第79話 再び
「疲れた……」
よろよろとミモザはレオンハルト邸の扉を開けた。
なんだか色々と濃い時間を過ごしてしまった。
とりあえず顔に塗りたくった染料は泳いでいる間に落ちたが、可能ならお風呂に入ってすっきりしたいところである。
(まずはお風呂、次に何か飲んで、ベッドで寝る)
やりたいことを夢想しながらふらふら歩いていると、
「ミモザ」
背後から声がかけられた。
「レオン様」
今は流石に修行する気にはなれないなと思いつつ振り返ると、彼のそばには白い軍服に身を包んだ教会騎士が立っていた。
嫌な予感がする。猛烈に。
そしてそんな予感ほどよく当たるものである。
「ちょうどいいところに帰ってきたな。これから教会に一緒に来てくれ」
「えっと、何があったんですか?」
恐る恐るミモザは尋ねる。それにレオンハルトはいかにも不愉快といった表情で答えた。
「ジーン君とマシュー君が失踪した。おそらくは君の姉、ステラ君のもとにいる」
ミモザはあんぐりと口を開けた。
「皆さんお聞き及びかとは思いますが、先だっての精神汚染事件の被害者であるジーン君とマシュー君の二名が失踪しました」
そうオルタンシアは重々しく口を開いた。
場所はいつも通りのオルタンシア教皇の執務室である。もはや恒例かと思われるメンバーがそこには揃っていた。すなわち、ミモザ、レオンハルト、ガブリエル、フレイヤである。
「それと同時に、彼らと思しき人物がステラ君と思しき人物と連れ立って歩いている姿が目撃されています。証言では彼らはとても仲睦まじそうな様子だったとのことです」
ダンッと壁を叩く音がした。フレイヤだ。
彼女は悔しげな顔で嘆いた。
「ジーン! あれほど変な物は食べないようにと言ったのに!」
「妙だな」
「ええ、妙な話です」
ガブリエル、オルタンシア両名はそれに冷静に告げる。
「一度目はともかく、二度目です。彼らも馬鹿じゃない。差し出されたものを食べるとは思えません」
「何か別の手法で摂取させられたということですか」
レオンハルトの問いに、
「その可能性が高いでしょう」
オルタンシアは頷いた。
(別の手法……)
ミモザは考える。
(一体どんな?)
あれは経口摂取以外の方法がないと前回の時にオルタンシアから聞いていた。それもそこそこの量を取らなければならない。そのためにバーナードは飴という形で砂糖で味を誤魔化して食べやすくしたのだろうとのことだった。
「何にせよ、このまま放っておくわけにはいきません」
「俺が行きましょう」
その言葉にレオンハルトが前に進み出た。
金色の瞳が、静かにオルタンシアを見つめる。
「確実に捕えるために」
「……そうですねぇ」
「僕にも行かせてください!!」
決まりかけそうな気配に、慌ててミモザは挙手して訴え出た。
姉の関わることで除け者になるなどごめんだ。
(それになにより)
ミモザはレオンハルトのことを心配げに見上げる。
ここで何もせず、万が一のことがあっては悔やむに悔やみきれない。
レオンハルトが戸惑うように彼女を見た。
「ミモザ、しかし……」
「僕にも行かせてください。必ずお役に立って見せます」
じっと確かめるように金色の瞳がミモザを見下ろす。それに負けじとミモザは見返した。
しばらく二人は見つめ合う。それは根比べにも似ていた。
「………いいだろう」
諦めたように先に目を逸らしたのはレオンハルトだった。彼はふぅ、と息をつく。
「レオン様!」
「ただし」
喜びに口元を緩めるミモザにレオンハルトは釘を刺す。
「俺の指示に従ってもらう。君のことだから大丈夫だとは思うが……」
「はい」
レオンハルトの言いたいことを察して、ミモザは静かに頷いた。
「貴方の指示に従います。足は引っ張りません」
「よし」
レオンハルトは弟子の物分かりの良さに満足げに頷くとオルタンシアの方を向いて「我々で対応します」と告げた。
それにオルタンシアが頷く前に、ずいっと割り込む人影がある。フレイヤだ。
彼女は堂々とその豊かな胸を張ると「当然だけど、わたくしも行くわ」と宣言した。
「オルタンシア様」
そして銀色の目を細めてオルタンシアに問いかける。
「洗脳を解く方法は、薬が自然に排出される以外にないのですか?」
「そうですねぇ」
それは重要な質問だった。オルタンシアは難しい表情で記憶を探るように目を瞑る。
「……目には目を、歯には歯を、精神には精神を。強い精神的ショックを与えれば目を覚ます例があったと書物には書いてありましたね」
「わかったわ! 精神的ショックね!」
フレイヤはその情報に鼻息荒く頷く。
(精神的ショックかぁ……)
色々とやりようがありそうだな、とミモザも一つ納得するように頷いた。
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