第81話 楽しい呪いのほどき方
「構えないのですか?」
ジーンは不思議そうにミモザにそう問いかけた。ミモザはそれにふふん、と余裕の表情を返す。
「先に言っておきます。ジーン様、降参するなら今のうちですよ」
オルタンシア教皇聖下は言った。『強い精神的ショック』を与えろと。
つまり本人の元々の性質や精神を刺激により呼び覚ませばいいということだ。
それはミモザの得意分野である。
「………同じセリフを返しておきましょう」
ジーンはわずかに警戒するように目を細めた。そしてこれ以上の話し合いは不要と言わんばかりに剣を構えて見せる。
それを見てとって、ミモザは一歩前へと進み出た。
「ジーン様」
そしてその場で軽くくるりと一回転した後、可愛らしくスカートをつまむ。
小首をかしげてみせた。
「僕のような可愛いらしい金髪美少女に、暴力を振るうのですか?」
「うっ」
途端に彼が葛藤するように動きを止めた。
にやり、とミモザは笑う。
これが秘策である。
何もなんの理由もなく、こんな動きにくい格好をしてきたわけではないのだ。
ミモザは容赦なく攻撃を続ける。
「武器も持っていない金髪美少女相手に」
「う、くぅ……っ」
「ほらほら、スカートですよー、ヒラヒラですよー」
「う、うう……」
もう一押しだ。相手は相当弱っている。
ミモザは最終兵器を出すことにした。
「ジーン様……」
こっそりと隠し持っていた目薬をさす。目もとがうるうるといい感じに湿った。
「あなたはそんな酷いことはなさいませんよね?」
上目遣いでぶりっこポーズをとる。
「………くっ」
ジーンはがくり、と地面に膝をついた。
「僕の中の非モテ男子が……っ、例え相手がミモザさんだろうと金髪美少女に暴力は良くないと訴えている……っ!!」
「失敬な」
ミモザは素早く駆け寄ると膝をついたジーンに容赦なく手刀を叩き込んだ。
ジーンがぱたり、と音を立てて倒れる。
ミモザはそんなジーンのそばで両手の拳を構えてスタンバイした。頭の中ではカウントダウンが開始する。
ワン、ツー、スリー。
脳内で勝利のゴングが鳴り響く。
「アイアム、ウィナー!」
ミモザは構えていた拳を天高くへと突き上げて勝者のポーズを取った。
ミモザ、大勝利である。
「………もう少し女の子と遊ばせるべきなのかしら」
その弟子のていたらくを見ていたフレイヤが、思案するようにそうつぶやいた。
「何やってるんだ、あいつは……」
それを見ていたマシューは呆れたようにぼやいた。
「まぁまぁ、そう言ってやるなよ」
そんなマシューにガブリエルが声をかける。
「お前さんも今にそんなことは言ってられなくなるさ」
そう言って彼はジェーンの肩を促すように軽く押した。ジェーンはその理知的な瞳を悲しげに伏せると、何かを決心したかのように顔を上げ、前へと進み出る。
「マシュー」
そうして静かに口を開いた。
「わたしは、貴方を助けるために鬼になるわ」
「………? 一体何を……」
訝しげに目を細める彼に、ジェーンはバックから何かを取り出した。それは一冊の本である。
そこには幼い文字で『にっきちょう』と書かれていた。
マシューは顔色を変える。
「そ、それは……っ」
「貴方の妹さんに事情を話して借りてきたのよ。マシュー、わたしは今からこれを……」
ジェーンの瞳がひたり、と真剣にマシューを見据えた。
「音読するわ」
「や、やめ……」
止めようとするがもう遅い。ジェーンは本を開いた。
「おとなりにすむライラちゃん、きょうもとてもかわいいです。しょうらいけっこんしてくださいとおねがいしたら、いいよといってくれました」
「ぐあああああっ!!」
マシューは耳を塞いで叫ぶ。しかしジェーンは続ける。
「きょうライラちゃんがだれかとあるいているところをみました。ライラちゃんにだれかをきくと、こまったかおでカレシだといいました。カレシってなんだろう?」
「や、やめ、やめて……」
「しょうらいはライラちゃんとおおきなおうちでしろいいぬといっしょにくらしたいです。おしごとはみみずをとるおしごとをします」
「ひいいいいいっ」
その光景を見てガブリエルはつぶやいた。
「えぐいなー」
ミモザもそれには同意だ。
子どもの頃の淡い思い出を人前で暴露されてわなわなと震えるマシューにミモザは同情しつつ、他人事として見守った。
ちなみにこの作戦の提案者はミモザである。
「きょうおかあさんにカレシってなにってきいたら……」
「や、やめてくれぇ!!」
たまらずマシューが白旗をあげた。
「……戻る気になったかしら?」
「なった! なったから!!」
そこまで叫んではっ、とマシューは目を見張る。
「俺は、どうして……。今までなにを……?」
「解けたみたいだな」
「解けたみたいですね」
その様子を見てレオンハルトとミモザは頷く。
ふぅ、とミモザは汗を拭う仕草をして物憂げにため息をついた。
「とても尊い犠牲でした……」
主に成人男子としての尊厳とかプライドとか。
「君だけは敵に回したくないな」
無表情に淡々と、レオンハルトはそう言った。
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