焼肉屋にて

よくタン塩を最初に頼めとかキムチを頼めとか米は食うな、なんて口を出す連中がいるけどそんなこと言うなら順繰じゅんぐりに出てくるコースメニューでも用意しとけってんだ。


なんて屁理屈へりくつじみた文句をとなえながら順序じゅんじょなんて考えもせずに豚トロ、ホルモンを網炎上気味あみえんじょうぎみに焼いてオレの取り皿にポイポイ放り込んでくる。


ハジメさんもどちらかといえば肉体労働をしているので脂質をふくむ食べ物が大好きなのだ。


その焼肉屋はハジメさんがアクション俳優として養成所通ようせいじょがよいやら小さなイベントのドサ回りなどをしていた時に食っていけるようになるまで、バイトをしてお世話になっていたところだそうだ。


「オヤジさんの苗字が”尾白おしろ”だからこんなメルヘンな名前なんでしょうけど、オヤジさん自身はめちゃくちゃごつい土佐種ですよね。黒の。」


「んにゃ、名前の由来は当時奥さんに夢の国のシンデレラ城でガラスの靴プロポーズプランでこの焼肉屋に永久就職させたのが由来らしいぞ。」


「………」


想像以上の理由だった。ガラスの靴とかがニンニク臭くなりそうな。


ハジメさんの周りの方々はこういう夢を追う男が多いのだろうか?


オシャレなんだけど…えぇ…


はし止まってんぞ、もっと食え食え」


「失礼します。こちらカルビ、ハラミ、ソーセージ、玉ねぎです。ハジメさんいつもありがとうございます。」


シープドッグの店員が器用にも腕に皿を3枚乗っけて入ってくる。


前髪をヘアバンドでかきあげてお目にかかれない顔があらわになっていた。


「あ、どうもね。スナオ君もオヤジさん手伝い始めたんだ。偉いじゃん。」


「中学三年生なので本当はまだダメなんですけど、学校にも上手くごまかせますので。」


スナオ君、と呼ばれた子はここのオヤジさんの一粒種ひとつぶだねで、見た感じだと完全に母親似みたいだ。


普段は髪に隠れて見えないであろうつぶらな瞳で俺の方を見てくる。


「あの、レントさんって…読モやられてるんですよね?」


「え?何?見てくれた?」


「はい!あの、この前見てそれからすっごいファンなんですけど、後でサインとかって…」


あこがれの人を見つけた!でも声をかけるのは恥ずかしいな…という感じでもじもじしながら話してくる様はいかにも年相応年相応という感じで可愛かわいらしい。


「全然いいけど、サインなんて書いたことないよ?ホント、ペンで書くだけになるけど…」


「いいんですか!いや、もうほんと嬉しいです。ありがとうございます…」


嬉しそうにしっぽをパタパタ振りながら厨房ちゅうぼうに下がっていく。


「…俺も一応俳優なんだけど1回もサインとか求められたことねえな…そういえば…今はニチアサの吸血怪人ヒルヒールなのに。」


そういえば、色んなとこ一緒に行くけどサインとか求められてるの見たことないな。


「今日採石場で爆死したんですよね?もう故人こじんじゃないですか。放映日に出棺しゅっかんですよ。」


「うるせぇ、このモテスカシコリーが!復活とかするかもしんねぇだろ!」


恨みとばかりにオレの取り皿にまで箸を伸ばしてやや冷めかけの豚トロを奪い取る。


「何するんすか、俺のコラーゲンに!」


「十分肌ツヤいいだろうが!いいだろ別に、食べ放題だし!俺が払うから実質じっしつ俺の肉なんだよ!空け渡せ!」


「食べ放題ならテメェで頼んでくださいよ!」


ぎゃいのぎゃいのと騒ぎながら食べても、今日は金曜。


週末前夜祭を楽しむ客でにぎわう店内でオレ達が騒いだところで、別にとがめられることもない。


キラキラした業界の食事にはいい焼肉ってのがありがちだけど、やっぱりオレはこっちの方が気楽でいい。




ひとしきり食べ終わるとオヤジさんがサービスと言ってバニラアイスを持ってきてくれた。ついでに色紙も3枚。


1枚はオレからスナオ君へ、2枚目は店に飾る用。


あと1枚は、ハジメさんのを店に飾りたいと言って。


「今更思い出したようにかい!」


なんて毒づいてたけど、ノリノリで書いていた。


イヤにデザイン性のあるサインを。


………練習してたんだろうか…?触れないでおこう。



____


「それでなぁ!今までやとったバイトの中で一番ぶきっちょで皿を割ったのも指切ったのもヤケドしたのもお前だったな!弁償代べんしょうだい今払え!」


「指切ったのは労災ろうさいなんだからそれでチャラだっつーの!」


「皿の破片を拾おうとして指切ったのは自業自得だってんだよ!」


閉店後の店内ではオヤジさんとの酒宴しゅえん(ハジメさんはもちろんノンアル)に発展していて、オレはまかない兼、晩飯を食べているスナオ君に同席していた。


「すいません…父が。」


申し訳なさそうに冷麺をすする中学生。


大人って…


「お互い苦労するねえ。」


「あの…レントさんって絶対モテますよね…?恋愛経験とかすごくありそうで…」


モテる。まぁ、街で逆ナンとかされたりするしDMもひっきりなしだけど正直に言っていいのか?


否定はせずかどの立たない回答は…


「まぁ…他のモデルの人たちほどじゃないけど人並みにね…?」


「男にモテる男って…なれる方法とかあるんでしょうか?」


思ったよりも変化球の質問が来た。一応女性向けのモデルなんだけどな、オレ。


男にモテる男…ねえ…


「それは、あれかい?シブくなりたいとかそうゆうこと?」


「えっと、僕…髪も長いし、それは種の特徴だから仕方ないんですけど、それでみんなにいっつも“姫”とか呼ばれてて、中高一貫の男子学校だから尚更なおさらで…もっとオスっぽくっていうか…」


その学校で貞操ていそうの危機でもあるのだろうか?


「うーん…まあこれはひとつの意見であってなんの確証もないことだけどね?」


「はい!」


「バニラアイス食った後に躊躇ちゅうちょなくチャンジャとレバ刺しが食えるくらいのワイルドさを持てばいいんじゃないかな。たまには、ガブッとね?」


2人で向かいのテーブルのオス二人を見やる。


「あぁ…」


参考になったかは分からない。


男にモテる男になる方法、それを聞くのはオレじゃなくて、多分ハジメさんなんだろうな。








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