だったが、言い得て妙だなと我ながら思う。


 沙苗は男爵令嬢だが、そういう気位の高さを微塵も感じさせない。

 そもそも令嬢が半妖ということを知られたとはいえ、土下座など簡単にできるだろうか。


 ――一臣のせいで、くだらんことを考えてしまうな。


 景虎は余計な考えを頭から追いだし、書類作業に戻った。

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