第39話 ふたりでお昼ごはん
その後、他に購入した服も一通り試着した。
様々な色合い、デザインの服を着る度にリリアはきゃっきゃとはしゃいで、その度にジルがもじもじして、朗らかに時間は過ぎていった。
(楽しいな……)
試着している最中、リリアは思った。
実家にいたときはもちろんのこと、パルケアに来てからも基本的に一人だったから、誰かと一緒に過ごす時間はとても楽しく、心が温まるひと時だった。
「服……こんなにたくさん、ありがとう」
おまけの次に着た男児用の服に落ち着いたジルが、ぺこりと頭を下げてお礼をする。
「どういたしまして」
リリアは笑顔で返した。
昨日は初対面ということもありどこか余所余所しげで警戒心があったが、お着替えを通じて少しだけ、ジルとの距離が縮まった気がするリリアであった。
「髪も切りにいかないとね」
ジルの長い髪を手で梳きながらリリアは言う。
リリアの提案に、ジルはこくんと頷いた。
「この髪、邪魔だから切りたい」
髪をいじりながらジルは言った。
奴隷生活の中で、この髪は切ることが許されなかったのだろう。
ジル自身、重くて長い髪は億劫のようだった。
(それに散髪したら、今の服はもっと似合うだろうな……)
なんてことを考えていると。
ぐううぅぅ〜〜〜……!!
ぐうぅぅ〜〜……!!
「「あっ」」
お腹が盛大に鳴って、同時に声を漏らす。
そして、二人で顔を見合わせた。
そういえば、お着替えに夢中でまだお昼ご飯を食べていない。
視線が交わったまま、二人の頬がほんのりと赤みを帯びる。
「……とりあえず、ご飯食べに行こうか」
「……うん」
こうして、二人は外に食べにいくことになった。
◇◇◇
「お気に入りのパン屋さんがあるの」
そう言ってリリアがジルを連れてきたのは、もちろん『こもれびベーカリー』である。
昨日今日と餌付けの一環として少しだけクロワッサンを食べてもらっているが、ぜひ焼き立ても堪能してほしかった。
「いらっしゃい、リリアちゃん」
入店して席に着くなり、店員のおばさんが水を持ってやってきた。
「こんにちは、エマさん」
「おや、今日は二人なんだね」
おばさん改めエマがジルを見て言う。
「そうなんですよ、今日はこの子にこもれびベーカリーの美味しさを布教しにきました」
「あらあら、嬉しいねえ」
目尻の皺をくしゃりと寄せてエマは笑った。
エマはこもれびベーカリーの店主の奥さんで、ウェイトレスの役割をしている。
リリアが何度も通ううちに言葉を交わすようになった、温厚で優しい人だ。
ちなみに店主さんは奥でひたすらパンを焼いている寡黙な職人さんで、リリアはまだ一度も喋ったことがない。
ぺこりと、ジルが礼儀正しく頭を下げる。
「可愛いお嬢ちゃんだねえ。名前はなんて言うの?」
「……ジル、です」
「あら、男の子だったのかい? ごめんねえ」
「いえ……大丈夫です」
髪を弄りながら、どこか諦めたようにジルは嘆息する。
(早く髪を切らないとね……)
と、リリアは苦笑を漏らした。
その後、リリアは定番のクロワッサンに加えて、カレーパン、カスタードクリームパンなど、数あるメニューの中でまだ食べたことのないパンを7つほど頼んだ。
このまま全種類制覇してしまいそうな勢いであった。
女性にしてはかなり食べる方であると、リリアはパルケアに来て気づいた。
元々飢え気味で成長期に食べられなかった分を取り返すかのように、リリアの食欲はとどまることを知らなかった。
ジルはリリアのおすすめしたクロワッサンとチーズパンを頼んでいた。
しばらくして、注文したパンがやってきた。
ほのかに湯気立つパンたちは黄金色に輝いていて今日も美味しそうだ。
「じゃあ食べよっか。もうお腹ぺこぺこ」
いただきまーす、と呑気にクロワッサンを頬張り、リリアは「んーーっ、今日も美味しい」と満面の笑顔を浮かべる。
「ジル君も、遠慮なく食べていいんだからね」
「う、うん……」
ジルも最初、恐る恐るといった風にクロワッサンを眺めていたが、やがて意を決したように歯を立てて。
「……!?」
サクッと小気味良い音と共に、ジルの目が大きく見開いた。
「美味しい?」
こくこくこく!
「でしょう?」
リリアはにっこりと笑った。
サクサクと、ジルがクロワッサンを凄い勢いで食べ進めていく。
昨晩はクタクタ野菜の薄味スープしか食べていなかった分、相当お腹が空いていたのだろう。
(なんだか、子猫に餌付けしてるみたい……)
クロワッサンを頬張るジルを眺めながら、そんなことを思うリリアであった。
(それにしても……今日もお客さん、少ないな)
何度か訪問している中で、リリアが気づいたこと。
こんなに美味しいのに、こもれびベーカリーがお昼や夕食どきで繁盛しているのは見たことがない。
かなりの穴場のお店なんだなと思う一方、潰れてしまわないか心配になるリリアであった。
そんなことを考えている間に、ジルが二つのパンを一瞬でペロリしてしまった。
空になったお皿を物欲しそうに見つめたあと、リリアの食べるカスタードクリームパンにちらちらと視線を投げかけてくる。
(そうよね、ジル君、まだ食べ盛りよね……)
おそらく、先ほどの注文はリリアに気を遣った結果なのだろう。
たくさん食べるのはお腹の調子も心配だったが、調子は全然良さそうだし、むしろ食べさせたげた方が良いように思えた。
「もっと食べる?」
リリアが尋ねると、ジルはサッと目を逸らしぶんぶんと頭を振る。
「いいのよ、遠慮しなくて」
リリアが言うと、ジルは『本当に?』と窺うように視線を投げかけてくる。
「どのパン食べたい?」
リリアが机の下からメニュー表を取り出そうとすると。
「リリアが、今食べてるの」
「これ?」
生地はほんのり甘く、中はピリッとスパイシーな絶品カレーパンだ。
「それと、リリアがまだ食べてない、そのパンも……」
「クリームパンもね。大丈夫? 食べ切れる……?」
リリアが尋ねると、ジルは深く頷いた。
「ふふっ、わかったわ。すみませーん」
「はいよー」
エマに注文を取ってもらう。
ついでにリリアも追加でメロンパンを注文した。
すでに7つ頼んでいるが、まだいけそうであった。
しばらくして、追加注文のカレーパンとクリームパンがやってくる。
待ってましたと言わんばかりに、ジルは再び勢いよくパンを食べ始めた。
幸せそうにパンを食べるジルを見ていると、こっちまで幸せな気持ちになる。
(やっぱり、ごはんは一人じゃなくて、誰かと食べる方が楽しいわ……)
ジルとのお昼ご飯を通じて、改めてそう思うリリアであった。
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