塔⑥
アダムとヴァリオスは小屋を利用しようとはしなかった。女性の寝る間に男が世話になるわけにはいかないというのがアダムの言い分で、ヴァリオスは特に気にかけていなかったものの、アダムの意見に自らの身を任せた。
四人で計画を立てるようになり、自然と互いの言葉を理解するようになった。最初のうちはケイラが仲介していたものの、いつしかそれぞれが勝手に互いの言葉の意味や使い方を事細かに説明するようになった。ケイラはその学習過程や、共通の語源や文法など、仔細に記録した。これ以上ない実地調査になると思った。
三週目になり、彼らはそれぞれの王に対する手紙を記した。
計画はおおむね形になり、これから実際に建てるにあたって必要な人材や資材、資金や食糧、それらの内容を伝えるためだった。
手紙はリアンに託された。リアンが馬車で、一番近いノヴェラの村シルバーブルックまで届けた。ミストリッジの麓にあるその村は豊かな自然に囲まれ、静かでのどかな雰囲気が漂っているという。リアンは王都からミストリッジに来る途中、しばらくその村で滞在し、資材の準備などをした。村人たちは農業や手工芸に従事し、地域の豊かな資源を活用して暮らしている。重要な拠点になりそうだった。
リアンはその日のうちに戻った。馬車には食料と、もう一棟の小屋を建てるための資材が用意されていた。
「まあ、もう一つくらい小屋があってもいいんじゃないかと思って」
あれだけアストラを嫌悪していたリアンが今では、外で過ごしているアダムを気の毒に思っているらしい。ケイラは嬉しさとおかしさで、思わず笑みが漏れた。
「ケイラ、なによ」
「ううん、なんでもないの」
リアンは少し不満そうだったが、すぐにつられるように笑った。ヴァリオスも笑う。珍しく、アダムも笑顔を見せる。変化が生まれ始めた、そんな予感があった。
数日後、シルバーブルックから手紙が届いた。リアンが四つの国から返信があった場合に分水嶺まで届けてほしいと頼んでおいたのだ。
「王たちからの指示を見てみましょう」
ケイラはまず、エステリア王からの手紙を開いた。
手紙の内容は建設の具体的な手続きに関することはなにも書かれず、ただエステリアの偉大さと寛容さを証明する建築物でなければならないという旨が、大袈裟な文体で長々と綴られているだけだった。
「エストリアの力を証明せよ、だってさ。要約するとそんな内容」
リアンがそれに続く。
「ノヴェラの手紙も似たようなものね……。依頼した手紙の内容は少しも反映されていないというか、単にノヴェラの建築技術を称賛しているだけって感じ。実際的な問題には一言も言及してないわ」
「ひどいもんだな……」
ヴァリオスがそういいながら、手紙をじっくりと眺めている。
「ヴァリオスも残念ながら同じみたいだな。石材や人員に関しては必要になればいつでも派遣する、とは書かれているが、これは暗に今はまだ時期じゃないっていっているようなものだ。明確に派遣を求めたのだから」
「申し訳ない、アストラも大差はないようだ」
アダムが険しい表情で言った。
「アストラの最大の力である木材を用いた技術を他国に見せつけよ、そのための人材の用意はすでにできている、とのことだ」
四人はそろってため息をついた。
「馬鹿みたい。こんなふうになることを恐れてはいたけど」
「そうね。私たち四人だって協力し合うのは簡単じゃなかったんだもの。四カ国が強力となれば、やっぱりどこの国にとって利益になるかってのが大事になるものね」
「ああ。どの国も少ない出費で最大の利益を得ようと牽制し合っているのだろうな」
「結果的に、なにも話が進まない、とな」
皮肉にも四人の目線はぴたりと揃い、また、四カ国の目線もぴたりと揃っていた。揃っているがゆえに、なにも進まないのだ。
シルバーブルックからの使者にさらに催促の手紙を託した。
「で、どうする?」
リアンが三人に尋ねた。
「とりあえず、できることからやるしかないわね。せめて予算だけでも多少なりとも引き出せれば目処が立つのだけれど」
「そうだな。せっかくリアンのおかげて小屋が二つも出来上がったんだ。これを拠点にして、ちょっとずつでも塔の礎を形作っていくしかないだろう」
「私たち四人だけでか? 現実味が薄い」
「まあ、シルバーブルックの人たちを巻き込むしかないでしょうね」
「……気の毒だな」
「やってみるしかないわよ」
ケイラの諦めにも近い言葉に、三人は頷いた。
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